第六話:元・魔法少女とヤクザ事務所


 ≪止水しすい組≫。

 それがその事務所の所属する組の名前らしい。

 チラッとネットで調べて限りだがどうにも上は九州の方で権勢を誇っている一家の傘下という話だ。

 あまりヤクザ者の事情というのに詳しくはないが、面子が命という話だし後で報復という話にならないだろうか、ふと瑠璃之丞は思ったが。


「証拠を残さなければいいのだ。襲撃の際に自身の痕跡は可能な限り消す、田中的常識」


「嫌な常識ね」


 常識になるほど襲撃になれているのだろう。

 見張りのように建物の入り口付近に立っていた如何にもチンピラという風情の男数人、それを処理する田中の手際は流れるようなものだったと感心してしまう。


「佐藤もナイス」


「いや、大したことはしてないし……。ちょっと気弱な女学生の振りをして目の前をうろついただけでよくもまぁあんなに」


 設定としては夜更かしをしてしまって急いで家に帰る女学生……という感じだろうか。

 不安そうに周囲をおどおどと見ながら歩く姿がポイントだ。

 瑠璃之丞は自身の容姿がそれなりに優れていることは自覚しているので、こうして隙だらけな態度を見せれば釣れるだろう……とは思っていたのだが、予想以上にチンピラ共は簡単に連れてしまった。


 まるで街灯の明かりに引き寄せられる虫のようだなと瑠璃之丞は思った。

 あとは怯えたふりをして裏路地へと誘い込み、田中が後ろか襲撃をかけチンピラ共の意識を一瞬で刈り取った。

 完全に死角からの襲撃に、恐らくチンピラ共の最後の記憶は瑠璃之丞を相手に楽しく追いかけっこをしていた記憶で終わっているだろう。

 いや、結構な勢いで顔から地面に倒れたのであるいは軽く直後の記憶は吹き飛んでいるかもしれないが。


 ともかく、これで侵入のための排除はできわけだ。

 しばらくは目を覚ますことは無理だろうし、瑠璃之丞は田中と協力して表の路地から見えづらいゴミ捨て場にチンピラ共を放り投げ隠蔽を完了させる。


「ミッションコンプリート」


 満足そうにいい汗をかいたと言わんばかりに汗を拭う動作をする田中。

 ここまでの筋書きを描いたのは田中だった。

 事務所の様子を伺い、侵入は彼らが邪魔だと判断。

 そして、提案されたのがこの作戦だったのだ。


「つーか、コイツらを引き剥がして倒したいってのはわかるけど。それにしたって当然のようにか弱い乙女を囮役に使う案を出すのはどうなのよ」


 特に疑問を持たずに実行してしまったが、冷静に考えると当然のようにガラの悪いチンピラ共の前に行かされたのは不満が湧く瑠璃之丞であった。


「か弱い乙女……??」


「おい、その不思議そうな顔はやめろ」


 確かに元・魔法少女である瑠璃之丞にとって、チンピラ程度に臆することは無いし、仮に乱暴をされたところで触れさせることすら許さず鎮圧できるとはいえ、それはそれだ。


「別に女の子扱いして欲しいわけでも無いんだが……」


「いくぞ、佐藤。襲撃はスピードが命であると田中は主張する」


「まあ、いいか。どうにもこいらの質から見ても相当下劣そうなやつらっぽいし、堪ってたストレスの解消も兼ねて……」


 瑠璃之丞は気付いていた。

 怯える女学生の振りをする彼女に対する態度、追い立てる姿も先程のチンピラたちのものには慣れが見て取れた。

 少なくとも初めてという感じではない。

 更に田中の言っていた裏での資金集めの方法……。



 久しぶりに瑠璃之丞の心が燃え上がった。

 元・魔法少女としての愛と正義と平和を守る心と女性としての嫌悪感。



 二つが合わさり、やる気はる気へと変わった。



「さあ、行くわよ田中。汚らわしい悪の巣窟は今日この日を以って終りにするのよ」



 佐藤瑠璃之丞、元・魔法少女らしく彼女は割と潔癖な所があった。

 性的関係は特に。

 元々最低評価だったヤクザ事務所の評価に加え、チンピラ共の明らかにそういう感情が混じったいやらしい視線に晒されて瑠璃之丞はキレた。


「悪を滅し、宝を回収。とても田中的な行い。出来るだけ沢山奪えればよいのだが」


 先に行く瑠璃之丞について行く田中も当然のようにノリノリだ。

 その辺で拾った長い木の棒を片手に小走りに追いかける。



 この日、元・魔法少女と元・異世界勇者は深夜のヤクザ事務所を襲撃した。



                 ◆


「マジカルナックル!」


「田中ソード!」


「な、なんだコイツら……ぶへらっ!」


 二人の事務所への侵入自体は簡単に済んだ。

 入り口にたむろしていたチンピラ共を排除したし、扉には鍵がかかってはいたものの「田中ソード!」の掛け声と共に田中から放たれた斬撃によって鍵を破壊したため、特に困ることは無かった。


 相も変わらず、恐ろしいまでの斬撃である。

 ただの木の棒で何故あれほど滑らかな断面で金属製の鍵を切れるのか、瑠璃之丞にはさっぱりわからない。

 どうにも不思議な力……田中曰く、魔法で枝の強度自体は弄っているものの斬撃はの威力は自前のように見える。


 ――「ふっ、田中は田中だからな」


 その技に感心した視線を向けた瑠璃之丞に田中は何処か自慢げに答えた。

 特技が剣術と書くだけのことはある。

 自分のマジカルパワーを使う必要は無さそうだと、考えながら事務所内に侵入した二人であったが……。



「あん、誰だテメぇ――」


「田中ブレイク!」


「ほぐりょっ!?」



「なんだ、何の騒ぎ――」


「マジカルシャイニングウィザード!」


「ふとも、も゛っ!?」



「か、カチコミだー!!」


「見張りはどうした!」



 数分も経たずにこの有様だった。


「……なんか、多くない?」


「田中、困惑。そこまで大きな拠点ではないはずだが」


 そう何故か事務所内には二人が想定していた以上に人が居たのだ。

 事務所のビルの規模から考えても二桁はいないだろうと思っていたのだが、明らかに十人以上の人の気配を感じる。

 侵入した後は落ち着いて家探しをするためにさっさと制圧する予定だった瑠璃之丞と田中は困惑した。


「あいつらって一応見張りだったんだ……全員、誘いに引っかかるような馬鹿ばっかだったけど」


「そのようだ」


「なら、思ったんだけど普通は平時に見張り何て立てないんじゃないの? ただの事務所なんかに。そりゃ隠しておきたいものや何やらはあるんでしょうけど、それなら中において置けばいいわけで……わざわざ見張りを立てるってことは、やましいことをしてたからじゃないの?」


「例えば?」


「何かの取引とか密談とか」


「なるほど、田中納得」


 わらわらと騒ぎを聞きつけておくから出てくる明らかに堅気ではなさそうな出で立ちのヤクザたち。

 どうやら、偶々そういうタイミングだったようだ。


「運が悪いわね」


「むしろ、運がいい。流石は田中。田中的な行いを常に心がけているからこそのご褒美」


「ご褒美って」


「取引だったら現金があるかもしれない」


「そういう考えもあるか……」


「それに反社と絡むのは反社。一度に潰せる分が増えるのは良いことだと田中は考える」


「まあ、それもそうね」




「何だコイツら……」



 ぐるりと周囲を殺気立ったヤクザたちに囲まれているというのに、呑気に好き勝手に話している瑠璃之丞と田中にヤクザの一人は思わず零した。




「好き勝手言ってくれるなぁ……」


「お、親分」



 そんな吞気過ぎる会話を続ける二人に声をかける男が一人。

 事務所の奥からのっそりと現れた。

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