第55話 「エリアスもケヴィンに嫉妬しているの?」

「その後、ケヴィンのお店に行って、押し花が入れられるカフスの話を聞いたの」


 今日の昼間、ケヴィンに会った時のことを、エリアスに話した。

 始まりから終わりまで、エリアスは不機嫌な表情を崩さなかった。自分の知らない間に、私がケヴィンと会っていたのが、気に食わないらしい。


 私だって、この体勢で話すのを我慢しているんだから、せめて普通に聞いてほしかった。

 ソファに座るエリアスの膝の上は、すでに私の定位置みたいなものだから。


 二年前から、密かにこの体勢が好きなんじゃないかと疑っていたけど、ここ最近は隠そうとすらしない。

 今日の出来事を話し出すと、長くなりそうだと思ったのか、早々に私を横抱きにして、ソファに座ったのがその証拠だった。


 それなのに、この不満そうな顔。理不尽過ぎる。


 エリアスはこの世界が乙女ゲームであることや、ケヴィンも攻略対象者の一人ということも知らない。だから、初対面の人間相手に、まるで私が浮気したような態度をするのはおかしい。


 エリアスという共通の知人がいなければ成り立たない、私とケヴィンの関係。それが正しい認識……なんだけど……。


「何がどうして、ケヴィンの店に行くことになったんだ」


 なるほど。初めて会った日に雑貨屋へ行き、お店という名の家にお邪魔したのは怪しい。そう疑ったのね。


「えっと、確か『困り事がありましたら、またご相談に乗りますよ』って言われて、いつでも連絡できるように教えてもらったの。ダメだった?」

「いや。ケヴィンも何か考えがあるんだと思う。だから構わない。……でも、本当にそれだけか?」


 エリアスの問いに、私はふふふっと口に手を当てて笑った。


「あら、エリアスもケヴィンに嫉妬しているの?」

「……マリアンヌからの愛情が足りないからな」

「っ!」


 昼間、ケヴィンにからかわれたのを真似したら、逆に返り討ちに遭ってしまった。


「プ、プレゼントは気に入らなかったってこと?」

「ケヴィンに勧められていなければ」


 それならエリアスは何が欲しいの? と思わず聞きそうになった口を、私は閉じた。


 聞かなくても知っている。私が刺繍した、マリーゴールドのハンカチが欲しいってことを。

 それが無理だから、カフスにしたのに!


「分かったわ。明日も用意するから、私の質問に答えて」

「待ってくれ。俺は何もそんなつもりで言ったわけじゃない。ただ――……」

「まず好きな色は?」

「マリアンヌ……」

「答えて」


 簡単な質問でしょう。おおよそ見当はついているけど。


「……黄色、いやオレンジか」


 そう言いながら髪を撫でた後、私のまぶたにキスをした。

 質問を止めさせたいのだろうけど、そうはいかない。


「ネクタイは嫌いなの? してこないけど」


 Yシャツの襟を触りながら質問した。

 今は仕事ではなく、プライベートな時間だから不思議に感じなかったけど。


「息苦しい? それとも首もとは空いている方がいいの?」

「そういうわけじゃない。マリアンヌといる時はくつろぎたいんだ」

わずらわしいってこと?」

「違う。こうしてマリアンヌを独占できると思うと、外したくなるんだ」


 私の腰を掴んでいた手に、力が入るのを感じた。足も少しだけ持ち上げられ、気がつくと私はソファに寝かされていた。


 正面から見下ろされるエリアスの顔。起き上がるにも、ソファから離れようにも、エリアスの体が真上にあってできなかった。


「ほら、邪魔だろ」

「べ、ベストを着ているから、大丈夫だと思うけど」


 少しずつ近づくエリアスの顔に、私は戸惑って余計なことを言ってしまった。


「それなら脱ごうか?」


 いいよ、脱がないで、と言うよりも先にエリアスの行動が早かった。


「んっ」


 もう待てないとばかりに、エリアスは私の唇を奪った。

 最初だけ乱暴に。次第に優しい、いつもの口付けに変わる。


「んっ……はぁ」


 だけど、唇から声と息づかいが漏れた途端、荒っぽくなるキス。


 それでもこれ以上はダメだから、唇が離れたのを見計らって、エリアスの胸を押した。

 私だってその先をしてほしいことはないけど、でも――!


「マリアンヌ」


 髪を撫でながら私の名前を呼ぶ。それでも私が腕を退けずにいると、エリアスは髪を一房、掴んでキスをした。まるで足りないとばかりに。


 思わず手を引っ込めた瞬間、手を掴まれ、エリアスの顔がまた近づいてきた。


 だからダメだって!


 目をギュッとつむると、頬に温かいものが当たった。

 どうやら、エリアスも分かってくれたらしい。


「代わりに付けてもいいかな」


 突然のことで何を? と思ったが、すぐにカフスのことだと思った。

 シャツではなく上着に付けたいって言っていたから。


「それはダメって言ったじゃない」

「見えない所ならいい?」

「え? うん。見えない所なら……」


 なんでそんなことを聞くの? 最初からシャツに付けてって言っているのに。


 すると、突然エリアスは私の服のボタンを外し始めた。


「って、ちょっと、何するの?」


 私の言葉に返事をする気はないらしく、あらわになった鎖骨の下に唇を当てた。


「っ!」


 強く吸われた感覚。それが何を意味するのか、知らないほど私は幼くない。


 付けるってカフスのことじゃなくて、キスマークのことだったの?


 唇を離し、再び私を見下ろすエリアスの顔は、どこか満足げだった。逆に私は胸元にある服を掴んで睨んだ。


「もうしないから、そんな顔をしないでくれ」

「だ、騙すようなことをしたからでしょう!」

「マリアンヌが勘違いしただけだ。ここで付けてもいいって聞いたら一つしかないだろう」


 確かにそうかもしれないけど!


「お父様の耳に入ったらどうするの? さらに制限をかけられるわ」


 今だって会える時間が少ないのに、もっと減らされたら。


「ごめん。そこまで考えていなかった。でも軽率だったとは思わない。婚約まであと一年じゃないか。旦那様だって分かってくれる」

「そうかしら」


 不満な声で答えながら、私は一年前、お父様が考えてくれた三つの案を思い出した。

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