第12話 「……私も途中まで一緒に行っていい?」

 その日以降、私とエリアスは、絵の勉強をするようになった。

 勉強と称してはいるが、自由時間に色々なものをスケッチしている、遊びと変わらない。それでも、退屈しのぎにはちょうど良かった。


「何を描かれているんですか?」


 ニナが後ろからやってきて、私の手元をそっと見る。


「花瓶よ。一番シンプルな形の物」

「エリアスも同じ物を描いている、ということは、花瓶が今日のお題なんですね」

「うん。だから、今日も頼むわね」


 遊びだったが、やっぱり判定役がほしくて、ニナにお願いした。すでに経験済みだったこともあってか、ニナだけでなく、エリアスも異存はなかった。


 私とエリアスは、自由時間になると、お題になる物を選ぶ。それを時間内のどこで描くかは自由だが、ニナがやってくるまでに仕上げるのがルールだった。


 しかし、何度もやっているうちに、ニナもお題が気になり出したらしい。最近は、こうして早めにやってくることが増えたため、時間制限はないに等しかった。


「そうしたいのは山々なんですが。お嬢様、エリアスをお借りしてもよろしいですか?」

「エリアスを?」

「はい。旦那様がお呼びなんです」

「すぐに行きます」


 ニナに返事をする前に、隣から声が聞こえた。振り向くと、急いで道具をしまい終えたエリアスが立っていた。


「……私も途中まで一緒に行っていい?」

「いいけど……」

「大丈夫。図書室で調べ物をしたいだけだから」


 盗み聞きなんてしないから、絶対に!


「分かった。一緒に行こう」

「ありがとう」


 差し出されたエリアスの手を取り、笑顔で答えた。



 ***



「迎えに来るまで、図書室から出るなよ」


 私が頷くと、エリアスは図書室の扉を閉めて行ってしまった。


 ここ最近、屋敷の中でも、私は一人で出歩けなくなっていた。それは偏に、叔父様が大人しかったからだ。


 お母様が亡くなって、すぐに仕掛けて来たのだから無理もない。私がお父様なら、同じ考えをするだろう。だから、大人しく従うより他はなかった。


 私は自分を守る術を持たない、乙女ゲームのヒロイン。チートと言っても、ストーリーを知っているだけで、現時点ではあまり役に立たないのだ。ヒロイン補正も、またしかり。


 けれど、叔父様が相手なら、ピンチになることは必須条件だった。逆に私が動かなければ、叔父様も大人しい、という変な図式が出来上がる。

 だからといって、叔父様が諦めてくれるとは思えないから、難しい問題であることには変わらなかった。


 結局、ストーリー補正が働いちゃうんだよね。どうあっても、ここは『アルメリアに囲まれて』の世界なのだから。


 私はエリアスの足音が遠ざかるのを確認してから、ため息を吐いた。


「さて、デッサン系の本でも探そうかな」


 気を取り直して、私もその場を離れた。


 もうすでに何度も来たことがあったため、目的の本はすぐに見つかった。


 ふむふむ。なるほど、そんなやり方があるのね、とエリアスの顔を思い浮かべた。


 乙女ゲームの攻略対象者らしく、目鼻立ちがはっきりした、エリアスの顔。生い立ちのせいか、目つきは悪いけど。

 それに意外と親切で、知らないところで助けてくれたりするから、結構人気があった。あと攻略対象者の中で、一番年上なのに恋愛面は奥手だったな。


 現実のエリアスは結構ぐいぐいきていたけど、伯爵邸に来てからは『アルメリアに囲まれて』のエリアスに近い。


「やっぱり絵を描くのって大事なんだね」


 色々思い出すきっかけをくれる。


 そう思った瞬間、室内で物音が聞こえた。


 扉の音? もうエリアスが来たの? それにしては早い。


 エリアスとニナは今、お父様の所に行っているから、おそらく使用人の誰かだろう。一気に緊張が走った。


 私が一人で出歩けなくなった原因は、叔父様だけじゃない。使用人たちの存在も含まれていた。


 私の誘拐で、伯爵邸に叔父様のスパイがいるのではないかと思ったお父様は、エリアスとニナに探させたが、見つからなかった。


 結局、私が毎日教会へ行く姿を見た外部の人間が、叔父様に連絡をして、犯行に及んだのではないか、ということで決着がついたらしい。

 しかし疑惑が晴れない以上、気をつけるように、とお父様に注意を受けた。


 だ、誰だろう。足音が段々近づいているように感じる。に、逃げるべきかな。どこに? エリアスはここから出るなって言っていたし。


「僕ですよ、お嬢様」


 怖くて目をつむっていると、正面から声をかけられた。

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