第54話 「どういう関係なの?」

 首都の憩いの場であるデデク公園は、今日も賑わっていた。


 当然だ。夏の暑さが残った爽やかな秋晴れ。散歩日和ともいえる気候に、この広いデデク公園に来ないのは勿体ない。

 そこは異世界も同じようで、園内には貴族から平民まで多種多様な人々の姿があった。

 だから私が、ケヴィンを連れて歩いても、誰も不思議に思わない。


 デデク公園を昼食の場に選んだのには、もう一つ理由があった。それは、バルニエ侯爵の存在だ。

 二年前に、デデク公園を訪れていると噂されていたが、だからといって、今も続いているとは限らない。それでも私は外出する度、足しげく通っていた。

 勿論、成果はなかったけど。


 それなのにどうして? と思うだろう。不安だからだ。

 エリアスはもう、侯爵になることはない。お父様から次期カルヴェ伯爵となるべく、指導を受けているのだ。そのため、私もエリアスを侯爵にする意思は無くなった。

 エリアスの努力を無駄にしたくなかったからだ。


 だったら尚更、と思うかもしれない。でも、空いたバルニエ侯爵の後継者問題はどうなるだろう。誰がなる? さすがに没落はあり得ない。


 変えてしまった未来に、不安を抱かないわけにはいかなかった。他ならない、私が変えてしまったことだったから。


「お嬢様。お待たせしました」


 私とケヴィンが木陰で休んでいると、ニナとテス卿がやってきた。デデク公園内にあるお店から買ってきた昼食を、持って来てくれたのだ。

 いつもならカフェテラスで食事をするんだけど、ケヴィンに断られたためだ。

 お礼をしたくて誘ったのに、不快な思いなんてさせたくない。そのため、私は二つ返事で承諾した。


 たまにはこういうのもいいしね。


「エリアスから私のことを頼まれたって言っていたけど、どういう関係なの?」


 サンドイッチを食べているケヴィンに、私は素朴な疑問を投げかけた。


「どういうって、ただの知人ですよ。……他になんだと思ったんですか?」

「えっと、親しい……間柄? 私のことを頼むくらいだから」


 エリアスはユーグと親しいというより協力関係だった。リュカは犬猿。すると、ケヴィンはなんだろう。ただそう思っただけなんだけど、訝しげな反応をされてしまった。


 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』のヒロインである私は今、エリアスルートに入っている。それは確実で、違っていたらむしろ困ってしまう。

 本来エリアスルートには出てこない、攻略対象者であるケヴィンに会ったのだから、相関図を確認したくなるのは仕方がなかった。


 二年前はそれでリュカを傷つけてしまい、罪まで負わせてしまったのだから。同じ過ちは繰り返したくなかった。


「そうですね。頼み事はよく聞きますよ。だからといって、親しいとまでは」

「エリアスの……惚気を聞いてるって言っていたのは?」


 それこそ、親しいからする話だと思うけど、と問いかけると、ケヴィンは不意に、にんまりと笑った。


「つまり、お嬢さんは俺にヤキモチを妬いているってことですか?」

「えっ、ヤキモチ? なんで? そんなわけないじゃない」


 どうしてここで、そんな突拍子もない発想をするの?


「そりゃ、自分と会う時間を削って、俺と会っていると思っているからですよ」

「そ、そうなの?」

「んなのあると思いますか? 冗談でもやめて下さい。エリアスは深夜、お嬢さんに会えない時間帯にやってくるんですよ。『今日もマリアンヌは可愛い』だの『部屋から出る時の表情がいじらしくて辛いんだ』とか。伯爵邸では言えないようなことを言いたいがためにね」

「~~~~っ!」


 た、確かに、同じ使用人相手に言うのは……やめてほしい。私が堪えられない。


 ケヴィンはサンドイッチを平らげると、さらに問題発言をして私を赤面させた。


「それとも、そんなに疑いたくなるほど、エリアスの愛情表現は足りませんでしたか?」

「た、足りないなんて……」


 思うのは一緒に過ごす時間だけ……ってそんなこと、言えるわけがないでしょう!


 すると横から援護射撃がきた。


「お嬢様を困らせるのはやめなさい。お店を紹介してくれたことには感謝するけど、非礼をしていいわけではないのよ」


 ニナだ。斜め後ろに座っていたが、前に出てきて助けてくれた。

 さすが私のお姉様のような存在。


 転生してから四年。心細さを感じないでいられたのは、きっとニナのお陰だ。

 私が本物のマリアンヌじゃなくなっても、お父様と同じで、変わらぬ愛情をくれたから。


「あと、これをネタにエリアスを焚き付けるようなことを言ってもダメ。いいわね」

「大丈夫ですよ。二人の仲まで協力する気はないんで」

「協力?」


 つまり、ケヴィンはユーグと同じ協力関係にあるってこと?


 すると、ケヴィンは私の言葉に怪訝な表情をした。


「エリアスに聞きませんでしたか? 二年前、解毒剤を用意したのは俺なんですよ」


“二年前”と“解毒剤”の単語で、私は思い出した。

 エリアスがユーグと孤児院の子供に協力してもらって、オレリアと叔父様から私とお父様を助けてくれたこと。

 確かにその時、ケヴィンの名前もあった。


 あぁ、なんで気づかなかったのよ。ううん。色々あり過ぎて、理解するのがやっとだったんだから、無理もないかも。

 一遍いっぺんにあれもこれも聞いて、整理する間もなく、領主館に行ったんだから。


 そっか。あの頃から二人は知り合いだったんだ。


「あっ、ごめんなさい。あの時はバタバタしていて、よく覚えていなかったの。でも、ちゃんとエリアスは教えてくれたから」


 目の前にいるケヴィンと、二年前に聞いたケヴィンが同一人物だって気づいたのは、今だけど。


「改めてありがとう、ケヴィン」

「いえいえ、ご無事でなによりです。あの時は、いきなり物騒なことを言うので、驚きましたけど」

「私もまさか、あんな目に遭うとは思わなくて。助かったのはエリアスとケヴィンのお陰ね」


 だから邪険にしないであげて、とニナに視線を向けた。


「そうですね。でも、お嬢様自身も気をつけるように心がけてください」

「……反省しています」


 逆にニナからの視線が痛くて、私は逃げるように、残りのサンドイッチを食べた。

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