第四話:元・魔法少女と起業
起業。
その言葉の意味は、新たに事業を起こすこと。
要するに就職活動をしたくないから、仕事を作ってしまおうということを瑠璃之丞は主張しているのだ。
確かにそれなら就職活動をせずに仕事をすることは出来る。
「起業……」
理由自体は非常に馬鹿らしいとはいえ、田中としても一概に馬鹿には出来ない提案ではあった。
薄々とだがこのままやっていくのは無理があるとは思っていたからだ。
三年間の空白というのは思った以上に大きい。
田中が思っている以上に、その間に世間は動き、技術も発展し、田中が中学を卒業する際に買って貰った携帯なんて既に型落ち品だ。
異世界に召喚される前には最新だったものも、戻ってきた後には古臭いものになっており、そのアップデートに四苦八苦していた。
そして、何よりも田中が異世界に召喚されたの高校に通うようになってすぐの頃だ。
一般的に社会のことを色々と学んでいくのは高校に入ってからが普通だろう。
中学も地元の普通の市立の出身で別段学校でも無かった。
つまりは社会のことなどまるで知らない、極めて一般的な男子中学生であったわけだ。
そんな学生が社会のことを色々と学ぶはずの高校の期間、丸々三年を異世界に召喚されて魔王軍と戦いに費やしてまともで居られるかという話だ。
ぶっちゃけた話、田中は全くといってこの世界に適応できていなかった。
不真面目であろうと引き籠りであろうと生活を行っていく以上、それ相応に社会の常識というものの情報に触れ、程度はあれどアップデートされていくものだが田中はそれが無かった。
なぜならこの世界自体に居なかったからだ。
最も色々な社会のことついて学ぶ時期を、違う国どころか異世界で過ごした田中。
しかも、その世界は現代日本とは違い、お世辞にも平和とは程遠い世界だったのだ。
帰って来てからしばらく経ち、ようやく田中はその差異に気付いた。
だが、元の世界と異世界の常識や価値観の差に気付いても、明確にどこからどこまでが違うのかが田中にはわからなかった。
田中のこちらの世界での経験というのは中学の時点で止まってしまっているのだ。
異世界では十も超えればそれなりに大人の扱いをされる年の頃だが、現代日本において中学生など子供も同然、親の庇護下にあって当たり前で社会のことなどたいして知りもしない。
故に自分が外れていることがわかっても、具体的にどこら辺が外れているのか……その境目がわからないのだ。
同じ常識から外れた存在とはいえ、日常生活の影で非日常生活を送っていた魔法少女の瑠璃之丞の方が圧倒的に常識力は高いといえる。
酒は飲んでいるが。
そんな事情もあり、生活の節々に自身とこの世界の常識と価値観の差に悩まされていたのが田中だった。
無論、慣れるための努力はしているのだが、女性を襲った悪漢の腕の骨を折って怒られたのは記憶に新しく、このまま就職活動を続けても芽がないのではないかと思っていたところなのだ。
起業という選択肢は思いつきもしなかった選択肢であったが、少なくとも一考の価値があった。
「具体的には?」
「……えっ?」
「起業するとは言ってもどんな事業をするか次第ではないかと田中は思う」
「……な、何でも屋とか?」
「田中、落胆。何も考えてなかった」
「なによ、得意でしょ。元・勇者なんだから、変なお使いクエスト慣れしてるでしょ? その経験を活かして……」
「それはゲームかなんかのイメージである、と田中は否定する。どっちかというと害獣駆除とかそんなに近かった、田中の田中活動は……」
「田中活動って何なのよ……」
「お使いクエストやりまくっていた田中の方が夢はあったのだろうが」
「うん、何を言っているのかわからない……。とはいえ、色々な依頼を受けてみるってのは方向性としてはいいんじゃない? そもそもスキルが足りないから、いきなりこれ専門で行こう! ……とかは無理でしょ」
「……田中、肯定。確かに未知数な部分が多く、やってみて試さなければわからないのも確かであると認める」
「幸い、アンタは体力だけは有り余ってるみたいだしね。それを活かせば……まあ、IT関係は全然ダメみたいだけどね。パソコンにしても携帯にしても」
ぷっと笑いながら言う瑠璃之丞。
それに対して反論できる言葉を田中は持っていなかった。
「今、勉強し直してるところだと田中は抗議。三年で多機能になり過ぎる携帯が悪いのである」
「まあ、全部の機能を十全に使ってるユーザーは流石に稀有だと思うけどね。それはそれとして使いこなせるようにコツコツと勉強してた方が、意外に便利な機能もあって助かる場面も多いわよー? 無駄なんじゃないかってのも多いけど」
「むむっ」
「まっ、この様子ならネット関係は私がやった方がいいかな。ホームページの作成とか、宣伝用のSNSのアカウント作成とか色々準備は必要だし……というか、田中もSNSぐらいいい加減にやりなよ。世間のことを知るには便利だぞー?」
「SNSって怖いって聞くし……田中、心配」
「子供か!」
そもそも何故進める前提になっているのか、それが田中にはわからない。
確かに明確には否定はしなかったが……。
(でも、まあ、確かに……流石に落ち続けるのも精神的にきつかったところだ。やってみてもいいかもしれない。田中だけだったら無理だろうけど、瑠璃之丞の協力もあれば形ぐらいには……)
何気にネット関係には強い瑠璃之丞。
彼女が前向きの姿勢をしめしている事実が、田中の中で踏ん切りを突かせることに成功した。
二人は意見を出し合って起こす事業について検討を行った。
起業などどちらも初めてだが、ともかく基礎的な必要なことは瑠璃之丞が調べ上げ、下地を計画していく。
傍から見ると拙いものなのだろうが、それでも二人は楽しみながらあーでもないこーでもないといいながら意見を交えていった。
そして、直面する問題。
「やっぱ問題は初期の資金かな。何をするにしてもやっぱり出せる最初にどれだけ出せるかってのは重要よね」
「金を稼ぎたいから起業したいのに、その企業を行うために金が必要な矛盾」
「普通はまあ、まとまった資金を貯めて計画を練ってそれからチャレンジするもんだからねぇ。資金貯めるためにバイト増やす?」
「そのバイトの面接にも落ちるから自分で事業を起こそうという話。……今の貯蓄は出来ればあまり使いたくない。とはいえ、中途半端な資金をつぎ込んでやっても成功しないだろうと田中は思う」
「借金とかしてみる?」
「いや、借金は……嫌な記憶が蘇る。――仕方ない、最終手段に取っておいた田中的活動資金調達法を行うとする。それを起業資金にしよう」
「勇者的調達法……すごい、嫌な予感がするけど」
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