第100話 「一曲、お相手願えませんか?」
一カ月後、私は十七歳の誕生日を迎えた。
この世界に来て、五年目の夏。
カラッと晴れた空の下。庭園で、質素に誕生日パーティーが開かれた。
招待客のいない、簡素なパーティー。なんて侘しいものだろうと思うかもしれない。しかし内情は、使用人たちを交えた賑やかなものだった。
ポールの一件で、皆に気苦労を与えてしまったこともあり、せめてこれくらいは、と思ってお父様に進言したのだ。
加えて来年は、誕生日の他に成人式と結婚式を控えている。その三カ月前には婚約式だ。
これからのことも考えると、使用人への負担は計り知れない。そう思うと余計に彼らを
というのは建前で。
「お待たせ、マリアンヌ」
デザートを取ってきてくれたエリアスが、私にお皿を渡してくれた。
そう、エリアスが堂々と参加できるために、このようなパーティーにしたのだ。
養子の発表なら、身内だけでいい。
特に邸宅の使用人に対しては、重要な事柄だった。
親戚はというと、すでに叔父様は出席できる立場ではなく、祖父母もまた同じ。
何せ未だに、顔を合わせていないのだから。
ユーグには一応、招待状を送ったんだけど。『婚約式と結婚式に出席するよ』とやる気のない手紙が返ってきた。
必要以上の接触は、叔父様に変な希望を与えてしまうから、なんだそうだ。
相変わらず、ユーグも大変なんだな、と思った。
「なんだか、お父様が挨拶をする前に、お開きになりそうな勢いね」
無礼講というのもあって、あちらこちらですでに出来上がっている人たちの姿が見えた。
形としては立食パーティーだが、雰囲気は前世で言うところの、ホームパーティーに近い。
「大丈夫。皆、今日の主旨を知っているから」
「ならいいんだけど」
「心配か?」
「当たり前でしょう。今日の主役はエリアスなんだから」
まぁ、私の誕生日パーティーではあるけれど。
文句を言いながら、私はお皿の上にある、チョコレートケーキに向かって、フォークを突き刺した。そのまま口の中に入れる。
う~ん。甘くて美味しい!
次はチーズケーキ。イチゴのムースケーキもいいな。どれも一口サイズだから、目移りしちゃう。
味から盛り付けまで、私の好みなんだもの。
「もう一回、取ってくる」
すぐに空になったお皿を見て、エリアスは立ち上がった。私からお皿を回収することも忘れずに。
「いいよ。いくら小さくても、たくさん食べたら後が怖いから」
「それなら、体を動かしに行こう」
「え?」
驚く私に、エリアスは何の躊躇もなく手を差し出した。
周りには軽快な音楽が流れている。
「一曲、お相手願えませんか?」
「ふふふっ。舞踏会じゃないのよ」
「なら、俺たちも踊りにいかないか?」
うん。そっちの方がしっくりくるかな。
私はエリアスの手を取って立ち上がった。
向こうではすでに、音楽に合わせて何組かが踊っている。それぞれ好きなように、思いのまま。
その流れるような動きに合わせて、私たちも輪の中へと入っていった。
***
結局、お父様が挨拶をした後、パーティーはお開きとなった。
エリアスの養子の件は、すでに邸宅内に広まっていたらしく、大きな騒動は起きなかった。
胸を撫で下ろしつつ、ふと思ってしまう。エリアスが外堀を埋めていたんじゃないかって。
「……マリアンヌ?」
声をかけられてハッとした。そうだ。今は、半年以上先に控えている婚約式に向けて、ダンスの練習をしている最中だった。
相手は勿論……。
「ごめんなさい、エリアス。ちょっとボーっとしてしまって」
「大丈夫。俺がフォローするから。それとも疲れた? 休もうか?」
エリアスは相変わらず、スマートに気遣ってくれる。それが嬉しいような情けないような、微妙な気持ちにさせられた。
だって、その役目は私の方でしょう。
エリアスは他に、仕事を幾つか掛け持ちしているんだから。
なのに私は、未だにフォローされる立場。
これはもう、ヒロイン補正なのか、私自身が元々とろいのか分からない。
そんな情けない気持ちのまま、私はエリアスに手を引かれて、長椅子に腰を下ろした。ダンスの先生も、表情を和らげている。
「婚約式まで期間はありますから、焦らずにやりましょう」
「はい。ありがとうございます」
そう、婚約式にデビュタント。覚えなければならないダンスはたくさんあった。
さらに半年以上も先、ということもあって、先生の言う通り、焦る必要はなかった。だけど、落ち着かない。
多分、ダンスだけだったら、ここまで深刻に捉えなかったと思う。
社交界デビューする、ということは、様々な貴族と交流することを意味する。今まで引きこもっていた私にできるのだろうか。という不安と共に、重大な案件が、もう一つ待ち受けていた。
それは各家門の名前と爵位、歴史を頭に叩き込むこと。顔写真付きでもない貴族名鑑をひたすら覚える日々は、苦痛でしかなかった。
そもそも前世が日本人の私に、横文字を覚えろというのが無理なのだ。
公爵、侯爵、伯爵までならいい。子爵、男爵までいくと、数が多くて分からない。
なのに、エリアスはもう完璧に覚えているというのだ。深刻なのを通り越して、挫折しそうだった。
ハイスペック過ぎるよ、エリアス! おのれ、攻略対象者め!
「ゆっくりしていいよ、マリアンヌ。一時間、休憩にしてもらうことにしたから」
先生が部屋の外に出ると、エリアスが水の入ったコップを持って来てくれた。
「でも……練習しなければ覚えられないわ」
「ダメだ。集中力が切れるくらいなんだから、無理しない方がいい」
ううっ。ごめんなさい。ただの被害妄想です。ただ言ってみたかっただけなんです!
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