勿忘草
「だからさ、私のこと忘れて良いから」
殺風景な病室のベットの上。点滴に繋がれた彼女は笑いながらそう言った。
「私のこと重荷になって欲しくないんだ。キミにはキミの人生を歩んで欲しいし」
「エピングハウスの忘却グラフによるとさ一週間後には80パーセントぐらい忘れるらしいから」と笑いながら彼女は続けた。
僕は言葉も出ずただ立ち尽くす。
「あ、いつものあれ買ってきてくれる?」
いつものあれとは勿忘草の栞になる。呆然としたまま病室か出た。
知り合って2年、付き合うようになって1年、同棲して半年、結婚して3ヶ月。その間、手作りのオルゴールを貰ったり、逆に旅行をプレゼントしたり、色んなことした。僕にとってそれのどれも思い出深い。これからも忘れない。なのにどうして……。
堂々巡りになりそうだったので、思考を一度振り払い、彼女に頼まれたものを買いに売店への歩を進めた。
売店で栞と飲み物を幾つか買い、病院の外でコーヒーを飲む。彼女の病室には戻りづらい。そういえば勿忘草を好きになったの入院してからだよな、と思った。そして、勿忘草の花言葉を調べてみた。とにかく時間を潰したかった。
検索エンジンに『勿忘草 花言葉』と打ち込み、ページが表示されるのを待つ。そこに表示されたのは『私を忘れないで』の文字。
思わずハッとした。自分は一体彼女の何を見てきたのか。自分を殴り倒したかった。踵を返し、とにかく走った。
看護師さんが走らないで! と遠くに聞こえた気がしたけど、とにかく急いで彼女のいる病室に向かう。そして、勢いよく扉を開けると、彼女がびっくりしてこちらを見ていた。
「どうしたの?」
今はとにかく彼女を抱きしめたかった。彼女の傍により抱きしめた。また驚いていたが、僕は気にしない。
「ごめん! 分かってなかった!」
なんのこと? と、とぼけていたが、泣いているようで声が震えていた。
大丈夫だよ、僕は忘れないからーーーー。
END
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