第71話 「それは私も予想したわ」

 ポールが元貴族!?


「それじゃ、私とお父様を始末して、伯爵家を乗っ取るつもりだったの? 自分の家を復興させたいとか」

「マリアンヌ、それは違う。ポールはカルヴェ伯爵家を、没落させたいわけじゃないって言っただろう」


 アッと私は我に返った。


「そうね。ごめんなさい。失念していたわ」

「いや、いいんだ。それに混乱するのも分かるから」

「……エリアスもそうだったの?」

「俺というより旦那様が、な。奥様と出会う前から、ポールは伯爵家にいたという話だから余計に」


 お祖父様が連れて来ても不思議ではない年齢。それを考えれば、無理もない話だった。

 もしかしたら、リュカとマリアンヌのような、幼なじみだったのかもしれない。私じゃない、本物のマリアンヌと。


「ポールが没落を企んでいないと思ったのは、お父様?」

「あぁ、先に気づいたのは。俺は旦那様の代わりに執務をしていて分かったんだ。意外にもポールは、伯爵家を大事に思っている」

「……私が外に出るのを引き止めたのも、そのせい?」

「旦那様が伏せているからな。余計、出したくなかったんだろう、マリアンヌを」


 どういう意味? と私が首を傾けるとエリアスは険しい表情をした。


「これはあまり言いたくないんだが、秘密にしないって約束したから」

「うん。大丈夫だから言って」


 さすがに数分で破られるのは困ってしまう。

 エリアスはそんな私を見て、ため息を吐いた。


「ポールは多分、カルヴェ伯爵家から平民の血を排除したいんだと思う。だから奥様に毒を盛って、マリアンヌも排除しようとした。その後、旦那様に同じ貴族の女性との再婚を薦めるために」

「……再婚、するかしら。お父様は……」

「しないだろうな。そうポールも思ったのか、今度は旦那様を狙ったんだ。思い通りにならないのなら、まだマリアンヌの方が扱い易いと思ったんだろう。俺を旦那様殺害の犯人に仕立てて排除した後……マリアンヌに貴族の男との結婚を強要しようと、企んでいたらしい」


 私の肩を掴む手に力が入る。そっと手を重ねて、エリアスに身を委ねた。


「それは私も予想したわ。だからすぐに、エリアスが犯人じゃないって思ったの」

「マリアンヌ……っ!」


 急に触れていた体が離れたと思ったら、今度は両肩を掴まれた。向き合う形になったエリアスの顔は真剣だった。


「仮に没落したって、マリアンヌを路頭に迷わせることは絶対にしないけど、他の男に渡したくない。だから!」


 エリアスの顔が近づいてくる。


 えっ、ちょっと! と思っても肩をがっしり掴まれて避けられない。


「エリアス!」

「ってぇ!」


 絶妙なタイミングで、後ろからケヴィンがエリアスの頭を叩くのが見えた。

 すぐさまエリアスは後ろを振り向く。顔を見なくても分かる。何をするんだ、と睨んでいるに違いない。


「お前は俺に感謝した方がいいぞ」

「は? 文句はあるが、感謝なんてするか!」

「それは周りを見てから言え」

「周り?」


 エリアスの言葉に同調した私は、ケヴィンの顔を見た。頷くケヴィンに、エリアスは私の背後に顔を向けた途端、青くなった。


「エリアス?」


 どうしたの? と肩を掴んでいた手が離れたのを見計らって、私は後ろを振り向いた。


「ニナ?」

「お嬢様。もし何か困ったことがありましたら、すぐに言ってください。対処させていただきますから」

「……え、あっ、うん。その時はよろしくね?」

「はい。お嬢様の気持ちに見合った働きをしてみせますわ」


 ニコリと微笑むニナに、私はさらに困惑した。だから視線をキトリーさんへと移す。


「そうだね。その時は今日みたいに、ここに来たっていいよ。ちゃんとシメてあげるからね」

「……は、はい?」


 もう誰とは聞かない。

 私はゆっくりと顔を右から左へと移動させた。視線の先には、何か言いたそうな顔をしているエリアスが目に入る。

 その姿に私は、口元を抑えて笑った。


 ねぇ、マリアンヌ。

 貴女はこんなにも愛されていたんだよ。乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』が開始される二年前から。ううん、四年前だって。

 だからこれは私と代わらなくても、きっと享受きょうじゅできたもの。貴女の恩恵を私は貰っているに過ぎないんだから。


 ひときしり笑った後、私はある疑問を投げかけた。


「さっきの話だけど、あくまでそれはお父様とエリアスの予想でしょう。確証はあるの?」

「……なかったら、ここまでしていない。ポールは協力者を得ようと、言い触らしていたんだ」

「い、意外と抜けているのね」

「結局、あいつも貴族のボンボンだからな」


 そう言った後、エリアスはハッとなって気まずそうに私の顔を見た。


 これは私も一応、貴族だから? そんなの気にしないのに。

 それともさっきのことに懲りたのかな。見えないけど、ニナとキトリーさんの顔が怖い……とか?


「まぁつまり、賛同者から協力者に仕立てようとしていたってことだ」

「確か、協力者がいなかったって言っていたわよね」


 私は顔を上げてケヴィンを見た。


「はい。多分、部外者にかき回されるのを嫌がったんじゃないですか? 新たに奥様を迎えるにしろ、将来の旦那様を迎えるにしろ、仕える立場の人間だって大変ですから」

「そうね。ということは、皆、エリアスを認めてくれているって思ってもいいのかしら」


 いくらお父様の公認を得ているからといっても、使用人同士、どう思っているのかは分からなかった。

 ポールのように、面白く思っていない者だっているはずだ。リュカがそうであったように。


「伯爵邸に来てからの四年間。エリアスは頑張っていましたからね。実は応援してくれる者の方が、今では多いんですよ、お嬢様」

「ニナもそう思ってくれている一人?」

「私はお嬢様の味方です。お嬢様が望むのなら、私はその通りに致します」


 つまり、認める必要はない、と言いたいのね。


「じゃ、意外とポールの味方は少ない、と思っていいのかしら」

「あぁ。だから、騙せているんだ。執事であるポールを」


 本来、邸宅内、全使用人を把握する立場であるポールを欺く。その最大の理由がまさか、そんな理由だったとは思わなかった。


「同じ使用人でも、元貴族だからか、高圧的な態度をとってくるから人望はあまりない」

「旦那様のことを秘密にしていたのも、皆、命令というより、お嬢様を守りたかったからなんです。二年前の真相を知っていますから」


 エリアスとニナの言葉を聞いた後にテス卿を見ると、そうだと言わんばかりに頷いてくれた。


「ありがとう。そしたらエリアスの冤罪えんざいも、意外と簡単に晴らせるかしら」

「どうかな。それは明日次第、としか言いようがない」

「明日?」

「そうだ。今夜はここで作戦会議をしてから、明朝、仕掛ける。俺が邸宅にいないことを知られる前に、玄関から堂々と現れるんだ」

「不意をつくってことね」


 ポールにはやられっぱなしだったから、今度はこちらから仕掛ける番。水面下ではなく、表面上。表立って戦うのだ。


「だから、今夜はここに泊まるんだよ、マリアンヌ。伯爵様からの手紙にも、そう書いてあったからね」

「えっ、でもそんな準備は……」

「問題はありません、お嬢様」


 キトリーさんの言葉に戸惑っていると、いつの間にかニナが大きな荷物を持っていた。


「すでに準備をしてきましたから」


 邸宅を出る時、時間がかかった理由が何となく分かったような気がした。

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