男×男

 んっ? 気がつくと眩しい光で目が覚めた。風が吹き抜け、柔らかで少し甘い花の香りを運んできた。なんだか身体がすっきりしている。よく寝たな~と、上体を起こしあぐらをかいた。力一杯背伸びをして、ベッドから降りようと足をマットレスの外に出した。……床? んっ? 草、藁? 土? 布団でもないよな?

 辺りを一周見渡す。寝ぼけているのだろうか、思考回路が停止しているみたいだ。目をこすりまた、辺りを一周見渡してみる。あれっ? 理解出来ないというか、飲み込めない。これはまだ夢の中なんだと思いたくなる。頭がボーッとしているようで、何の反応もできない。なんだっけ? と頭をひねる。って今何時? ふと我に返りスマホを探した。寝ていたすぐ横に置いてあり、急いで時間を確認した。12時50分⁉︎ ヤベ~よ、遅刻だよ。反射的にその場に立ち上がった。バイトは今日もロングシフトだから10時にはお店についていないといけないのに、これは完全に寝坊だ。着信履歴を確認してみるが、お店から電話はない。どうなってんの? あれっ? 今日休み? 日付を確認してみて気づいた。圏外だ……。

 ヤバいヤバい、寝ていた藁か何なのか下に敷いてあるそれの周りをスタスタと何度も歩き往復した。何かヤケにスースーする。ものすごく気持ちがいい、立ち止まり自分の体を見た。……まっ、真っ裸じゃん! よっ! 見事な朝勃ち‼︎ 辺りをキョロキョロ見回してみる。えっ? そういえばここどこ? 部屋でもなけりゃ、テントでもない。洞窟? 洞穴?

 待てよ。昨日のバイト帰りを思い出していた。確か変な龍に掴まって、道路に……あっ、俺、死んだんだ。

「死んではおらぬ」

 いきなりの大きな声に驚いて、ビクッと冷や汗とともに興奮していた俺の大事なムスコさんが、一気に萎えた。

「わっ! ……あ、あんた誰?」

「何を言っておるのだ、炎夏。今起きたのか? 腹は減っておらぬか?」

 確かに腹は減っている。だけど、それどころじゃないし、こんな状況で何も食う気になれない。

「いいよ、そんなこと。そんなことより……」

「そうか、飯がほしいのだな? よし、それではこちらについて参れ」

 なぜか勝手に話を進めたこの男は、勝手にここから出て行った。

 何だったんだ今の? 服はどこに? よく考えると恐怖でしかない。目が覚めたらいきなりこんな土臭いところにいて、真っ裸で、変な男もいた。それに死んだわけじゃないみたいだし、やっぱり誘拐されたっていうのが一番理屈にあっているだろうと思う。じゃあ、今のうちじゃん? 誰もいないうちにさっさと逃げ出さないと。

 あれっ? ちょっと待てよ。背中が少し痛い。

「炎夏、何をやっておるのだ」

「わっ!」

 思わず自分のムスコさんを手で隠した。チクショー、逃げ遅れてしまった。

「何を隠しておる、今更だ」

「はっ? 何だっていうんだよ」

 少し恐怖感が出てきたせいか声が上ずってしまう。

「もう忘れたのか? そなたとわたしは1つに……」

 思い出した。そういえばあの龍がお前と私は1つになるってそんなようなことを言っていた気がする。えっ? ちょっと待てよ。龍とじゃなくてもしかして、このお兄さんと俺が1つになったってこと? う、う、嘘でしょ⁉︎ 俺の処女奪われちゃったの? 捨てるのは童貞だけで充分だよ。

「あっ、さては」

 えっ? 何だよ! もしかして逃げようとしてたのがバレたんだろうか。俺、今度こそ死ぬのかよ?

「着物を探しておるのか?」

「きもの?」

「そう、そなたの着ていた少々変わった着物」

「きものって、服のこと? まあ、探してるけど。それより、俺の初めてはなかったことにしてくれ」

「なかったことに?」

 一瞬、こいつの目がキラッと光った気がした。何だよ? 俺の言葉遣いが悪かった?

「して……ください。俺、いやわたしは……まだ」

「それはよかった。わたしもどうしたらいいかと思っておったのだが、そなたがそう言うのなら、まあ、いいであろう」

「えっ? 何がですか?」

「ほれ、これだ」

 何か小さい布のようなものを手渡された。

「洗った方がいいかと思い、洗ってはみたのだがこんなに縮むとは思わなくてな。すまない」

 はっ? と不信に思いながらもその布をパサっと開いてみる。

 なんじゃこりゃ!!  3拍ほど時が止まったかのように思えた。

「えっ? ちょっちょっとこれって」

「なかったことにしてくれるのならよかった」

「意味が違うだろ⁉︎ な、何やってんだよ。こんなベビーサイズの服もう着れないよ」

 両手で服を伸ばしながら、頭の中は混乱していた。今この状況が全くもって理解できないし、意味がわからない。

 何だっていうんだよ!! 俺が何したんだよ! 誘拐されて、男に男のモノを挿入れられて、そんなに高くないけどお気に入りだったこの服までダメにされて、ふざけんじゃねーよ!

 身体が勝手に走り出していた。「おい、待て」その言葉は微かに耳元をカスっていくだけで届いてこなかった。

 泣きながらただただ前も見ずに走った。土や砂が飛び跳ねてもお構いなしに走った。

 そして、気づいたときには遅かった。目の前の景色がなんだかキラキラとしている。涙を拭ってちゃんと前を見る。

 ヒュ~~と、切なさ混じりに風を切る音が聞こえてくる。崖から海に転落しているところだ。突き出た岩も何もなく怪我はしそうにない。でも、きっと落ちた衝撃で俺は死ぬんだ。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹、こんなバカな死に方でごめん。情けない息子でごめんな。

 お元気で。

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