第70話 「さっきの話の続きを聞かせて」

「あと、ポールの目的が没落じゃない、とも言っていたわよね?」

「あぁ。そもそも二年前、旦那様がポールを処理しなかったのはなぜだと思う?」

「しなかった? できなかったんじゃないの?」


 話が長くなると感じたエリアスは、私の質問に答えず、代わりに手を引いて、お店の奥へと歩き出した。

 昨日、キトリーさんと通った廊下。慣れた調子で進むエリアスの姿に、私の心はざわついた。


 本当に毎晩来ていたんだと実感させられたからだ。

 ネリーとポールの言葉で、分かったつもりでいたけど、実際目の当たりにすると、嫌な気分になる。ケヴィンのことじゃなくて、色々と秘密にされていたことに対して。


「待たせたな」


 通されたのは昨日と同じ、リビングのような部屋だった。


「いや、お嬢さんが落ち着いたようで良かったよ。このままこっちに来ないのかとも思ったけど?」

「うるせぇな」


 エリアスを茶化すケヴィンは、背の高いテーブルに肘を付きながら、ニヤニヤしていた。その隣に座るキトリーさんは、椅子から立ち上がって、私に近づく。

 しかし、一足先にニナが私の手を引いてしまい、逆にキトリーさんとの距離が遠ざかってしまった。


「失礼します」


 ソファに座らされた途端、ニナはそう言うと、私の顔を拭いた。それも濡れタオルで。

 拭き終わると当然の如く、テス卿に渡すニナ。


「やはり拭いただけではダメですね」

「そんなに酷い?」


 鏡がないから確認のしようがない。しかしニナは、ニコリと微笑んでみせた。


「このニナにお任せください。お嬢様をこのままには致しませんので」


 これは誰に対する皮肉だろう。エリアス? うん。エリアスだね、きっと……。


「ふふふっ、ありがとう、ニナ」

「お嬢様に泣き顔は似合いません。そうでしょう、エリアス」

「俺だってそんなつもりは……」

「エリアス。女の子が支度をしている間は大人しく待っているもんだよ」


 キトリーさんも追撃して、言い訳すら与えない。エリアスは渋々、ケヴィンの向かい側の椅子に座った。


「それで、どこまで話したんだよ」

「……まだ何も。話ができる状態になったから、こっちに来たんだ」

「お前を見たら、俺たちの存在を忘れたのかと思うほどだったからな」

「だから、先に奥へ行けって合図したんじゃないか」


 な、なるほど、と聞き耳を立てていた私は納得した。

 エリアスが現れてから、ケヴィンたちがいなくなったタイミングと方法を。

 少しだけ恥ずかしくなった。


 そうしている間に、私の顔はニナの手によって、綺麗になったらしい。ニナが携帯用の化粧道具をしまい始めた。

 キトリーさんの方に顔を向けると、満足そうな笑顔が返ってくる。


「ありがとう、ニナ。それからエリアス、お待たせ。さっきの話の続きを聞かせて」

「旦那様がポールを処理しなかった理由だったよな」


 エリアスを呼ぶと、当然のように私の隣に座った。ようやく許可が下りたからなのか、少しだけ嬉しそうな顔をして。

 だから、私は逆に険しい顔を向けた。


 そんな明るい話題じゃないでしょう!


「そうよ。私はお父様から、リュカの証言だけじゃ弱くてできなかったって聞いたわ」


 私がリュカの名前を出すと、エリアスの表情がピクリと反応した。……未だにダメなのね。


「オレリアと叔父様は、ポールについて証言しなかったから」

「あぁ、旦那様が仰ったことは本当だ。ただ、それは一般的な方法として」

「どういうこと?」

「正規の手順にのっとってという意味ですよ」


 私の疑問に答えてくれたのはテス卿だった。この場でも、護衛の役割を忘れずに、近くに立ってくれていた。


「お嬢様の毒殺未遂と旦那様の殺人未遂。首都とカルヴェ伯爵領で起きた出来事でしたので、治安隊が調査して、首都で判決が下されたんです」

「うん。両方とも、オレリアと叔父様が関わっていたから、そうなったって聞いたわ」

「リュカの発言は勿論、適用されました。しかし、それを裏付けるオレリア嬢の証言がなかったため、ポールまでは捕まえられなかったんです」


 平民であるリュカよりも、貴族であるオレリアが優先されてしまったのだ。

 リュカの証言が立証されていない状態で、ポールを裁くということは、オレリアを軽視するのと同じ。故に、捕まえられなかった、とテス卿は説明してくれた。


「だが、オレリアの発言なんかなくても、旦那様の力を持ってすればポールを捕まえることはできたんだ」

「貴族、だから?」

「それもあるが、金もだ」


 つまり、賄賂ね。買収ともいうかな。


「首都にいる貴族だけでなくとも、多くの貴族はお金と権力で、事実をねじ伏せています。それこそ、当たり前のように。ですから、旦那様もできたはずなんです」

「つまり、お父様には考えがあってしなかったってこと?」


 例えば、泳がせる、とか。わざわざ罠に嵌めようとするくらいだから。


「いや、できなかった理由があったんだ。旦那様には」

「え? 待って、話がおかしいわよ。エリアスは、お父様がポールを処理しなかったって言っていたじゃない。それなのに、できなかったって……えっと、つまり、どういうことなの?」

「マリアンヌ、落ち着いて。順を追って説明をするから」


 頭を抱える私を、エリアスはなだめるように引き寄せ、肩を撫でた。


「旦那様の話だと、ポールは大旦那様、つまりマリアンヌのお祖父様に当たる方と縁があるんだ」

「お祖父様? 縁?」

「あぁ、何でもお世話になった方の家が没落したらしく。力になれなかったことを悔やんだ大旦那様が、その家の跡取りだったポールを引き取ったんだそうだ」


 没落? 平民の家でも没落って言うよね、多分。商人だと、破産かな。

 でも、お祖父様がお世話になった、ということは、もしかして……。


「えっと、つまりポールは……」

「そう、元貴族なんだ」

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