第98話 「私の部屋ですけれど」

「そっか。フィルマンとロザンナが上手くいっていない、裏事情が存在していたのね」


 エリアスから話を聞いたのは、バルニエ侯爵邸から帰った翌日の朝だった。



 昨日、カルヴェ伯爵邸に戻ってすぐ、私はエリアスを捕まえ、そのまま私室で話を聞こうとした。が、ドレスのままというわけにもいかず。

 さらに、夕食後は「今日は疲れただろう」という理由で、就寝を余儀よぎなくされたのだ。


 夜通し聞いても構わなかったのに、というのが正直な気持ちだった。


 強制的に寝かされた私は、その不平不満の感情をニナにぶつけた。勿論、その気持ちのおもむくままに。


「結婚前の淑女が、婚約する相手と夜通し共にすることが、どんなことか分かっているのですか!」


 ニナから淑女についての高説を、延々と受ける羽目になったのはいうまでもなく。そうしている内に、私は眠りについた。

 明日、エリアスから話を聞こう、と思いながら。


 しかし、それは簡単なことではなかった。何故ならエリアスは使用人であり、お父様の補佐をする仕事があるのだ。


 夜まで待てない、という気持ちも大きいが、何よりエリアスに負担をかけることが嫌だった。

 聞きたいことや話したいことが山ほどあっても、疲れているエリアスをそれ以上酷使させたくはなかった。けれど、小分けにして話し合うこともしたくない。


 だから朝食前にエリアスを捕まえて、その旨を伝えた。勿論、お父様を説得するのは私の役目。

 場所はダイニング。舞台は朝食の席。


「お父様。今日一日だけ、エリアスを貸していただけないでしょうか」


 ストレート過ぎただろうか。突然、お父様はむせたのか、咳き込まれた。私は慌てて駆け寄ろうとしたが、手を前に出されてしまい、椅子に座り直す。


「マ、マリアンヌ。それはどういうことだい?」

「ちょっと話したいことがありまして……」

「どこで?」


 私は首を傾けた。どこも何も。


「私の部屋ですけれど。ダメですか?」

「……エリアス。説明しなさい」


 え? 何でエリアス? 私の回答じゃダメだったの?


「はい。昨日、レリアとの会話で分からないことがあったんだと思います。孤児院のことなど、マリアンヌが知らないことを、言われたのではないでしょうか」

「そ、そうだな。伝えていなかった私の落ち度だ。いいだろう。エリアス、今日の仕事は休んでいい」

「ありがとうございます」

「念のため、分かっているな」


 何が『分かっているな』かは、分からなかったが、エリアスが「はい」と答えて今に至る。


 多分、私が説明もなしに結論だけ言ってしまったから、お父様を驚かせてしまったのね。今度からは気をつけないと。



「事情がなんであれ、王宮で迷ったレリアが悪い」


 私の説明を聞き終えた途端、エリアスは怒りをあらわにした。今にも部屋から出て行くのではないかと思うほどに。

 しかし、椅子から立ち上がるわけではなかったため、私はなだめることにした。


「フィルマンの方にも非があったのに。エリアスはレリアに厳し過ぎるわ」

「それは――……」

「分かっている。レリアは一緒に育った家族みたいなものでしょう。でも、少しの失敗くらいは許してあげたら?」


 王宮へ行くのは、誰だって緊張すると思う。初めてなら尚更だ。加えて、誰も知り合いがいない場所。


 迷ったら誰が助けてくれるの? 養女になったばかりのレリアを、誰がバルニエ侯爵令嬢だと証明してくれると言うのだろうか。

 保護者であるバルニエ侯爵の姿もない状況で。

 考えただけでもゾッとすることだった。


「家族、か」

「違うの?」

「いや、フィルマンが幼なじみだと言ったから」

「エリアス自身は?」


 どう思っているの?


 孤児院で会った時のレリアは、エリアスのことが好きなんだと思った。家族ではなく、異性として。なら、エリアスは? 家族? それとも――……。


「幼なじみに近い気がするんだ。あんなのが家族だと思いたくはないからな」

「あんなのって……。あまりいい思い出じゃないってこと?」


 少なくとも、レリアからはそんな印象は受けない。


 ん? 何? エリアスが驚いた顔をしている。また私、変なことでも言った?


「あっ、ごめん。てっきり知っているのかと思ったんだ」

「何を? もしかして孤児院にいた時の話を、レリアから聞いたと思っているの? ないない。そういうのはちゃんと、エリアスから聞くよ」

「そ、そうじゃなくて。乙女ゲームとかいうので、知っているのかと思ったんだ」


 意外な答えに、今度は私が驚いた表情になった。


「……何で?」

「聞かれたことがなかったから」

「……確かに、言わなかったかも。で、でもそれは、知っているとかじゃなくて、聞く余裕がなかっただけで、その……」


 なんて言えばいいんだろう。


 1,今更だけど聞いてみる

 2,また今度、聞かせてと言う

 3,気まずくて何も言わない


 どれも結局、気まずくなると思うんだけど。何も言わないよりかはいいかな。

 だとすると、今か後になるよね。今か、後か。う~ん。


「今、聞いてもいいかな」


 すると、選択を間違えたような反応が返ってきた。


「ごめんなさい。やっぱり聞かれたくないよね」

「いや、違うんだ。何から話せばいいのか分からないだけで、聞いて、ほしい」

「……それじゃ、レリアのことを教えて。デビュタントで会うことになるし、仲良くなりたいから」


 内心、レリアを出しに使ってごめんなさいと謝った。しかし、この選択も微妙だったらしい。

 複雑な顔をされてしまった。


「も、勿論、一番はエリアスのことだけど。迷っているのなら、どうかなって思ったの」

「……昨日、フィルマンに話したことでいいなら話す」


 エリアスは表情を曇らせたまま、そう告げた。視線も逸らし、声音でも不満だと訴えていた。


 だったら、すぐに自分の話をすればいいのに。


 その途端、私は口元に手を当てて笑った。拗ねたエリアスが、あまりにも可愛かったものだから。

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