第三話:元・異世界勇者と履歴書


「さて、では相談なのだが特技の欄って何を書いたらいいだろうか」


「まだ諦めてなかったの?」


「諦めたら人生修了コース。最終学歴中卒、謎の三年間の空白期間有り。全うな会社がそんな田中を拾ってくれるであろうか?」


「思わない」


「悲しいかな田中もそう思う。……やはり見た目か? 肌は褐色、髪は白銀。別に田中は焼いても無いし、染めたわけでも無いのだが……」


「まあ、一般的な日本人の外見からは外れ過ぎてて引くわよね」


「田中、悲しい」


 痛烈な言葉であるが田中の認識とも合致してしまうのが悲しい所だ。


「これは……どうしようもないのだ、田中には。髪は何とか染めることもできないことも……いや、染め続けるのは経済的に厳しい」


「何ていうかチャラ男にしか見えないわよ」


「田中はいたって真面目な田中である。似非女子高生」


「似非じゃなくて本物の花の女子高生よ! ちょっと二つほど年上なだけで……うぅっ」


「田中、謝罪」


 自分で言ってダメージを受けたのかチューハイ缶を取り出す瑠璃之丞。

 その姿に花の女子高生要素は全くといっていいほど無かった。

 酒に逃げる人生に疲れた女の姿だけがあった。


「何よ、その残念な生命体を見る目は」


「顔は良いのに……胸はまあ、頑張るとして」


「死ね」


「花の女子高生はそんなこと言わない。女子高生ってのはもっとこう……キャピキャピしてて、周りの空間にマイナスイオンを振りまくような存在であるはずだ」


「いや、女子高生に夢見すぎでしょ」


「いいや、田中は見る。田中は高校生活を楽しみしていた。彼女を作って青春を謳歌する予定だった。だが、異世界に飛ばされて……魔物と戦う日々……その日々に耐えるため、可愛い同級生の彼女を作って三年間のスクールライフを満喫する田中を何度夢で思い描いたか。……いや、一年年上の先輩もいいし、二年になってから可愛い後輩の彼女というのも――」


「控えめに言ってキモーい。流石は童貞」


「年を考えて言動を行うべきであると田中は思う。二十代がキモーいとか言ってるのはキツイものが……無理に若作りしてるみたいで。あと童貞とか、そういう単語を花の女子高生は言わない」


 田中の元に食べ残しのつまみのスルメイカが飛んできた。

 それをキャッチして食べながら話を元に修正する。


「そんなことはどうでもいい、と田中は話を戻す。今は履歴書、履歴書である。いつまでも今のバイトで食いつなぐのも無理がある。職を探さないと……田中はまだ人生をこの若さで終わらせたくない」


「っても、異世界で勇者やってましたなんて経験を書いても馬鹿にされてるとしか思われないじゃん。とはいえ、それを書けないとなると残ってるのはただの高校中退という事実のみ……あー、ほら、なに? 資格とか取るってのはどう? 流石に高校中退で最終学歴中卒の褐色白髪の見た目チャラ男な元・異世界勇者でも、資格があれば雇って貰える可能性が……無いことはないかもしれない。まあ、私なら雇わないけど」


「人の心がないのか」


「じゃあ、田中なら雇うの?」


「……無いな」


 そう言えてしまうのが田中にはとても悲しい。

 だが、田中が雇う側なら田中は田中を雇わない。


「というか、まるで他人事のような顔をしているがそんな態度が出来るのは今だけだ、と田中は主張」


 絞り出すように答えた田中をケラケラと笑う瑠璃之丞。

 彼女に対して田中は言ってやった。


「佐藤とて人様に言えない人生を歩んでその結果が留年高校生の身。今はまだ、隠せているとはいえ大学進学はどうする? それとも高校卒業後は就職でも目指すのか? その時はどうしたって年齢のことに突っ込まれる。「あれ? 年齢が二十歳を超えてることになっているんですけど、これは一体……」……面接の時にこう言われるんだ。それに対して、返せる言葉を今から用意しているのかと田中は問う」



「あっ……ああぁああああっ!!」



「……田中、謝罪」


 突如として奇声を上げる瑠璃之丞に田中はただ謝った。

 どうやら、考えないようにしていたらしい。



「やだよぉ、考えないようにしてなのに……なんでだよぉ」


「どんなに眼を逸らしても一年後にはくる現実だ」


「うぁあああああっ!!」



 部屋に響き渡る、瑠璃之丞の悲痛な叫び。

 元・異世界勇者はそれを聞き流しながら麦茶を啜った。


「……案としては悪くは無いと田中は評価。ただ、やはり資格云々については難しい。どんな資格が就職に有利とかわからないし、そもそも金が無い」


 瑠璃之丞が落ち着いたタイミングを見計らい、何事もなかったかのように田中は切り出した。


「はぁ、はぁ……そういえば、お金はどうしてるんだっけ? 私は両親の遺産があるけど、確か実家には縁を切られてたんじゃなかったっけ?」


「縁は切られてない……はず。ただ、まあ、行方不明だった間のことを説明できるわけもなく、そのせいでキレられて仕送りやらなんやら、田中は一切の援助が打ち切られているのは事実」


「そりゃまあ、行方不明で心配していた息子が帰ってきたらこんな有様で、詳しく事情も話せないとなると拗れるか。……土下座して心配かけたこと謝ればワンチャン?」


「田中は何も悪いことしてない。それなのに頭を下げるのは理不尽である。確かに心配かけた申し訳なさはある。だが、異世界に召喚されたのは田中の意思ではなく、苦労の末に世界を救って帰って来たのに頭を下げて許しを乞う道理は無し」


「それを理解しろってのは無理でしょ」


「……田中とて、わかってる」


 理解は出来ても納得は出来ない。

 だからこそ、田中はこうして折角元の世界に帰って来たというのに、家出同然に地元を離れ一人で暮らするようになったのだ。


「それで? 貯金とかはどうなのよ。仕送りとかもないんじゃ、結構厳しいんじゃないの? 今のバイト代はほとんど生活費と家賃で消えてるでしょ?」


「家賃やら食費やら、佐藤が半分出してくれたお陰で多少はマシになった。とはいえ、貯金に回せるのは微々たるものであるのは事実。貯蓄は高校デビューのために貯めていた貯金と、こっちに戻ってきた際に持ってきた物を売り払った金がある」


「持ってきた物?」


「金貨だ。あちらの通貨なのだが、調べて貰ったところ純金製であったらしい。気にはしてなかったのだが……」


「あら、凄いじゃない。それなら纏まった金額になったじゃない?」


「それについては疑問が……。確かにかなりの高額で買い取って貰えたが……正直、田中は相場も適正価格も知らない故、足元を見られた気がする」


「あー……まあ、出所も言えないだろうしね。でも、まあ、当座の資金にはなったんだから良かったんじゃない?」


「それはそう。そして、これが今の預金である」


「どれどれ」


 そういって田中が渡した通帳を開く瑠璃之丞であったが僅かに顔をしかめた。

 そこに載っている額は将来のことも考えるとあまり余裕のない金額であったからだろう。


「確かにこれはちょっと急な物入りでもあったら、それだけでも余裕がなくなりそうな金額ね」



「田中、同意。だからこそ、そうならないためにいい職を見つけなければならない。だが、応募しても面談すらして貰えなければ意味がない。即ち、素晴らしい履歴書の作成が必要。だから、その知恵を田中は欲している」


「とは言ってもねぇ。私、履歴書なんて書いたこと無いし……」


「他人事ではないと田中は忠告。どうせ一年後か、大学行くにしてもその卒業後には佐藤も書く羽目になる。そして、経歴の空白期間について突っ込まれることに……」


「ええい、やめなさい!」



 飲み干された空き缶が宙を舞い、田中に迫るがあっさり回避。

 その様子を憎々しげに見ながら瑠璃之丞は重々しく口を開いた。


「わかっていた、わかっていたわよ……出来るだけ考えないようにしてたけど、やばい想像しただけ吐き気がしてきた」


「それはただの飲み過ぎ……いや、まあいいか。田中もそのストレスはよくわかる。だが、それに立ち向かって乗り越えてこそ就職の道は――」



「無理! 私には就職活動なんて……! というか二十歳でセーラー服を着てた事実を第三者に知られるって考えただけで……看過できない! ちょっと衝動的に街を焼き尽くしたくなる!」


「世界の平和を守った魔法少女とは思えない発言。……いや、だからいいのか? とはいえ、どうしようもないのでは? 今は学生でも何時かは働きに出ないとマズい。遺産だっていつまでも持つわけないのだと田中は指摘する」


「わかってるわよ、そんなこと。働きは勿論するわ。お金は稼がなきゃね」


「だったら……」


「でも、就職活動は嫌。なら、こうすればいいのよ」


 瑠璃之丞はダンっとフローリングの床を踏みつけ、立ち上がって赤ら顔で宣言を行った。





「――起業しましょう! 私たちで!」




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