第46話 「二人とも襲われたじゃないか」

 カルヴェ伯爵邸を出てから三時間後。出発したのが朝だったから、ちょうどお昼に差し掛かった頃だ。

 急に馬車の中が薄暗くなった。


 首都と領地の境目にある森に入ったからだろうか。……確か、ここでお父様は襲われたと聞いた。


 日が一番高い時間帯なのにもかかわらず、少しだけ薄暗い森。

 お父様がここを通ったのは夕方だと聞いたから、これよりも暗かっただろう。なら、夜盗を装って襲うことなんて簡単だ。あんな時間に領地へ行く馬車なんて、他にはないから。


 今だって、私たちの馬車しか通っていない。まるで襲ってくださいと言っているかのように思えてしまう。

 そんな危険な場所に止まる馬車。

 恐る恐るエリアスの手を取って降りると、複数の人に囲まれた。


「っ!」


 しかし、それと変わらない人数の男たちが地面に転がっていた。


 これはどんな状況なの? 未だ手を繋いだ状態のエリアスは、何も反応を示さず冷静だった。


「マリアンヌ!」


 すると突然、私は抱き上げられた。名前を呼んでこんなことをする人物は、エリアスの他に、あと一人しかいない。


「お父様!」


 見慣れた黒髪に触れ、紫色の瞳を覗き込んだ。


 あぁ、本当にお父様だ。お父様だわ。


 馬車の中で泣いたのに、また涙が込み上げてきた。そんな顔を見せたくなくて、お父様に抱きついて誤魔化そうとした。が、顔に触れられてできなかった。


「すまなかった。随分と心配をかけてしまったようだね」

「襲われたって……聞いて……皆に、止められて……皆、ダメみたいな、ことを言って」


 どれだけ心配したと思うんですか、という声は、お父様に抱き締められて出せなかった。

 背中を撫でられる感触。腕の温かさ。胸から聞こえる心臓の音。全身で感じる、お父様の生存が嬉しくて、私は声を出して泣いた。



 ***



「水分を取った方がいい」


 本日、二度目の大泣きを大勢の前でしてしまったことに気づいたのは、エリアスからコップを受け取った時だった。

 昨晩、お父様たちが過ごした野営地に案内され、いや正確に言うと、私は抱っこされたまま、連れて来られたのだが。


 今はテントの中にある丸太を、椅子の替わりにして座っていた。開け放たれた出入口から見える、たくさんの男性の姿に、急に恥ずかしくなった。


 あぁぁぁ。もう! 馬車を降りた時にいたじゃない、あの人たち!


「あれだけ泣いたんだ。飲まないと脱水症状になる」


 お、大袈裟な、とは思ったけど、念のために一口だけ飲んだ。それ以上飲もうとしなかったことを不思議に感じたのか、隣にいるエリアスに顔を覗かれた。


「マリアンヌ?」

「えっと、その……。あの人、たちは?」


 視線を向けると、数人がこちらを見ていることに気づき、再びコップの中の水へと戻す。


「あぁ、旦那様の護衛として雇った冒険者の人達だよ」

「護衛? 冒険者?」


 こ、この世界に冒険者なんていたの? 乙女ゲームだよ、ここ。え? 剣や魔法の世界なの?

 しかも、護衛ってどういうこと?

 そういえば私、馬車の中でお父様の無事を聞いた後、安心して寝ちゃって、詳しいことをエリアスからまだ聞いていない。


「実は旦那様が領地に行ったとユーグから聞いた後、急いで手配したんだ」

「マリアンヌを任せて出て行ったのに、そんな余裕があったとは思わなかったな」


 お父様がやってきて、私の隣に腰かけながら、反対側にいるエリアスに声をかけた。


「余裕なんてありませんでしたよ。マリアンヌは眠ったままだし。でも旦那様と違って、マリアンヌの傍に今も離れずにいるお陰なのか。その分、頭が働いただけです」

「なるほど。私にはやらなければならないことが山済みだったからね。すまなかった」


 そう言ってお父様は私の額にキスをした。


 えっと、その謝罪は私でいいんですか? エリアスではなく。


「それに今回対処できたのは、領主館に潜ませていた仲間と、解毒剤を頼んだことを不振に思ったケヴィンのお陰なんです。旦那様の力がなかったら、さすがにここまでできていたかどうか、怪しいと思いますよ」

「仲間? ケヴィンって?」

「昨日、孤児院の子供たちに協力してもらっている、と話したのは覚えているかい」

「は、はい。確か、私を襲った人たちを雇った仲介人を探すのに、協力してもらったんですよね」


 その仲介人の人相と、ポールが一致した、と馬車の中でエリアスから聞いた。


「今、領主館にはアドリアンたち家族が住んでいるんだよ。その仲介人を掴むには、アドリアンを見張る必要があった。勿論、何か企てていたら知らせることも含めてね。その役割のために数人、送り込んでおいたんだよ」


 領主であるお父様が、館の使用人を選別するのは当たり前のこと。誰も不思議には思わない。

 逆に怪しめば、後ろめたいことがある、と言っているようなものだ。


「ケヴィンは連絡係なんだ。領主館にいる仲間と、伯爵邸にいる俺とニナさん、ユーグの。だから、いち早く護衛を手配できたんだ。アドリアンがこの森で、旦那様を襲うように依頼していたから」

「あっ、それで今朝、ニナに対して、ユーグから詳しいことを聞いてって言ったのね」

「そのユーグはどうした?」

「別ルートで領地に向かっています。恐らく、向こうの方が危険なので」

「危険って、どういうこと?」


 ユーグが叔父様になんで狙われるの?

 そうエリアスに問いかけたつもりだったが、なぜか目を逸らされた。


「ユーグが私たちの方に付いたことを、ポールが知らせているかもしれないからだよ」

「だからと言って、ユーグは叔父様の子なんですよ」

「私はアドリアンの兄で、マリアンヌは姪だが? 二人とも襲われたじゃないか」


 馬車を降りた時に見た、倒れた男たちの姿を思い出した。


「やっぱり、私のことも襲うつもりだったんですか?」

「冒険者と一緒に来た、連絡係の子供の話ではね。だから、すぐに領主館には行かずに待っていたんだ。マリアンヌと襲撃者を」

「あっ、それでお父様が無事だって、エリアスが知っていたのね」


 加えて言うとユーグも。だから、ニナが送り出してくれたんだ。

 本当。何から何まで、エリアスがいなかったら危なかった。


 私はあのまま毒で死んでいたかもしれないし、お父様は領主館に辿り着けていなかっただろう。


「それはそうと、エリアス。どうして解毒剤を用意していたんだい?」

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