傘の記憶

 小学校の頃母親の言うことを聞かず傘を持っていかなかった日があった。その日は朝の時点はすごく晴れていたし、今思うとくだらないが、雨粒をいかに避けられるか、という謎の訓練にハマっていたからだ。

 だが、天気予報が当たった。昼ぐらい空が暗くなり、ゴロゴロと音がなり始めたと思った瞬間バケツをひっくり返したような雨が降り出した。時折稲妻とそのすぐあとに轟音が響き、一瞬バチっ! と蛍光灯が消えることもあった。

 先生達はすぐに親などを呼んで下校するような形をとったのだけれど、両親とも仕事でそう簡単には来てくれないことを分かっていた。

 だから、僕は雨の中走り出した。先生は止めた。だけど、学校にいても何をする訳でもない。ならば、訓練だ! と張り切っていた。だが、それはすぐに後悔へと変わった。重たくなる衣服、寒くなる身体。大げさかもしれないが、このまま死んでしまうかと思った。

 感情が抑えきれなくなり、泣きそうになった瞬間雨が止んだ。よく見ると制服姿の女性がこちらに乳白色の傘を差し出してくれていたのだ。女性はびしょ濡れになりながら、ウインクしながら笑った。

「少年、濡れていたらせっかくイケメンが台無しだぜ」

※※※※※※※

 今朝昔の夢を見た。

 豪雨の中知らない男の子に傘を渡したのだ。もう逢う事はないと思い、当時推していた漫画のキャラクターのセリフをそのまま言ったのだが、今となっては黒歴史だった。タイムマシンがあるのなら、ぶん殴ってでも止めたい気持ちでいっぱいだった。

 それのせいと言ったら申し訳ないが、今日は散々だった。仕事は単なる凡ミスを繰り返し、彼氏から別れたい旨の連絡がきて、その直後雨がすごく降り出したし、近くの店に避難しようとしたらヒールのかかと部分が折れた。

 嫌なことは続くと言うが、こんなにも続くものなのか。大人になってから泣かないと決めていたのだが、もう泣きそうだった。

 突然、体に当たる雨粒の感触が消えた。ふと見上げる乳白色の傘が差し出されていた。差し出してくれたのは高校生ぐらいの青年だった。その制服姿から近くの高校なのだろう。イケメンと言っても差支えがないぐらい整った顔立ちをしている。だが、どこかでみたことある。

 青年はニコッと微笑むと聞いたことがあるセリフを口にした。

「お姉さん、濡れていたらせっかくの美人が台無しだぜ」

END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る