第34話 「そろそろ返事が聞きたい」(エリアス視点)

 オレリアを部屋まで送り届けた後、俺は急いで庭園に向かった。けれど、東屋にはすでにマリアンヌの姿はない。


 オレリアの言葉が、繰り返し脳裏に浮かんでくる。


『あの子をエリアスのものにできる方法があるの。試してみたくない?』


 オレリアが提案した方法は、媚薬か惚れ薬のようなたぐいのものだろう。貴族令嬢の婚姻は、純潔を大事にする、と聞いたことがある。だから“ものにする”、ということは、そういうことなのだろう。


『リュカにも同じ提案をしたわ』


 それが本当なら、あの時マリアンヌの傍から離れるべきじゃなかったんだ。マリアンヌとユーグの婚約を阻止するためとはいえ、その前にリュカに取られでもしたら……!


 俺はそのままの足で、マリアンヌの部屋を目指した。オレリアと一緒に東屋で姿を確認してから、あまり時間は経っていない。


 どうか、部屋にいてくれ!



 ***



「マリアンヌっ!」


 扉を開けるのと同時に、俺は気持ちを抑え切れずに叫んだ。それはほぼ、願いにも等しい。


「エ、エリアス!?」


 部屋を見渡すよりも先に、聞きたかった声が返って来た。嬉しさのあまり、そのまま駆け寄って抱き締める。


 良かった。部屋にいてくれて。


「どうしたの? まさか、オレリアと何かあったの?」


 何かあったのは、マリアンヌの方だろう。


「リュカと何もなかったか?」


 俺は体を離し、マリアンヌの肩を掴んで、少しだけ距離を取った。マリアンヌの表情を見た後、頭の先からつま先まで、念入りに確認する。


 髪も服も、別れる前と同じで、乱れた様子はない。


「何もないよ」

「本当か」


 今度はマリアンヌの両頬を包んで、詰め寄る。


「本当よ。お茶会の時間が迫っていたから、あのまま東屋まで送ってもらったの」

「その後は?」

「後? お茶会の帰りなら、途中までユーグと一緒にいたわ。その間、リュカとは会わなかったけど。あっ! 部屋まではニナが送ってくれたから大丈夫」

「……リュカとは会っていない?」

「うん」


 ホッとする俺とは裏腹に、マリアンヌはオロオロとしている。


「エリアスは? 何もなかったの?」


 あぁ、そうか。俺は自分のことばかりで、さっきの質問に答えていなかった。


 マリアンヌに腕を掴まれ、両頬から手を離した。


「……明日、カルヴェ伯爵領に帰る際、一緒に行かないか、と誘われた」

「えっ!?」


 オレリアとユーグの父であるアドリアンは、旦那様と違い、次男であったため、爵位を継ぐことはできなかった。

 そんな貴族の次男坊たちは、他家へ養子に入るか、騎士団に入るかなど、それぞれの道がある。


 アドリアンが選んだのは、旦那様に代わって領地経営をすることだった。まぁ、経営不振におちいらせてからは、旦那様がそっちもこなしている、というわけだが。


 そんなわけで、アドリアン一家はカルヴェ伯爵領に住まいがある。


「リュカと交換してほしい、と言われたんだ」

「あっ、それでリュカが忙しくなるって言っていたのね。じゃなくて、エリアスは何て答えたの? もしかして……」

「断ったに決まっているだろう!」


 マリアンヌの体が少しだけビクッと跳ねる。俺が慌てた仕草をすると、顔をふにゃっと笑って、体に触れてきた。


「ごめんなさい。ちょっとビックリしただけで、本当は嬉しかったの。誘いを断ってくれたのが」

「行くわけがないだろう。俺はマリアンヌの護衛なんだから」


 本当は従者だが、傍を離れられない理由としては妥当だった。すると、マリアンヌが突然、俺の腕の中に入って来た。

 体が密着するほど距離を詰められ、俺も背中に腕を回す。


「そうだね。でも、オレリアは美人だから。スタイルも良いし、胸だって……」


 そう言いながら、俺の服をギュッと掴む。


 もしかして、嫉妬しているのか。


「私の護衛じゃなかったら、ついて行きたいって、思ってもおかしくないでしょう?」

「それは誘いを受けた方が、マリアンヌは良かったってこと?」

「ち、違うわ! 私は、その……」

「何?」


 その先の言葉を促した。背中を優しく撫でて、髪を掻き上げる。


「護衛を、言い訳に……してほしくなかった、だけで……」

「ごめん。マリアンヌの傍を離れたくなかったんだ。好きだから」


 マリアンヌの体が再度、小さく跳ねた。


 あぁ、もうダメだ。こんなに可愛くされたら。


「マリアンヌ。ずっと待っていたけど、もう限界なんだ。そろそろ返事が聞きたい」


 服を握る手に力が入るのを感じた。抱き締めている体も、固くなっている。


 やっぱり今回も無理だろうか。


「わ、私も、エリアスが好き」

「本当に?」


 思わず体を引き離して確認をする。真っ赤に染まるマリアンヌの顔に確信を持ったが、もう一度聞きたくて尋ねた。


「マリアンヌ。本当に俺のこと……」

「好きなの! エリアスが!」


 目を瞑って、懸命に言う姿に居ても立っても居られず、俺はマリアンヌを抱き上げた。


「エリアス!?」

「ごめん、嬉しくて」


 横抱きにしたまま、ソファに座る。勿論、マリアンヌの足から靴を脱がすのも忘れずに。


「もう一回聞きたい。ダメ?」


 本当は何度だって聞きたい。ずっと待っていた言葉だから。二年間、ずっと。


「ダメなら、マリアンヌからキスしてほしい」

「えっ!?」

「どっちでもいいよ」

「に、二択しかないの?」

「うん」


 本当は、どっちもほしいんだから。

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