第33話 「協力してあげてもいいわよ」(オレリア視点)

 あぁ、気分がいいわ。何がって? 飛んで火に入る夏の虫がやってきたのよ。いいえ、鴨が葱を背負って来たとも言うわね。


 二階の廊下を歩きながら、私は部屋に置いてきたマリアンヌの姿を思い出した。


 何が栞よ。あんな物、いるわけがないでしょう。


 顔を合わせたくないから、わざわざメイドを使って断ったのに、のこのこやって来るのが悪いのよ。まぁ、元々気に食わなかったのだからちょうど良かったけど。


「楽しそうですね。よろしければ、教えていただけないでしょうか」


 隣を歩く長身の男が尋ねてきた。本来なら使用人には、後ろを歩かせるんだけど、この男エリアスは違う。


 だって、これだけ格好良いのよ。後ろを歩かせるなんて勿体ない。


 スラッとした見た目の割に、がっしりした体つき。サラサラした茶髪と、緑色の瞳が爽やかさをかもし出している。

 平民でなければ、もっと積極的にアタックするのに。それができなくて残念に思ってしまう。


 でも、身分の高い男を捕まえて、身分の低い男を愛人として囲っている夫人なんて、珍しくもない。今からでもキープしておくのも、いいんじゃないかしら。


 いずれ、カルヴェ伯爵家はお父様の物になるんだし。そうすれば自然とエリアスも、私の物になるわ。

 あんな冴えない子より、私のような美人の方が、エリアスだって良いと思うの。だから、快く付いて来てくれたんでしょう。


「いいわよ。今は、エリアスといるから楽しいの」

「今は、ですか。リュカはお気に召しませんでしたか?」

「えぇ、物足りないわ。見た目は普通だし、貴方みたいに気の利いたことが言えないんだもの。嫌になっちゃうわ」


 すると、エリアスの口角が僅かに上がったように見えた。


 さっきはリュカと一緒に睨んできたから、仲が良いのかと思ったけど。ふふっ、いいわね。そういう一面も。


「やっぱり連れて歩くのなら、貴方みたいな人がいいわ。エリアスだって、私みたいな美人が合うと思うの。そうだ。伯父様に頼んで、変えてくれるように言おうかしら。あの子だって、さっきみたいに快く引き受けてくれると思わない? リュカのことを気にかけていたんですもの。良いって言うに違いないわ」

「……オレリア様は明日、帰られるんですよね。それなのに、俺とリュカを交換したいと言うのは、おかしいのではないですか?」

「ふふっ、そうでもないわ。色々お土産があるから、荷物持ちとして、リュカも連れていくの。どうかしら、エリアス」


 チェンジしても、何も問題はない。そう、お父様はリュカだろうがエリアスだろうがのだから。


「……俺はマリアンヌ様の護衛も兼ねた従者です。リュカと交代することはあり得ません」

「護衛? ふ~ん。伯父様は過保護なのね。でも、ユーグと婚約すればどうかしら。その必要はなくなるのではなくて?」

「例えユーグ様と婚約したとしても、婚約であって結婚ではありません。未成年であるマリアンヌ様の保護者は旦那様ですから、俺を傍に置くか置かないかは、ユーグ様が決めることではないと思います」

「そうね。でも、ユーグだって男の子よ。見てちょうだい。意外とあの子のこと、気に入ったのではなくて?」


 私はあえて庭園が見えるような場所を選んで歩いていた。そう、東屋まで見渡せる、二階の廊下を。


 案の定、東屋の屋根から、楽しそうに談笑をするマリアンヌの姿が見えた。ユーグは屋根に隠れて見えなかったが、これで十分効果があるに違いない。エリアスにとっては、ね。


「ユーグは気が弱いけれど、弱いからこそ、好きな女の子の傍に男を置けるかしら。そんな寛大だとは思えないわ」

「随分と、自信がおありなんですね」

「姉だもの。弟のことくらい分かるわ。それにね。貴方やリュカが好きになる子だもの。ユーグだって、おかしくはないでしょう?」


 鎌をかけてみると、エリアスは驚いた表情を見せた。もしかして、分からないとでも思ったのかしら。貴方たちがマリアンヌを好きなことくらい、態度、言動を見れば、丸分かりだというのに。


 あまりにも滑稽こっけいすぎて、私は高笑いをした。


「そんなに好きなら、協力してあげてもいいわよ。お父様と伯父様が話をまとめる前に、あの子をエリアスのものにできる方法があるの。試してみたくない?」

「っ!」


 動揺している。まぁ、無理もないわね。だって、さっきまでエリアスが好きとも言える態度を取っていたんだもの。


 それが手の平を返すように、エリアスの恋を応援するようなことを言えば、だれだって驚くわ。警戒もするでしょうね。リュカと違って。

 だからこれは、あくまでも保険に過ぎない。確実に計画を成功させるための。


「興味があれば、明朝みょうちょう、私の部屋に来て」

「……参考に、どのような方法ですか?」

「ふふっ、それはひ・み・つ。だけど、リュカにも同じ提案をしたわ」

「まさかっ!」


 途端、エリアスはきびすを返した。その腕を、私はすぐさま掴む。


「大丈夫よ。庭園を見たでしょう。マリアンヌに何か変化は見られて?」

「あっ。すみません」

「いいのよ。仕事に忠実ってことじゃない」


 これはちょっと期待できるかも。うまくいけば、エリアスも同時に手に入れられるかも。ふふふっ、明日が楽しみだわ。


 私はエリアスの腕を離して、視線を窓の外に向ける。お茶に口をつけるマリアンヌの姿に内心、笑いが止まらなかった。

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