サスペンスのような話

香りの仮面

『男と女の最大の違いは匂いだよな』

 鏡を見ながらふと友人の言葉を思い出した。

 鏡台の上はメイク道具が散らばり、今か今かとその出番を待ちわびているように見える。

 ある程度準備をしてきたのだが、これからのことを考えるとまだ必要だろう。

 自分の顔を見ながら、またメイクを重ねていく。

 自分の顔は正直好きでは無い。どう見ても女性っぽくない。なのに、こんなところにいるのだから、嫌になる。

『男と女の最大の違いは匂いだよな。女は男に比べ匂いに敏感だから』

 また友人の言葉が思い出された。

 ならばと、女性らしくいるために、香水を手首や首元にかける。

 これで少しはマシだろう。そして、目を閉じ名前を反芻する。

「名前はあゆみ。あゆみ」

 存在しない源氏名『あゆみ』になりきらねばならぬ。それには名前を反芻して、身体に染み込ませることが大事だ。

 声がかかると、スリットの深いドレスをはためかせ控え室から店内へと向かう。

 忘れてはならぬ。警視庁の刑事である私は情報を得るために来ていることを。そして、私が僕で、俺で、男であることを。

 店内に入ると取っておきの貼り付けた笑顔を作る。

「お待たせしました~!」

 さあ、情報を落としてくれよ、男ども。

 END

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