第47話 「上手くやったようだな」(オレリア視点)
首都にあるカルヴェ伯爵邸を出てから、領主館に戻ると、私はすぐにお父様の執務室へ向かった。
「オレリア・カルヴェ。ただいま戻りました」
執務室の入口で、私は綺麗にカーテシーをして見せる。
もうすぐ伯爵令嬢になるのだから、こういうのにも慣れていかないとね。
その意図に、お父様も気づいたらしく、上機嫌で近づいてきた。
「上手くやったようだな」
「お父様。これから伯爵になるんですから、挨拶くらいちゃんとしてください」
「そ、そうか。そうだな。ううんっ! お帰り、オレリア」
言い方はそれらしくなったけど、
まぁ、追々直していく方向で考えておこうかしら。一応、お父様も伯父様の弟だもの。スマートな振る舞いくらい、すぐに身に付くでしょう。
私はお父様のあと追ってソファに座った。
「で、どうだった」
「毒を飲ませることに成功しましたわ。伯父様ではなく、マリアンヌの方ですが」
「構わん。イレーヌの時は、まだマリアンヌがいたから盛り返したが。さすがの兄さんも、これで完全に衰えるだろう」
「そうですわね」
ふふふっと口元を隠しながら、二年前のことを思い出した。
伯母様が亡くなった後、お父様はすぐにマリアンヌを狙った。
それを邪魔したのが、エリアスだった。
あの時は邪魔されて腹がたったけど、今はこちら側に引き込ませられなかったことが悔しくて堪らない。
思った以上に、マリアンヌが好きなことも含めて。
なんで、あの子ばっかり! でもまぁいいわ。あの子が死ねば、エリアスだって。
そう。エリアスも味方になってくれれば、伯爵家なんて簡単に手に入れられる。ポールだっているんだから。
「ちょうど領地に入ってから、その知らせを聞いたので、
「追手は来なかったか? 一番疑われるのはお前だろう。二年前は俺を疑って、すぐに領地に来たくらいだ」
「ありませんでしたわ。恐らく、ポールが止めてくれたのでしょう。今回は誘拐と違って毒ですもの。医者を呼んだからといって、すぐに良くなるわけではないですから。マリアンヌから離れられないのかもしれませんわ」
そうなるように、毒も即死性ではなく長く苦しむ物にしたんだから。
「だが、兄さんのことだ。二年前と同じで、また領地に来るだろう。先に手を打っておくか」
「もしものために、多く準備してはどうですか」
「金がかかる。ただじゃねぇんだぞ。オレリアとユーグの食事代やらが数日、浮いたぐらいで、賄える金額じゃねぇってことぐらい分かるだろう!」
だったら、少しは上手くやってほしいものだわ。いつも金がない、金がないって言いながら、毎日お酒を飲むんだから。
あぁ、早く伯爵令嬢になって、良い男を捕まえて、さっさとこの家から出て行きたいわ。
そうでなかったら、こんな父親に協力なんてするもんですか!
***
夕方頃、ポールから伯父様が伯爵邸を出て、領地に向かっている、という一報が入った。
「どういうことだ! ちゃんと始末したんじゃねぇのかよ!」
「キャッ!」
夕食の最中、お酒が入ったお父様がグラスを私の方を目がけて投げた。
食卓にいるのが私だけだから、というのもあるんだろうけど。
お父様は朝だろうが昼だろうが、食事の度にお酒を召し上がる。酒癖が悪いのを知っているからか、次第にお母様はダイニングに現れなくなった。
いつ暴力を振るわれるか分からないからと、数年前から部屋から出て来なくなったお母様。今では、この領主館にいるのか、怪しいと使用人たちに囁かれるほどだった。
「確認する前に、出発せざるを得なかったんですから、仕方がないでしょう。それに、傭兵を雇ったんですよね。その者たちに始末してもらえばいいじゃないですか」
「そういう問題じゃねぇ!」
今度はお皿が飛んできた。
「そういう問題です! すぐに出たのであれば、護衛など雇っている暇なんてないでしょう。丸腰でどうやって、傭兵を倒せるんですか? 無理ですよね」
「考えてみりゃそうだな。へへへ」
お父様は前かがみになっていた体を、思いっきり背もたれに当てた。
「伯父様は、どのみち今夜は無事では済まないでしょう。
私はこれ以上、物が飛んでこない内に、ダイニングから出て行った。少し空腹だったが、あとで部屋に食事を運んでもらえばいいだけのこと。
***
翌朝のお父様は上機嫌だった。伯父様が領主館に現れなかったからだ。
「マリアンヌも、こっちに向かっているらしいな。ちょうどいい、まとめて始末してやる」
朝食の席で、相変わらずガバガバお酒を飲むお父様の姿に嫌気がさすが、こういう時は頼もしい。
「では、お昼頃に良い知らせが聞けそうですね」
「あぁ。ユーグは向こうにいるだろうから、お前も出かける準備をしておけ。今夜から首都生活になるからな」
「ふふふっ、それは楽しみですわ」
本当に。ようやく二年越しに叶うのね。伯爵令嬢となる日が、もうそこまで迫っているなんて。
長かったわ。とっても。
けれど、お昼ごろになっても、良い知らせは来なかった。代わりにやって来たのは、
「アドリアンとオレリアを捕まえろ」
治安隊を引き連れた、伯父様とマリアンヌだった。
私は部屋の中で荷物をまとめている最中、やってきた男たちに両腕を掴まれた。
「ちょっと、何をするの! 失礼にも程があるわよ」
「黙れ、罪人風情が。さっさと来い!」
「なっ、罪人ですって!? 私は貴族よ! 伯爵令嬢なのよ!」
「いや、お前は伯爵令嬢じゃない。その地位は、マリアンヌのものだ」
冷たく言い放たれる声に顔を上げると、
カッとなって、私はマリアンヌに向かって行こうとした。が、両腕を掴まれていたため、それ以上前には進めなかった。
足を伸ばしても届かない。なら、両脇にいる男たちを蹴ったが、ビクともしない。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びながら、思いっきり床を蹴った。何度も、何度も。底が抜けるんじゃないかってほど、蹴りまくった。
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