第101話 「ちょっとエリアスに嫉妬していたの」

 心の中で謝ったものの、劣等感は拭い去れなかった。


「俺はダンスよりも、マリアンヌの体調の方が心配なんだ。ニナさんから、あまり眠れていないって聞くし」

「それは……」


 勉強していないと不安だから、とは言えなかった。多分、私の気持ちなんて分からないと思うから。


 たとえ言ったとしても、エリアスはバカにしないと思う。私に甘いことは知っているから。お父様と同じで、融通が効かないところも。


「マリアンヌが倒れそうになっても、支えられる自信はある。けど、そんな姿は見たくないんだ」

「エリアス……」

「本当は言ってくれるまで待つつもりでいたんだけど。そもそも俺は堪え性がないから……」


 そうだね。エリアスは何でもできるし、切り替えも早い。

 一見長所に見えるけど、結果が早く出なければ、すぐに諦めて次へいくところは、短所でもあった。


「ふふふっ」


 そう思った途端、少しだけ自分の考えが馬鹿馬鹿しくなった。


「ごめんなさい。ちょっとエリアスに嫉妬していたの」

「嫉妬って、何に?」


 不安気な顔から血の気が引くように、青くなるエリアス。

 さらに目を泳がせて、自分が何をしたのか考えているようだった。


「眠れなくなるほど不安なことでもした?」


 私の手を取って、真剣な眼差しで問う。


「俺と、けっ……じゃなくて、婚約に不満があるとか。……まさか、レリアにあることないこと吹き込まれたんじゃ――……」

「手紙のやり取りはしているけど、エリアスが心配するほどの内容じゃないわ」

「じゃ、何に嫉妬して不安なんだ?」


 エリアスの必死さを見ていると、ますます私の悩みなんてちっぽけなものだと思った。


 私はエリアスの行動に。

 エリアスは私の感情に。


 不安(と嫉妬)を感じている。

 両者の間にあるベクトルが見えると、今度はその大きさが違うことに気がついた。いや、気づかされたのだ。


 だから言おう。言わなければ通じないし、解消もされないから。


「エリアスの器用なところ。私、とろいから、ダンスもまた完璧に覚えられないし、貴族名鑑だって全然。レッスンがある度に、その差を見せつけられているみたいで嫌だったの」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!


 決心して言ったのに、羞恥心でここから消えたくなった。今すぐ、部屋から出ていきたい! ドアに向かって走りたいよ。


 でも、エリアスに手を掴まれていてできなかった。代わりに俯いて、目をつむる。


「それは、つまり、嫌いになったということか」

「え!? 何で? 違うわよ!」


 思わず顔を上げると、雨に打たれた子犬のような表情をしたエリアスが目に入った。

 子犬というほど小さくはないけれど、今はそういう議論をしている場合じゃない。


 何でそうなったかだ。


「でも、嫌だって」


 うん。言ったね。『いや』って。だけど『きら』いとは言っていないよ。

 もう一度言うから、勝手に脳内変換しないでね、エリアス。


「その対象は私であって、エリアスではないの」

「嘘だ。孤児院で同じことを言ってきた奴は、その後『だからお前は嫌なんだ』って捨て台詞を吐いたんだ。マリアンヌだって、そう思ったんだろう」

「思わないよ。その子はエリアスに敵わないから悔しくて、責任転嫁しただけ。私はそもそも、同じ盤上に立っているとは思っていないから、そんな筋違いはしないわ」


 何か今、情けないことを言った気がするけど、無視することにした。


「責任転嫁?」

「妬みを憎悪に変える方が楽だからね」

「マリアンヌは違うのか?」

「だって、ヒロインと攻略対象者が同じスペックなわけがないもの。比べる方がおかしいんだよ。うん。おかしいんだけど、ねぇ~。ははははは」


 私は笑って誤魔化した。

 でも、あえて言いたい。エリアスにそう言った子とは違う、と。


 けして、自分のことを棚に上げたわけじゃない。話している内に気がついたのだ。乙女ゲームがそういうものだってことを。


 攻略対象者はヒロインを守り。ヒロインは攻略対象者を支える。そういう構造であることを。


 だから、私がエリアスに敵う要素は、元々なかったのだ。


 すると今度はエリアスが笑い出した。


「同じ盤上に立っていないっていうのは、そういうことか」

「うん。だから私は、エリアスの何倍も努力する必要があるの」


 エリアスの横に立っても、恥ずかしくないようにしたいから。


 まぁその間の弱音や文句は、目を瞑ってほしい。


「これで分かってくれた? 私がエリアスを嫌うことなんて絶対にない」

「絶対に?」

「あり得ないわ!」


 自信たっぷりに言ったのにも関わらず、エリアスは顔をしかめたままだった。


「なら、俺からもいいか」

「えぇ、いいわよ」

「覚えられないのは、やり方に問題があるんだ。それを教えるから、夜更かしはするな」

「え?」

「ダンスはともかく、貴族名鑑の方はちょっと裏技があるんだ」

「ん?」


 ナニヲイッテイルノ?


「そもそもあれは、家門と名前を覚えたって、本人かどうかは分からないだろう。絵や写真がないんだから」

「だってそこまで載せたら、今の数倍、分厚い本になってしまうわ。作る方も大変でしょう」

「そう。だからケヴィンに頼んで、重要な人物の絵姿を用意してもらったんだ」


 何ですと!?


「これがあれば覚え易いだろう」

「……確かに、裏技だね」


 攻略対象者ハイスペック攻略対象者ハイスペックが手を組むと、チートみたいなことが起こるんだなぁ、と呆然を通り越して感心したのは、言うまでもない。

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