雨恋し独りの時に君想う

「良かった、雨が降ってくれて」

 放課後、僕はウキウキしながら呟いた。

 最近雨が少し恋しいと思うようになった。なぜなら、あの場所に行けるから。

 生徒用玄関から外に出ると、予想以上に雨が強かった。強さは関係ない。傘を持たず僕は走り出す。全身がすぐにずぶ濡れになる。でも、嫌な気持ちはせず正直心地よかった。

 僕の通っている高校から走って約5分のところに目的地があった。そこは小さなカフェだった。何故か雨の日にしかオープンしない不思議なカフェ。

 カフェの扉を開けるとマスターの玲子さんがコーヒーミルを回しながらそれをいとおしむように見つめていた。その様子に僕は見惚れていた。

 今日もお客さんはいない。いない方が、彼女を独り占めできるようで嬉しかった。

 ショートカットの白い髪が揺れ、こちらを見る。

「いらっしゃ――――」

 僕が全身ずぶ濡れで来たので、驚いたのだろう。カウンターの奥からタオルを取り出し、そっと渡してくれる。僕は受け取り髪や服を拭く。

「ありがとう」

 よく分からないけれど少し恥ずかしくなって、僕は小さくつぶやく。

「コーヒーを貰えますか? ブラックで」

 タオルを返しながら、いつもの注文をする。本当は甘党だけど、ここに来ると見栄を張りたくてブラックコーヒーをいつも注文するのだ。

「わかりました」

 彼女はそう笑顔で応えるとサイフォンを奥から引っ張り出し、準備を始める。

 この光景が僕は好きだった。彼女が綺麗な人というのもあるけれど、その彼女と昔ながらのサイフォン、レトロな喫茶店とあわさり一つの絵画のように感じられた。

 どうぞ、と漆黒の闇を感じさせるコーヒーが入ったカップが僕の前に優しく置かれる。苦味が混ざった香りが鼻腔をくすぐる。

「キミがよく来てくれるから先に行っておこうと思うんだけど……」

 そう区切ると、悲しそうな声が発せられる。

「急で悪いんだけど、今月で閉めることしたんだ」

 ごめんね、と彼女の唇が動く。

 多分、ごめんね、というのも口に出してくれているんだと思う。ただ、僕の耳には届いてくれなかった。

 ショックで言葉が出ないとはこの事なのだ。彼女にもう逢えなくなる……。急激に寒気が走り、カフェから逃げ出した。

 僕は何をしてるのか。なぜ逃げだしたのか僕自身にも分からない。

 ただ、雨が恋しかったあの時にはもう戻れない気がした。

 いつも暖かい雨が今日は一段と冷たかった。

END

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