第十一話:元・異世界勇者と再出発


 世の中、やってやれないことはないものだ。


 田中は最近、そんなことをよく考える。

 突然、召喚された素人でも頑張れば魔王を倒せるのだ、案外世の中ってそういうものかも知れない。


「あら、まあ。本当に田中君は真面目に働くわねぇ。助かっちゃったわ」


「依頼を受けたい所は当然、田中は田中として誠実に働く」


「最初見た時は変な子だと思ったし、話してみてからも変な子だと思ったけども」


「この容姿では仕方ない。田中は伊藤さんには非は無いと考える」


「……本当にいい子ねぇ。はい、これサービス。今日はありがとうね」


「ありがとうございます」


 田中は丁寧にお辞儀をしてアイスを受け取った。

 チョコチップクッキーがトッピングされたソフトクリームだ、異世界に行っていた頃にはまず食べられなかった甘味。

 これを食べられるだけでも帰って来た甲斐があったというものだ。

 割と滅びかけていたので仕方ないとは思うが、食べ物の味や種類ではこっちの世界の方が圧倒的だ。


「それでは今後とも御贔屓に」


「あら、もう行くの?」


「まだまだ田中には仕事がありますので」


 田中はそう言うと軽く鼻歌を歌いながら店を出た。

 アイスクリームショップの店員が急に休みになったため、少しの時間だけの代行業だったが中々に得難い体験だった。


「最後にクリンってするの案外、匠の技だった。田中は感心」


 そんな風に思い起こしながら、田中はソフトクリームを一口。

 圧倒的な甘みの暴力が田中を襲う。


「スライム煮より……美味い!」


 比較するの失礼な異世界で食したゲテ物のことを思い出しながらも、田中は携帯端末を取り出した。


 そして、手慣れた手つきで画面をタップする。

 未だにハイテクな文明な利器はちょっと苦手意識があるとはいえ、もうこのアプリを使い始めて二ヶ月も経つのだ。


 流石に慣れるというものだ。


「むっ、ウチへの依頼がまた増えている。どれどれ……」


 これは瑠璃之丞が作製したAFTERLIFE――縮めてアフラフの専用アプリだ。

 ネット上に開設されたサイトで依頼を集め、田中が受注するという形となる。


「田中としては順調な滑り出しだ。予想以上だが、案外企業というのはこういうものなのか?」


 発足二ヶ月でこんなアプリを急遽作る羽目になる程度には、アフラフの経営は順調な滑り出しを見せていた。

 正直な所、勢いで起業してしまった感が強く、ここから色々と学んでブラッシュアップしていこうと瑠璃之丞とも言っていたのだが、


 何故か想定以上に依頼が集まってきたのだ。


 案外、何でも屋や代行業の需要というのは大きいのだろうか?

 それともあるいは知らないところで所謂バズっていたり?

 それに関しては田中の見た目がアレなので、思い当たる節が無いとも言えない。


 ――変な見た目をした代行業が居る……的な?


 そんな感じでおもちゃにでもなっていたりするかもしれない。

 だとしても、それはそれでいいと田中は素直に思う。

 それだけ注目が集まっているというのは起業の助けになるというものだ。


 悪名は無名に勝る、という言葉もある。


 この流れを無駄にしないようにと多くの依頼が舞い込むアフラフの処理の効率化のため、瑠璃之丞はアプリを一夜にして創り上げ、田中はそのアプリを使って依頼を処理していく。

 中には単に冷やかしのもあったが、困って助けを求めてきた依頼に対してコツコツと真面目に熟していたら、評判も良くなったのかちゃんとした依頼も多くなった。


「さて、今日も頑張るぞ」


 田中はソフトクリームをちゃんと柄の部分まで食べ終えると、公園のゴミ箱の中へと丁寧に入れた。

 そして、気合を入れるようにむんっと力を込めて腕を曲げた。


「コンビニバイトもやめたし、これで集中してできる」


 ちなみに今までやっていたコンビニバイトはやめた。

 歩合制の代行業の方が稼げるのだから仕方ない。

 時給制にも時給制の良さはあるのだろうが、頑張れば頑張るほど得られるものが多くなる歩合制の方が田中の性にはあっていた。


 ――というか基本的に異世界での田中の仕事は歩合制……というかそもそも支援自体が碌に……。


 深く考えてはいけない。

 咄嗟に田中は思った。

 敢えて掘り下げる必要もないだろう、異世界の件に関しては終わった過去として美しい思い出にしておくのが精神的にもいいはずだ。


「お昼寝はどうだった?」


「ワン!」


 そう思考を打ち切りながら公園の一角へと赴くとそこには鉄柱にリードが結ばれた柴犬が一匹。

 依頼の一つで飼い主が仕事に出かけている間の世話を任された子だ。

 田中が迎えに行くと大人しく昼寝に勤しんでいたというのに嬉しそうに擦り寄ってきた。


「よしよし、済まなかったなぁ。急に依頼が入ってしまったから……散歩の続きと行くか」


 結んでいたリードを外しながら田中はアプリを操作し、受けられそうな依頼を片っ端から受注していく。


「えっと買い物の代行に、荷運びの代行。それか迷い猫の捜索に、あとは――」



 ブツブツと呟きながら歩きだし、結局その日は十一件の依頼を田中は完遂しアフラフの業務を終えることとなった。



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