第七話:元・異世界勇者と決闘


「なっ……馬鹿な!」


「田中驚愕」


「ふっ、なんだぁ? ここまで好き放題にしておいて、今更ビビってるのかガキども」


 田中と瑠璃之丞の慄く姿に気を良くしたのだろう、ニヒルな笑みを浮かべながら現れた男は二メートルを超える巨漢な男だった。

 全身がはち切れんばかりの筋肉で覆われ、腕などまるで丸太のようだ。

 顔も厳つく、まともな一般人であればこの男にがんを飛ばされれば、遠目であってもビビって逃げだすのは請け合いだろう。

 明らかに堅気の空気ではない雰囲気を纏っている。



 そして、何よりも特徴的なのはその頭頂部に雄々しく伸びる――



「り、リーゼントっ! リーゼントよ、田中! しかも、まるで砲台のようなデカい奴! 古式ゆかしいリーゼントキャラなんて初めて見たわ! あははっ! すっごい!」


「田中も初めて見た」


「やばっ、アレってどうやってセットしてるのかな? お風呂の度にセットしてるの? 毎朝やってるの?」


「きっと几帳面な性格なのだろう。そうでなければあの髪型を維持するのは大変だ」


「几帳面……顔に似合わなっ!」



 田中と瑠璃之丞は好き勝手に男の髪型の話題で盛り上がっていた。

 不良漫画に出て来そうなレトロなリーゼントをした男が、ヤクザ事務所の奥から出てきてしかも親分と呼ばれている……こういうのが御約束なんだよ。


 二人は中々やるな、などと感心すらしていた。

 偶には変化球もいいがやはり王道というのは大事だな、二人は再確認した。


「……………」


「あ、あいつら好き放題に……」


「やべぇ、大田原の親分明らかにキレてやがる」


「そりゃ、リーゼントはあの人の命だから……」



「――おい、クソガキども」



 それは怒りを堪えた低く、唸るような声だった。


「大人の怖さを分かってねぇようだな? ああ? 一体全体、何のつもりでこんな真似をしやがった? しかも、そんなふざけた格好で……どこの組の鉄砲玉だ?」


「ふざけた格好だと……? ヤクザ者に侮辱される謂れは田中にはない」




「おもちゃのお面を被ってるのはどうみてもふざけているだろうが!」




 田中と瑠璃之丞はお面を被っていた。

 当然、正体を隠すために急遽用意したものだ。

 本来の田中的活動資金調達法の常だと、目撃者は物理的に口を塞げばいいのでうっかりしていたが、相手が魔王軍ではない以上はそこまでは出来ない。

 なので見られても構わないように外見を誤魔化す手段が必要となったのだが、適当なものが見つからず近所のリユースショップで見つけたのがこれだったのだ。



 一昔前の特撮ヒーローのプラスチックのお面を被り、深夜のヤクザの事務所にカチコミを仕掛けてきた二人組の男女。



 襲撃されたヤクザ側は困惑の感情を隠し切れない様子をするのも当然ではあった。


「どう見ても正体を隠すためのものであることは明白。そのぐらいわからないかと田中は疑問に思う」


「正体を隠す気があるのか田中」


「っ!? 何故、名乗っていない田中の名を……」


 驚愕を露わにする田中。


「さっきから田中田中言っているからな? 全く、田中は……」


「いや、「やれやれ仕方ないなぁ」みたいな雰囲気を出してるけど嬢ちゃんもさっきから田中田中って普通に呼んでるからな?」


 ぽつりとヤクザの一人が呟きに、瑠璃之丞は凍り付いた。

 普通にポカミスであった


「…………」


「田中は呼んでないのに」


「…………」


 ジトっとした視線をお面越しに感じ、僅かに汗をかいた清く正しい元・魔法少女。

 彼女の出した結論は……。




「何処の組の者ですって……? 悪党どもの一員だと思われるのは心外だわ! 私たちは通りすがりの正義の味方! 星に代わって、貴方たちの悪行を裁きに来たわ!」


「この嬢ちゃん、全力で流す気だぞ。なんて胆力だ……」


「ああ、どれだけ面の皮が厚いんだ。お面の下を見て見たい」


「田中が思うにだいぶ厚い」


「星に代わって裁きに来たわ!! ……あと、田中ァ、後で覚えておきなさいよ」




 ひそひそと話声を上げるヤクザたち相手に、瑠璃之丞は魔法少女時代の決め台詞を連呼しつつ、熟練した動きでポーズを決めた。

 魔法少女歴に裏打ちされた謎の迫力に何となく空気は仕切り直され、瑠璃之丞のミスの追及は流されることになった。


「つまりは正義感にかられた馬鹿ってことか田中? ヒーロー気取りってやつか……はっ、青いねぇ」


「田中は元より田中である」


 因みに田中は田中と言うことで話は進むことになった。

 まあ、本人が田中と連呼している以上仕方ない。


「ふっ、悪くねぇ。俺は馬鹿は嫌いだが大馬鹿は嫌いじゃねぇ。今日日正義感でこんな真似出来るやつらはそうは居ねえ、気に入ったぜお前ら」


 先程までの空気を無かったかのようにピリッとした空気を仕切り直す大田原。

 相手を認めるような発言をするのはチンピラや下っ端以上の悪役ムーヴの様式美である。

 二人は感心した。



「だが、おいたが過ぎたようだな。正義感だけじゃどうしようもない、現実ってやつを身の程ってやつを教えてやるぜ」



 そう言ってのそりとその巨体を揺らし一歩前に出る姿は威風を纏っている。



「女子高生の盗撮画像で儲けている分際で生意気な。田中ブレイドの錆になるがいい」


「そーよ、そーよ! やってやれ、そんな変態軍艦巻き! 何が気に入ったよ! 気に入ったのはこのセーラー服なんでしょうが! セーラー服姿の女子高生の艶姿を男どもの妄想のはけ口にして稼いでいるゴミ屑の癖してカッコつけてるんじゃないわ! 田中、やってしまいなさい!」



 微塵も恐れずに一歩踏み出す田中。

 心配の欠片もせずにエールを送る瑠璃之丞。


「…………うん?? おい、ちょっと待て何か誤解を」


 そして、そんな二人の様子に何やら疑問の声を上げる大田原。



「じゃかましい! 知ってるんだからね! 止水組が女子高生の盗撮画像とか売りさばいて金にしてるのは……っ! 私の高校も標的にしやがって! この社会のゴミ屑! 性的搾取! ロリコン! 服萌えの性的倒錯者共! 変態、変態!」


「ま、待てやっぱり誤解を……っ! 俺は止水組の人間じゃ……クソっ、島崎ィ! 下らねえ、シノギをしやがって!! おい、待て! 流石にそんな疑いをかけられるのは我慢ならねえぞ、そんな情けない真似を俺がするか!」


「そうだそうだ! 女性にめっぽう弱い親分がそんなのシノギに出来るわけねぇだろ! 意中の弁当屋のひーちゃん相手にアプローチするの年単位をかけるぐらいピュアなんだぞ! アダルトビデオのすら恥ずかしがって出来ないのに……!」


「親分が女子高生の盗撮画像なんて売りさばけるわけないだろ!」


「お、お前ら……っ!」


「濡れ衣を着せて罵倒してくるなんて……っ、でもちょっと気持ちいいかも」


「……あの嬢ちゃん、大人びてるけど高校生なのかな」


「まあ、「私の高校」って言ってたしな」


「ということは俺たちは今、女子高生になじられてるのか」


「いいな」


「いい……」



「田中ポイズン!」


「うっ、吹き矢が刺さって……うっ、ふぅ」



「「「お、親分ーー!!」」」



 混沌とした空間、一切の空気を無視して放った田中の毒矢が正確に首元に刺さり、大田原はすぐさまその巨体を地面に倒し、田中と大田原の戦いに決着はついたのだった。


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