第10話 「外出をしたいんだけど」

 えっ、約束の物って、マリーゴールドの押し花で作った栞のこと?


 私は脳内に選択肢を発生させた。ここは乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の世界だけど、選択肢が出ないのだから、勝手に私が作ったとしても、誰も文句は言わない、と思う。


 1.素直に渡す。

 2.渡さない。

 3.とぼける。


 渡さない、だと嘘をつくことになるから、ここは惚ける、にしよう。


「……まだ、できていないの。だから――……」

「なら、あそこにあるのは?」

「あそこ?」


 エリアスが指を指す方に視線を向ける。そこは、さっきまで私が座っていた場所だった。その前には机がある。栞が置きっぱなしになっている机が。


「あ、あれは」

「俺と旦那様以外にもいるの?」

「……いない、けど」


 あれを渡すのは、ちょっと……。


 私が渋っていると、エリアスが立ち上がり、机の方へ歩き出してしまう。慌てて追いかけるが、エリアスが本気を出せば間に合わないのは目に見えていた。


「じゃ、これは? 俺のじゃないの?」


 栞を取られたばかりか、手の届かないように高くあげられてしまった。エリアスの瞳と同じ緑色のリボンが付けられた栞を。


「あげようと思ったんだけど、見ての通り、良い出来栄できばえじゃないでしょう」


 久しぶりに作ったからか、それとも子供と大人の違いなのか、上手く出来なかった。転生前は二十代半ばだったから。それでもお父様は、子供らしい出来栄えだと喜んでもらえると思ったのだ。


 けれどエリアスには、前世の時に作った物に近い物を渡したかった。


「比較する物がないから、良いのか悪いのか。俺には分からないよ」

「色が少しだけ退色しているでしょう。本当なら、元の色と同じなの。それに形だって、ちょっとゆがんで見えるから」

「言われないと分からないよ。俺には十分に見える、としか」


 それはエリアスが素人だから、とは言えなかった。


「ありがとう。でも、優秀なエリアスには、こんな出来の悪い栞を使ってほしくなかったの。持っていてほしくない、というか」


 使用人たちから、エリアスの評判を聞く度に、私は栞を捨てようか悩んでいた。けれど、結局は捨てられなかった。


 孤児院に咲いていたマリーゴールドはもう、これしかなかったから。


「気持ちは嬉しいけど。俺にも決定権がほしいな」

「でも……」

「俺は、これが欲しい。前にも言っただろう。『マリアンヌがくれる物なら、なんだって』って」


 私はもう、頷く以外の選択肢はなかった。



 ***



 その日から、エリアスは私の従者となったが、主人はまでも、お父様である。だから、私の意見よりも、お父様の方を優先されてしまう。


「外出をしたいんだけど」


 従者付きになった数日後。毎朝、ニナに聞いては断られていた言葉を、思い切ってエリアスにも投げかけてみた。


「旦那様がまだ許可しないから、無理だと思う」

「他に方法はないの?」

「……庭へ散策しに行く、とかは?」

「昨日も行ったわ」


 あまり我儘を言うお嬢様には見られたくはなかったが、我慢できずに聞き分けがないことを言った。


 もう、かれこれ一カ月半だ。屋敷の中も、十分探索してしまった。それに、外出したいのには、別の理由がある。それを差し引いても、分かってもらえないなんて。


 ニナと違い、攻略対象者故の、何か裏技みたいなのを期待していたが、どうやらそれもないようだった。


 そもそも、外出を強く希望するのは、エリアスのためだった。彼が侯爵になる道を、私はまだ諦めていない。


 仮に叔父様の件が無事に解決し、お父様が生きる道に進んだとしても、それは私の都合でしかないからだ。そう、私の都合で変えてしまった、エリアスの未来。


 すべてを終えた後、私はそれを返してあげたかった。エリアスならきっと、叔父様の件で味方になってくれると思うから、余計に。


「お父様が許可してくれないのは、叔父様が原因なんでしょう」

「あぁ。この間のマリアンヌの件もそうだけど、……奥様の件も調べ直して、アドリアン様を追求できる物を探していらっしゃるんだ」


 私の件がなくても、叔父様が伯爵家を狙っていることを、お父様は知っていたと思う。それでも、結局は殺されてしまう。おそらく叔父様の手で。


「どうして、エリアスがそこまで知っているの?」


 ふと、疑問が湧いた。入って一カ月半ばかりの使用人に、そこまで話すだろうか。それとも、屋敷内では噂になっているの? もしかして、私だけ知らなかったとか?


「それは、俺がマリアンヌの従者だからだよ。アドリアン様がマリアンヌを狙っていることは、この間で判明したから、そういう情報は、知っておいた方が良いって言われたんだ」


 なるほど。それならどうして。


「私には教えてくれなかったの?」


 私の方が当事者なのに。


「お父様に口止めされていたのなら、しょうがないけど」

「違う。旦那様はマリアンヌに話していいと仰ったんだ。ただ、どう切り出していいか分からなくて」


 多分、エリアスは嘘をついている。本当に伝えたいことがあるなら、栞の時のように、強引に持ち出してくるからだ。おそらく、お父様からの情報は、エリアスの判断に任されているのかもしれない。


 まぁ、それほど信用されているのが分かっただけでも良かった。『アルメリアに囲まれて』でエリアスは、お父様の死の真相を暴いてくれるのだから、きっと大きな助けになると思う。


 だったら尚更、私はエリアスに恩返しをしなければ。そして、返せるものと言えば、侯爵への道しかない。いくら、従者や護衛といった肩書があっても、エリアスは平民のままだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る