第十話:元・魔法少女と設立


「カンパーイ!」


「乾杯」


 問題もなく無事に自宅へと辿り着いた瑠璃之丞と田中。

 帰り際に寄ったコンビニでジュースやらスイーツ、菓子、酒類を買い込むと、互いの健闘を称え合うことにした。


「とりあえずは上手くいったわね」


「よくわからないがそうなのか?」


「ええ、止水組の隠し口座は見つけたし、パスやらなんやらも抜き取った。口座の一部でしかないんでしょうけど、一先ずはこれくらいの額があったわ」


「これは中々……」


 瑠璃之丞が渡してきた携帯情報端末に示された額は、学生上がりの田中には見たことのないような金額であった。


「不思議だ。何故、あんな操作でこれだけの金額を確保できる?」


「電子マネーってやつよ、仮想通貨とか色々経由して追えないように細工して電子上のバンクに預けてたみたいだけど。だからこそ、おさえてしまえばこっちのものよ」


「……田中にはよくわからない世界だ」


「いや、理解しようとするのやめなさいよ。確かにちょっと今言ったのはディープな話ではあるけど、それはそれとして田中はIT関係の話への忌避感強すぎなのよ」


「タイムスリップ感覚で技術が進化していたらそうもなると田中は主張」


「そんなこと言ってたら時代に置いてかれるだけよ」


「ぐぬぬ……」


「アプリぐらいもっと有効に使えるようになりなさいよ。便利なアプリとかあるわよ? ゲームのアプリぐらいしか使ってないでしょ?」


「……設定めんどい。それに変なアプリをダウンロードしてしまったら、情報の流失が……ネットは怖い……」


「なんか雰囲気だけでビビってるお爺ちゃんお婆ちゃんか! お前は! というか今日日のお爺ちゃんお婆ちゃんは割と使いこなすからね!?」


 未だにレジでは現金支払いの田中だが、そういえばさっきのコンビニでも年配の方が颯爽と端末で支払いをしていたなと思い出した。


「わかっているわかっているのだが……田中は文明の利器の便利さに馴染めないどころかちょっと恐怖を覚えてしまう。科学技術の結晶のIT関係とかはもう……」


「やだ……ファンタジー世界に染まり過ぎ」


「三年も居ればそうもなると田中は主張」


 異世界勇者としての魔王軍との戦いの中、田中はこちらの世界のことを出来るだけ思い出さないようにしていたのも悪く影響したのだろう。

 こっちの世界に帰ってきて久しぶりにクーラーや扇風機、ポット、水洗トイレ、冷蔵庫等々の家電を使用した時の衝撃は今でも忘れられない。


「ぶ、文明を忘れている……」


「異世界に行った時は現代の快適な生活なことは意識して思い出さない方がいい。現実に無いものを思い出したところで気分が沈んでいくだけだからと田中は忠告する」


「忠告ありがとう。できれば使うことがないことを祈っているわ」


「それが良いと田中も思う」


 田中の言葉に瑠璃之丞は素直に思った。

 ネット環境もない場所に行かされたら一日も耐えきれる自信は無いな、と。


「まあ、そんなこんなでPCとかネットとかは正直苦手意識が……だからこそ、今回は助かった。田中だけでは目的達成は不可能だった」


「ふふん、まあね? ちょっと得意なのよ」


「流石は元・魔法少女……それに比べて田中は役に立たなかった……田中なのに……反省」


「いや、そんなに落ち込まなくても……。私は最後ちょろっとやっただけで、それ以外は大体田中がやったし……あっ、ほら、何か漁ってたじゃない? 何か金目になりそうなの見つけて回収したってことでしょ? それなら、田中も成果を出したってことで……」


「優しい」


「うるさい。で、何を持ってきたのよ?」


「大雑把に漁っただけ、だけど碌なものは無かった。明らかに違法っぽそうなのとか、美術品っぽそうなやつとか……」


「まあ、そう言ってたもんね。美術品ってのも売る伝手がないんじゃ、どんなに価値があったとしても要らないわね」


「だから、どうしたものかと思っていたら……これを見つけた」


 そう言って田中が取り出したのは数枚のコインだ。

 金色に輝く、大きさにして五百円玉ほどの大きさのコイン。


「これは……金貨?」


 渡された一枚をしげしげと瑠璃之丞は眺めた。

 不思議な文様が描かれた金貨だ。


「見たこともない金貨ね。詳しくは知らないけどこういうのって人の顔とか、そういうのが載ってるイメージがあったけど……これは」


 幾何学的模様が刻み込まれている。

 何かしらの意味があるのだろうが。


「これ、田中の金貨」


「田中の? って、ああ、何か言ってたわね。異世界から持って帰ってきた金貨を売って、貯蓄を作ったって……」


「うん、それ。金貨に刻まれているのは、田中を召喚したディスベリア王家の家紋だから間違いない」


「ああ、これ、家紋なんだ。へぇ……」


 全然見えないな、と思いつつも言葉は呑み込んだ。

 どうにも不思議な魅力を感じる金貨だ、特に興味もない瑠璃之丞とてそう思うのだから、所謂マニアとか好事家と呼ばれる人種にはたまらないかも知れない。

 何しろ、異世界から来た金貨なのだから希少性で言えば他にないだろう。


「田中はあまり深く考えずに売ったのかもしれないけど、案外界隈じゃ有名になったのかもね。だから、こういう裏ルートにも流れるようになった……とか? 世にも珍しいもののためならいくら金をかけても構わないって金持ちは居るからねぇ」


「まさか、また手元に戻ってくるとは……」


「まっ、いいんじゃない? 美術品とは違って確か純金なんでしょ? それならいざという時に売れないってことはないでしょうし、持っておく分には十分でしょう。無理に換金することも無いわね」


 生活のためにと売り払ってしまったものだが、田中にとっては異世界の思い出でもあるだろう金貨。

 隠し口座の資金だけでも十分なものがあるというのもあって、瑠璃之丞はそう言ってやった。


「感謝」


「うるさい」


 素直な田中の言葉にやや気恥ずかしくなり、話を強引に進めることにした。


「とにかく、起業のための軍資金は十分と言ってもいいわね」


「田中的活動資金調達法、成功」


「後はいよいよ、どんな事業を起こすかってことなんだけど……悪党退治、こんなに儲かるならそれ専門でいいんじゃない? とか思わなくもないんだけど」


 普通に一般のサラリーマンの年収なんて軽く超えるほどの大金を手に入れることに成功した瑠璃之丞と田中。

 これを本職にすればいいのでは……と彼女は考えが過ったが。


「いや、田中は真っ当に働きたい。田中は田中であることをやめたつもりはないが、それはそれとして社会に適合して堅気の道に戻りたい。そのためにこれまでやってきた。今回は特別で……出来れば、そう言ったことからは縁遠い普通の田中の人生を送りたいんだ」


「ふむ……。まあ、確かに楽に儲かりはするけどそれが普通になるのはねぇ……。私としても切った貼ったの人生は……」


 今回の相手が女の敵と言わんばかりの相手だったので、瑠璃之丞も積極的ではあったが確かに彼女としてももう非日常な毎日はこりごり……というのは理解できる気持ちだった。


 真っ当な職について、真っ当な生活を送りたい。

 それは切なる願いではあった 



「まっ、そうね……それは確かに。魔法少女としての戦いは終わった」


「異世界勇者としての使命を田中は終えた」


「……何をするかもまだまだ手探りだけど、起業して事務所を立ち上げるなら名前は必要よね」



 二人は意見を出し合い、その日一つの名前を決めた。



 ――AFTER LIFE



 それが新たに立ち上がった事務所の名だ。



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