第八話:元・魔法少女と制圧
「つまり、なに? 貴方たちは止水組と取引に来ていた青龍組という別のヤクザだってこと?」
「そうだ! そう言っているじゃねぇか! 止水組の島崎っていう金髪のチャラチャラした軟派な野郎だ! くそっ、何処に行きやがった」
「あー、そういえば裏手口の方が騒がしかったわね」
「逃げ出しやがったのか、男気の欠片もねぇ野郎だ。盗撮画像の売りさばきなんてシノギをやってるだけのクズなだけはある」
「ふぅん、アンタは知らなかったって言い張るのね」
「当然だ! そんな下らねえシノギになんて関わるか! 俺がやるのはもっと硬派な銃器の密売とか――」
「十分、てめぇもクズよ」
「ぐふっ」
瑠璃之丞はゲシッと地面に倒れ伏したままの大田原の頭を踏みつけた。
一応の彼女はスカート姿なのでだいぶ危ない体勢ではあるのだが、田中による吹き矢の毒で大田原はうつ伏せのまま、まるで動けない様子であり問題はない。
そのまま、ゲシゲシっと冷たい目で見下ろしながら踏みつけ続ける。
「お、親分……」
「羨ましい」
同じように地面に転がり動けない様子の大田原の子分たちがその光景を見て呟いた。
瑠璃之丞の目はさらに冷え込み、汚物を見るような目で足をグリグリとする。
「ふん、銃の密売ね。どうりで……」
チラリッと周囲を見渡す彼女の目に映ったのは床に転がる無数の拳銃に、室内の至る所に刻まれた出来たばかりの弾痕の数々だ。
その光景はつい数分前に無数の発砲が行われたことを示していた。
「くそっ、お前ら一体何者なんだ。只者じゃねぇだろ。銃をもった野郎ども相手にこうも一方的に……化け物か何かか?」
「いや、やったのは田中だし」
シレッとそう返す瑠璃之丞。
大田原の意識が逸れた瞬間に躊躇いなく吹き矢を使った田中だったが、その行為は子分たちの激高を煽る行動でもあった。
一斉に銃を取りだし、感情のままに発砲してくる事態を引き起こしたが、それを全く意に介さず田中は鎮圧した。
単純な暴力で、だ。
飛んでくる銃弾を木の棒で切り落とし、一瞬で距離を詰めて暗器を突き刺し毒で行動を不能にさせる。
その行為を室内に居た子分たち全員が動けなくなるまで淡々と繰り返す作業の姿は、どこかプロフェッショナル染みた慣れを感じさせた。
勇者という職業は何なのだろうか、瑠璃之丞は疑問に思った。
「はっ、よく言うぜ。辺りで銃弾が飛び交ってるっているのに、平然としていた嬢ちゃんも大概だろうが」
「失礼ね、私は何処にでもいる女子高生よ」
元・魔法少女である瑠璃之丞からすれば銃など恐れるに足りない。
故に特に何も反応しなかっただけだ。
そもそも、銃口は田中に向けられていたのでこっちに飛んでこなかったというのもある。
最も別に飛んできたところで対処は可能であったが。
「はっ、そうかい。こんな仕事やってるんだ、ろくな目に合わない終わりってのは覚悟はしてたが、まさかこんなふざけた正義の味方にやられることになるとはな……」
「悪党にはお似合いの因果ってやつよね」
「ふっ、違いないな。……それはそれとして。これって本当に大丈夫なのか? 本当に身体が動けないんだが……その癖、普通に喋れるのが怖いんだが。麻酔とかとは違うよなコレ? 後遺症とか無いよな?」
「さあ?」
脚置き場となっていた大田原が不安そうな声をあげるが、瑠璃之丞には答えようがない。
確かにピクリとも体は動かせてない様子なのに、意識は明瞭そうで奇妙な状態だが、やったのは田中だ。
「それはただの捕虜拷m――尋問用ポイズンの「クビノシタカラウゴカナクナール」、効果が切れれば問題なく動けるようになる」
「だってさ。でも、その名前はどうにかならなかったの?」
「魔族ならともかく、田中は人間には優しい。不必要に傷つけたりはしない。後遺症もないと田中は安心を伝える。……名前はわかりやすい方がいい」
「確かにわかりやすくはあるけども」
「えっ、今、拷問用って……えっ?」
転がった子分たちの手足を縛り終えた田中と瑠璃之丞の会話に大田原は思わず言葉を漏らすも返答は無かった。
もう一度、尋ねてみようかとも考えるも、答えられても怖いと考えあえて大田原は呑み込むしかなかった。
「縛り終えたのか? お疲れー」
「手伝ってくれても良かったのでは? と田中は抗議をする」
「いや、何ていうか動きが手馴れすぎてて……」
建物への侵入の手慣れ具合、多人数を相手にした制圧の速やかさ、そしてあらかじめ用意していた縄での拘束の無力化。
瑠璃之丞は確かに魔法少女という非日常を生きてきた少女ではあるが、そういった経験については素人であった。
「敵の拠点に強襲をしかけた経験ならあるけど、あれは基本は暴れるだけだったし……」
ギョッとした気配が瑠璃之丞の足元からした気がしたが無視をする。
「なるほど、田中は理解」
穏やかに会話をする二人に大田原は思った。
(こいつら、ヤバい奴らじゃないのか?)
ヤクザ事務所に二人でおもちゃのお面被って襲撃してくる時点でだいぶ頭がおかしいが、アホみたいに強くて銃を持った複数相手に大立ち回りをしても傷一つ憑かず、そして平然と毒物を使う田中。
そんな田中と対等に気安く話しかける、明らかに鉄火場に慣れた女。
(頭のおかしさのレベルが想定以上なのかもしれん。いや、存在もだけど)
木の枝で銃弾斬るってなんだよ。
大田原は突っ込みたくなる気持ちを我慢しつつ、とりあえず刺激しないように言葉を選びながら話しかけた。
「俺も焼きが回ったもんだ。正義の味方にやられちゃあ、しょうがねえ。悪党もお縄につく頃合いか……」
「正義の味方、か」
「懐かしい……言葉ね」
苦し紛れの言葉だったが何故か反応する二人。
大田原はそこに一縷の望みをかけた。
「ああ、悪党を懲らしめに来たのが目的だったんだろう? 今どき、そんな立派な奴らがいるとはな。世の中、案外捨てたもんじゃないな。牢屋の中でそう思うことにするぜ」
相手を褒めつつ、婉曲的にこれ以上変なことをせず、警察に突き出すように勧める大田原であったが……。
「ん? 目的……ああ、そうだったそうだった。」
大田原の一言に用件を思い出した田中は木の棒を突き付けて言った。
「――有り金を全部寄越せ」
「強盗じゃねーか」
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