第68話 「……謝るのなら教えて」

「よく来たね。大丈夫だったかい?」


 ケヴィンのお店に着いた途端、キトリーさんに抱き締められた。

 まだ手紙も事情も話していないのに……。


「は、はい。……でも、その、大丈夫って」


 どういうことですか? と訪ねる前にキトリーさんが体を離してくれた。


「事情はね、ケヴィンから聞いて知っているんだ」

「ケヴィンが?」


 また何で、と思っているとケヴィンがそっと、お店の中から顔を出した。それも申し訳なさそうな顔で。


「実はエリアスの頼みで、密偵をこっそり潜ませていたんです。勿論、カルヴェ伯爵様の許可は取ってあります」

「あっ、もしかしてポールを監視するため?」


 二年前、オレリアと叔父様が私たち親子を殺そうとしたこと。それを阻止するために、エリアスがケヴィンに協力を求めたこと。

 一連の出来事に関わっていたケヴィンなら、オレリアと叔父様の背後にポールがいたことだって、知っていると思った。


「はい。協力者がいるのかについても調べるために。あとは万が一、エリアスが動けないための連絡用として、忍ばせていました。まさか、本当に使うことになるとは」

「そう、だったの。全く知らなかったわ」

「当然です。カルヴェ伯爵様とエリアスが、お嬢さんのためにしたことですから」


 私の、ため?


「四年前、姉さんが毒を盛られただろう。二年前はマリアンヌが。だから次はご自分なんじゃないか、と思われたらしいんだ。伯爵様は」

「どうしてですか?」


 お父様はポールの目的が分かったのだろうか。だから狙われると思ったの?

 私だったら、ストーリー補正が働いたのかなって思うけど。どうやっても、ゲーム開始までにお父様を死に追いやりたいのかなって推測してしまうから。


「また私が標的になる可能性だって……」


 あるじゃない。なのに、そんな確信めいたことを言うなんて……!


「勿論、それも疑われていましたよ。けれど、毎晩エリアスが厨房で確認していたので、問題はなかったはずです。先日から見ていても、体調が悪いようには見えません。お嬢さん自身はどうですか?」

「……け、健康そのものよ」


 あの時ポールも言っていた。


『帰ってくると必ず厨房へ行っているらしいじゃないか』


 あれは、私のためだったというの?


「だ、だったら、お父様は? なぜ、お父様は毒を盛られたの?」

「それは、その……」


 言い淀むケヴィンに、私は詰め寄った。


 だって、私が毒を飲まずにいられたのなら、お父様だって可能なはずでしょう。違うの?


 すると、ニナがそっと私の腕に触れた。


「お嬢様。旦那様の手紙をお渡ししてはどうですか?」

「手紙? 今はそんなことを話している場合じゃないでしょう」

「いいえ。恐らく、お嬢様の望む答えが得られるはずです」


 ニナの確信めいた言葉と表情に、私は押し黙った。けれど、ケヴィンを問い詰めても、恐らく聞き出せない。

 納得できない気持ちのまま、鞄の中にある手紙をそっと取り出して、キトリーさんに渡した。


 そんな私の態度を気にすることもなく、キトリーさんは封を開けて手紙を読み始める。


「うん。確かにマリアンヌの望む答えが書いてあったよ」

「女将さん、それじゃぁ……」

「あぁ、マリアンヌに話していいそうだ」


 その言い方も気に食わなかった。私は遠慮なく、ケヴィンを睨みつけた。


「そんなに怒らないでください、お嬢さん」

「除け者にされているのが分かっているのに、怒らないで、と言うのは、無理があるんじゃない?」


 私は『アルメリアに囲まれて』のヒロインだけど、聖女ではないのよ。

 すでにお父様のことを秘密にされていてショックだったのに、これ以上除け者にされて我慢できると思う? これって私の我が儘なの?


「そうですね。すみません」

「……謝るのなら教えて。どうして、私は防げて、お父様は防げなかったの?」

「実は、両方とも防げているんです」

「何ですって!? でも、お父様は伏せっていらっしゃるじゃない」


 私が邸宅を出る前に見た、あの姿は何だったの?


「密偵の話では、執事のポールに協力者らしい人物はいないそうです。使用人を焚きつけている場面はあるものの、動いているのはポールのみ」


 ケヴィンの言葉を聞いて、ふとリュカを思い出した。ポールは手駒になりそうな、第二のリュカを探していたのだろうか。

 そう思うと、背筋がゾクッとした。


「だから、ポールの行動を把握すれば防げるんです。お嬢さんの場合ですと、ポールが厨房に行くことができる時間帯は、夜の九時から十一時の間。エリアスが確認に行くのは、それよりも後、日付が変わった頃です」

「日中は執務室から離れられないから、無理なのね」

「はい。カルヴェ伯爵様の食事は、寝室に運ばれる過程で何があるか分からないため、厨房から来る物は口にされていないはずです。代わりに、信用できる者が運んできた食事を召し上がられています」


 随分、徹底しているのね。


「それじゃお父様は、どこも悪くないのに伏せっていらっしゃるの?」

「ポールを欺くため。罠に嵌めるためにしているんです」

「……お父様の意図は分かったわ。でも、そのせいでエリアスが連れて行かれたの。これも……想定、済み?」


 あの時の光景が脳裏に浮かび、声が震えた。


「はい。ポールはあまり、いえ、かなりエリアスのことが気に食わないみたいなんです。だから、きっと犯人に仕立てるだろう、と言っていました」

「エリアスが孤児だから? それとも平民だから?」


 両方とも意味は同じだけど、平民という理由なら、私も該当する。なにせ、ポールは私を完全に見下しているからだ。


「そこまでは分かりません。お嬢さんやカルヴェ伯爵様に毒を盛る意図も……」

「だが、姉さんに毒を盛ったのが、ポールって男なら、やっぱり平民だからじゃないのかい?」

「もしもそうなら、なぜ私が邸宅を出ようとした時、止めたのでしょうか。あまりにもしつこかったんですよ」


 平民を嫌う、という理由なら、むしろ出て行ってほしいと願いそうだけど。


「それは、ポールがカルヴェ伯爵家を、没落させたいわけじゃないからだ」


 返って来た答えにも驚いたが、何よりその声に、私は固まった。


 どうして? ここに来ることはできないはずなのに。どうやって邸宅から抜け出して来たの?


 ゆっくりと振り返り、私はその人物の名前を呼んだ。


「エリアス……」

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