第20話 追い詰められて
部屋は秋を示していた。
涼しい風。色褪せ始めた緑。穂を実らせたすすきが茂っている。女の死体はそんな中にあった。素っ裸の娘の死体。
死体人形を見つめる。虎刈りの頭。突っ伏すように倒れている。犯人は何故髪を切ったのか。髪を切ってどうするつもりだったのか。それを考える。
まぁ、シンプルに思いつく理由は持ち帰りたかったということだ。女子高生の髪に執着があった。となると犯人は男性か? 残るプレイヤーの内男性は貝塚聡しかいない。告訴してみるか……?
いや、さすがにこの理由だけで告訴するのは通らない気がした。男性だからという理由で犯人を追い詰められるとは思えない。もっと、もっと場を調べなければ。
俺はまた丁寧に死体を見つめ直した。川原という条件は俺にとって不利にしか働かなかった。証拠も足跡も何もかも川が流してくれる。犯人は手がかりを何もかも川に放り込めば、後は流れに任せておいても自然に消滅する。よほど重たいものでもない限り川底に沈んで回収されるという憂き目に遭うこともない。いい場所を選んだ。俺も見習うべき、だったのかもしれない。
もう一度裸の女子高生を見つめた。いや、待てよ。何故裸なんだ? これにも何か理由があるのか? わざわざ服を脱がせた理由は? 俺の頭は僅かに回り始めた。
もしかして服も持ち帰ったのか? やはり変態的な嗜好のある人間が犯人なのだろうか。
貝塚聡が頭に浮かぶ。あいつが犯人か。あいつが女子高生の髪を、衣服を、持ち帰ったのか。
あり得なくはない。だが、だが、決定打に欠ける。
もう一度思考を練り直す。何か見落としていることはないか。辺りを見つめる。
現場はどうも橋の下らしい。橋脚が見える。流れる水はそこで渦を作り、静かに彼方へ消えていく。室内に川を作るだなんて大掛かりなことをしやがる。このクラブの目的は何なんだ? こうまでして殺人犯を集める理由は?
すすきの草原を見る。どこかにまだ何か隠れているのか。この中に手がかりが。分け入ってみる。葉っぱのかさかさした感触に包まれる。
しばしかき分けた根っこの辺りを見つめる。駄目だ。ローラー作戦でも実行しない限りこの中から手がかりを拾うなんてことはできない。くそ、どうすれば。そう考えて思い至る。
ローラー作戦なら、既に警察が実行しているかもしれない。
やはり資料室か。俺は振り返ると、部屋の入り口に目をやった。静かに、そちらへ歩く。
そっとドアを開ける。駄目だ、俺は部屋から情報を得るのに向いていない。
自分に失望しながら廊下に出た。それから階段を下りて資料室へ向かった。
*
〈坂西川原女子高生殺人事件〉
資料室の書架の前に立つ。礼によって『事件全貌』の資料を手にし机の前に行く。ノートを開く。目を通した。
*
茨城県の坂西川の川原で頭を丸刈りにされた全裸の女性の遺体が発見された。所持品は一切なく、身元の特定に当たって警察は近隣で出ていた捜索願を当たり、ついに地元の高校に通う女子高生、洲崎実姫であると特定。しかしここから捜査が難航する。
洲崎は胸までのロングにピンクのメッシュという特徴的な髪型をしていたため、警察も付近の監視カメラを当たって徹底的に洲崎の事件当日の行動を洗ったのだが、不可解な点が多かった。
一、コンビニでのアルバイト後、再び勤務先のコンビニに戻り、店先のベンチに一時間ほど寝転がっていた(夏休み期間のアルバイトであったため、洲崎は制服ではなく私服のワンピースを着ていたが、先述の特徴的な髪型が洲崎のものと一致した)。
二、その様子を客である男性に見とがめられた後、洲崎は徒歩で一キロ先のバス停へ移動。
三、それから三十分後、バス停から五十メートル離れた自販機の前で座り込んでいた。
四、洲崎から警察に通報。「変な男につきまとわれている」。しかし通報の途中で電話は切れる。
五、同様の通報が三件。しかしいずれも詳細は聞けないまま電話が切れてしまう。
死亡推定時刻は最後の通報があった後一時間以内だとされた。殺害現場をバス停だとすると、洲崎はバス停から坂西川原まで、およそ一時間かけて移動したことになる。しかし川はバス停のすぐ裏にあった。現場の川原は川を渡った向こうにあるとはいえ、橋を使っても二十分以内には到着できる。警察は次の可能性について検討した。
一、洲崎をバス停で殺害した後、向こう岸の川原まで何らかの方法で運搬した。
二、洲崎を向こう岸に呼び出した後、何らかの行動があり、その後に洲崎を殺害した。
洲崎の死体の周辺に濡れたような跡があったことから、警察は一の線が有力だと見て捜査を進めたが、しかし一のパターンは証拠と呼べるものの一切が流れてしまっているため、捜査は難航。事件発覚から数年経っても、事件は未解決のままである。
*
この事件はもしかしたら知っている。当時ニュースでセンセーショナルに取り上げられたからだ。
数年前の事件。比較的新しい。となると、採取された証拠もそれなりに精度が高いものだと推定できる。俺は『採取された物的証拠』の資料を取りに行った。向かいがてら、俺の〈
『採取された物的証拠』の資料を持って再びあの部屋を目指す。そして水の流れるあの部屋に着くと、俺は資料をめくりながら改めて現場を見直した。記された証拠の数々を見ながら、現場の空気感を確認する。
*
・足跡――現場の近くに見られたすすきの草原をかき分けて進んだ形跡。詳しく調べたが、小さな足跡以外に見つかったものはなかった。足跡のサイズは二十五センチ程度だと思われるが、ものによってサイズが違うため断定はできない。平均値をとると二十四・二センチである。
・監視カメラの映像から判明した洲崎実姫の着用していた衣服について――着用していたのはワンピース。女性向けファッションブランドHoneysの秋の新作だった。背中にホックがついているタイプのもので、ドレープがあり、腰にも細いベルトをつけていた。ベルトは別売りでGUで販売されていた製品だと思われた(監視カメラの映像なので確実なことは不明)。
・監視カメラの映像に映った謎の人物――洲崎実姫から通報があった時間帯のバス停付近を映すカメラに身長百六十センチ後半台の人物の姿が映っていた。自販機の前にしゃがみ込む洲崎に接近しようとしている場面が確認されている。逆光であったため、衣服、その他特徴は分かっていない。
・バス停の環境――発着する本数も少なく、夕方から夜にかけて真っ暗になり、人目を避けられるこの場所は地元高校生の逢引の場として有名だった。実際事件発覚時も数個の避妊具が落ちていたことが確認されている。
・ハサミの形跡――遺体の毛髪を刈り取った道具はハサミである可能性が高いと思われる。バリカンにしては切り口が不揃いで、斜めに切ったような痕跡もあったためである。
*
情報を元に改めて現場を見直してみる。なるほど、解像度が上がる。うつぶせになっている女子高生の死体人形でさえ語りかけて来るかのようだ。
と、松代真帆の姿を思い出す。
あの女もここで何かつかんでいたのだろうか。この事件の手がかりを、解決の糸口を、見出していたのだろうか。
この部屋は俺の部屋じゃない。だからあいつが何を掴もうと知ったことではないのだが……しかし情報戦であるこのゲームは手がかりの数が物を言う。俺も何か掴まなければ。俺も、何か……。
と、思考を巡らせていた時だった。
無情にも、天井のスピーカーから声が聞こえてきた。
〈諸君、食堂に集まりたまえ〉
それは疑似的な死刑宣告だった。
〈告訴を受け付けた〉
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