Dragon au lait 俺と龍と2分の1
帆希和華
第1章 出会い
帰り道で
深夜0時過ぎのバイト帰り、電車の中で気持ちよく寝落ちそうなことに気付いた。「上井草」の音声で、すかさず飛び出る。まだ、半分夢のような感覚で辺りをキョロキョロと見渡した。いつもの駅だ。
改札を右に出て歩いて行くと、コンビニがある。そこで今日の夜ごはんを買うのがルーティンになっている。ほぼ毎日来ているからか、さすがに飽きてきた。でも、腹は減っている、何も食べないわけにはいかない。ボリュームのありそうな豚味噌丼を買った。
自動ドアを出るとそよ風が通り抜けていく。その瞬間、ひんやりと肌に染みて、気持ちがいい。昼間はまだ、暑さが残るけれど、夜はすっかり秋が顔を出している。駅前にあるもみじも緑から赤へと色を変えつつある。暑さの終わりを告げているようだ。
今日は朝から夜までのロングでシフトに入っていた。平日の割に結構忙しくて店内も自分もパンク寸前だった。前日にカラオケでオールをして、テンションがおかしなことになっていた。
そのまま少し歩き、信号のない十字路を左に渡り、中路を歩く。一区画進むと、右向かいが運送業の駐車場だ。そこを右に曲がり、急勾配な下り坂を歩いて行く。今さっきまで気持ちのいい夜風が身体を流れていたはずなのに、突然、むさ苦しい梅雨のような空気が漂ってきた。何事? 立ち止まり辺りを見てみた。
誰かが蒸しタオルをベランダに100枚くらい干している! とか、外で加湿器を何台もつけてお肌のための湿度調節! 的なことは……当然ない! なのに、何なんだろう? この嫌な空気感。
短い溜息を吐き歩き出した。けれど、前に進めない、というか進まない。どういうこと? 今、目の前で何が起きているのかわからず、軽いパニックに陥りそうだ。前に透明な壁でも立っているのか、それとも夢でも見ているのか……いや、ありえない。こんなテレビのやらせ番組みたいな状況。お願いだから夢なら早く冷めて! そんなことを思っていたら、どこから聞こえてきたのかチェロの演奏かと思うくらいの、重低音の気持ちいい声が聞こえてきた。
「やっと見つけた。さぁ、参ろう」
……まさかとは思うけれど、話しかけられているような気がする。何もなくいつもと変わらない道、目の前にはもちろん誰もいない——。背中に保冷剤でも貼られたかのように、体温が一気に引いていく感覚がした。ホラーや超常現象的なものは苦手だ。手を握ると冷や汗でじっとりとしていた。
「何をやっておるのだ、
名前を呼ばれた。何で俺の名前を知っているのか、意味がわからない。まさかストーカー?
俺、捕獲されてしまいました。
いや、そんなことはないと信じたい。まだ19歳なのに、こんなところで人生終了なんて考えられない。頭の中で自虐がぐるぐる回る。ぶっ倒れそうだ。
「見えておるのだろ? しゃんとしてみろ、炎夏!」
大砲に撃たれたのかと錯覚しそうなくらい、その声が心に轟いた。そして、目の前に火花が走る。
何が起きたんだよ? 呆然としながらも目の前を見ると、さっきまでは何もなかったはずの目の前に、ヌメッとした何かが、紙1枚挟んだくらいの超至近距離にいた。温風か何なのか、フンフンフンフン湿った蒸気が顔全体に当たっている。
ないわ、マジ熱いんだけど。それを避けて行こうとしたら、今度はスルッと尻尾のようなもので阻まれた。
えっ? 何なのこれ? 少し視野を広めて見てみる、全く現実だとは思えない。龍がこの狭い道いっぱいに体をくねらせて俺を見ていた。不思議と怖いさも感じず、ただただ鬱陶しい。
「炎夏、わかるか? わたしが」
右を見て、左を見て、誰もいない。後ろから約2名、この状況が見えていないのか、スタスタと通り過ぎていった。やっぱり俺に言っているんだよなと自覚するしかない。仕方なくその問いに答えることにした。
「見えてるけど、何か?」
「よかった! やっとそなたに会うことができた。ずっと探しておったのだ。私たちはやっとこれで1つになれる」
「1つに? って悪いけど俺、動物? とそういう行為するほど飢えてないし、変態じゃないからね」
「さぁ、参ろう」
「参ろう? どこに? って勝手に話進めんじゃねーよ。キモチワル」
「何を言っておるのだ。帰るだけだ」
「はっ? そりゃ、よかった。じゃあ、そういうことで」
「そう、よかったであろう。わかってくれておるのだな?」
そういうことじゃねーしと呆気に取られる俺を尻目に、龍は俺を前足で掴みこの狭い住宅街を猛スピードで飛び出した。
「背中に乗れ」
そう言ってひょいっと背中に投げられ必死でしがみついた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! 空飛ぶとか聞いてないし。それにうちに帰るってことだから」
「だから私たちの家に帰るのだ」
何がなんだかわからないまま、あっと言う間に雲を抜けた。気が遠くなりそうだった。そして、両手の、身体の力が抜け落ちる。体が浮いたかと思うと、そのまま真っ逆さまに地上へと落下していく。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹、さようなら。
「しっかりしろ! 私のタテガミをしっかり握れ!」
はっ! と気がつくとぬくぬくのベッドの上……じゃない! しっかりとこいつのぬくぬくとしたタテガミを掴んでいる。落ちてなかったんだ、よかった~! って喜んでる場合じゃないし! いやいやいや、ふざけんなよ! なんで俺がこんな目に。
「おい、早く下ろして家に連れてけよ!」
バタバタとタテガミをひっぱたり、こいつの体を蹴りまくった。
「やめないか、今の炎夏の力でそんなことされたって、痛くもかゆくもないぞ」
「やせ我慢だろうが!」
「それよりも今度こそしっかり掴まってくれ。今度落ちても保証はない」
「ふざけんなよ! 勝手にこんなことしやが……」
そんなことを言っている間に、一瞬、上に飛んでいるのがピタッと止まった。何? 何が起きるの? と思った瞬間、今度は真っ逆さまに急降下を始めた。
「あば、あばぼろ、あばだろ」
あまりの風圧に声にならないず、目も微かにしか開かない。その微かに見えた先は道路だった。あっ、今度こそ俺は死ぬんだ。そう、思った。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹、1人で東京に上京するまで本当にいろいろお世話になりました。柳野炎夏は19年間本当に幸せでした。
ありがとう、みんなお元気で。
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