第九話:元・異世界勇者と収奪


 ずるずる。

 ずるずるずるずる。


「金を奪いに来たって……悪行を裁きに来た云々って言ってなかったか?」


「悪党を倒して、金品を奪い活動資金にする。……何処に問題が?」


「普通に現代日本では犯罪だと思うんだが……。というかそれ以前に倫理とか道徳的に……」


「ヤクザ者に言われちゃお終いね」


「??」


 瑠璃之丞の言葉に田中は疑問を浮かべる。

 悪党を倒して金品を得て、活動資金に変えてまた次の悪党を……実に合理的である。


「まあ、二人とも田中ではないからな。田中的行動がわからないのは無理もない」


 うんうんと頷きながら田中は納得した。


「そりゃまあ、田中ではないけど……いや、まあ、いいや。それで? 本当に協力するんだろうな?」


「ああ、ここは俺たちの事務所じゃないが何度か取引で来たことはある。おおよその構造はわかっているんだ。ここには設計図にも載っていない地下室があるはずだ。やつらは違法なものを売りさばくルートを独自に持っている。それで仲介屋みたいな真似をしててうちとは繋がり合ったんだ」


「なるほどね、それでこの事務所はその取引を行うための止水組の拠点ってこと?」


「そういうことだ。実際に見せて貰ったことはないが、取引が成立したら預ける決まりになってるから、恐らくは何処かには――」





「ん、ここだな。――田中ウォールブレイク!」




 動けない大田原の足を片手に引きずりながら進む瑠璃之丞。

 彼女が大田原と会話をしながら進んでいくと前を歩いていた田中が、徐に壁の相対し木の棒を振ったかと、ただの壁のように偽造された隠し扉が崩れ、その向こうには下へと進む階段が現れた。


「隠し扉ってやつか」


「ふっ、ダンジョン経験豊富な田中にこの程度の偽装は無意味」


「ダンジョン……ええぇ? あいつ何なの?」


「田中だよ」


 あっさりと隠された扉を見つけ出し、当然の如く粉砕し突き進む姿……いや、満足に動けず引き摺られている状態なので見えてはいないが、おおよその様子ぐらいなら大田原にだってわかる。

 思わず尋ねてしまうも、帰って来たのは田中であるという答えだけ。


 別に瑠璃之丞としても適当に誤魔化しているわけではないのだが……。


(田中は田中でしかないというか)


 それはともかく。


「いやに協力的じゃない? あんた?」


「へっ、ここはうちの事務所じゃねぇしな。止水組の奴らは俺たちを置いて逃げやがった様だし、義理も特にねぇからな。……だから、引きずるのやめてくれないか? せめてもっと持ち上げてくれると階段は――あだだっ!?」


「えっ、やだけど」


 瑠璃之丞の片手が触れてるの嫌なのに……という呟きが中年男性の心を深く傷つけつつも、階段を進んでいった先には一つの扉があった。

 鋼鉄製の扉のようだったが当然のように田中が切り裂くと、その向こうから人影が迫ってくる。

 ナイフや鉄パイプを構え、明確な殺意をもって襲い掛かってくるも。


「田中クロスアタック!」


 木の棒は一つなはずなのに、何故かクロスの形で放たれた衝撃波によって吹き飛ばされるヤクザたち。

 大田原の子分とは毛色も違い、場所も考えれば止水組の者だったのだろう。

 彼らを一切の反撃の隙も与えずに鎮圧し、田中達は地下の部屋に入ることに成功した。



 事務所の地下にある部屋は想像以上に広かった。

 部屋の三分の二を占めるのは棚で何やら色々なものが並べられたり、何かの段ボールが並べられたりとして圧迫感がある。

 そして、残りの部分の大半は何かの機械が並び、数台のコンピューターもまた存在していた。



「へぇ……」


 棚に並べられているものが流通ルートに乗せる物品であり、機械などは恐らくその流通ルートの確保のために使用されていたのだろう。

 独自のルートを持っているというだけあって、瑠璃之丞の予想を超えて本格的であった。


「金銀財宝……現金もない。宝箱……じゃなかった、金庫は何処だ?」


「見た感じ置いてないわね」


「あー、無いんじゃないのか? そりゃ、基本は電子マネーでの取引だったし、稀に現金での取引だった時はさっさとアタッシュケースの方は持ち返っていた気がするし」


「で、電子マネー……?」


 大田原の言葉に瑠璃之丞はなるほどと思ったものの、田中は困惑の声を上げた。

 彼の元・異世界勇者はIT情報について著しい退化を遂げている。

 正確に言えば、進み具合に取り残されているというのが正しい。


「相変わらず、文明の進み具合についていけてないわね……」


「困った、現金が無いと資金調達が……。色々とあるみたいだが、銃撃戦の音を通報されて警察が来るまで時間はあまり猶予はない。その前にさっさと現金を奪って逃走する予定が……全部を調べる余裕は無いし」


「田中の言っていることが只管に犯罪者なんだが……なあ。逃走のことまでちゃんと頭で算段を立ててる辺り、絶対初犯じゃないっぽいんだが」


「黙りなさい」


「ぐえっ」


 キュッと足元に力を入れ、瑠璃之丞は田中に言った。


「まっ、私は田中じゃないからね。当然、この程度の予想はついていたわ」


「つまり、打開策が?」


「数分あれば事足りる。それなりにセキュリティはあるんでしょうけど、得てして内側からのものなんてザルなものよ。このパソコンで取引や売買をしていたのなら痕跡はあるはず……後はそれを辿って……なるほど電子銀行を経由して……」



「田中なにすればいい?」


「適当にそこら辺の漁ってて!」


「了解」



 パソコンで何やらし始めた瑠璃之丞。

 全く理解できない作業に手持ち無沙汰になった田中は、言われた通りに棚のものを荒らすことにした。



「ん、何やら粉の入った袋……パス。拳銃……そそられるものはあるが、パス。美術品……資金に返るのが難しいのでパス。うむむ、難しい――ん、これは?」


「よっしゃ、口座を突き止めた。あとは抜き取って……これで良し。ここに用はなくなった、さっさと逃げるぞ田中。警察が来る」


「わかった。ヤクザたちは悪党だが、警察は悪党ではないので田中的に戦えない。逃げるに限る」



 二人は近づいてくるサイレンの音を尻目に事務所から脱出。

 闇夜に紛れるようにしてその場を後にした。

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