運命
ベートーベン作曲、交響曲第五番【運命】。
それが教室の窓からかすかに聞こえてくる。
西日が差し込む二年B組の放課後の教室。
部活もなく暇を持て余していた。
もうすぐ文化祭。それに発表するために、吹奏楽部が練習しているのだろう。
正直、流行りのポップスなどの方が喜ばれる気もするのだが、楽器もろくにできないボクが言うことではない。
色んな楽器達が絡み合いながら、あるいは、ひとつになるように、あの有名なフレーズを何度も繰り返していた。この楽曲でおそらくいちばん有名なのが、最初のダダダーンの所だろう。
どこかで聞いた話だと、あれは運命の戸を叩くことを表現しており、ダダダーンの前に休符、いわゆる、音を鳴らさない部分があるらしいのだが、それは緊張感出す、かつ、運命が静かにやってくることを表している、との事だ。
ベートーベン自身は【運命】と名付けていないらしいけど、名曲には違いない。
ボクは高校生にもなって運命に焦がれていた。いつか運命の人がやって来て、きっと連れ去ってくれる、と。
友達からは「少女コミックの読みすぎ」「子供かよ」と散々からかわれた。それでも、一瞬でもその機会が訪れれば、と夢見ていた。
でもなかなかその機会は訪れない。そもそも髪型などは短めだし、好きな物は男の人が好むようなものばかり。さらに、ズバッと色々言ってしまうので、あまり異性に好まれない。ボク自身それが原因だと分かっているのだ。それで高校生まで育ってきたので、今更変えようがない。
この【運命】を聴く度にいつもそう思う。さてと、スクールバッグを背負う。
そこで、教室の引き戸がガラッと開かれる。
そこに居たのは息もたえだえで、肩で息をしていた同級生。何回か喋ったことがあるとは思う。
いかんせん記憶力が弱く、名前が出てこない。それでも、結構可愛らしいと思った記憶もあるので、そんな人から声をかけられるのは少し嬉しかった。
あのさ、と目の前の同級生が続ける。
「よかったら、今度一緒に、買い物行かない?」
同級生は耳まで真っ赤で、その姿に失礼ながら面白みを感じた。
「いいよ」
少し恥ずかしさも感じて、ぶっきらぼうに答えてしまう。こんな風に言われたことがないからだ。
だからなのか、心臓は嬉しさのあまりその鼓動が早くなり、急に身体の火照りを感じた。
そして、ボクの運命の戸はようやく開かれる気がした。
END
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