第15話 田間マンホール死体遺棄事件
全員が食堂に集まった。俺がそれを確認すると、天井が展開してあのモニターが姿を現した。
〈若槻明宏。君は誰を告訴するんだい〉
展開されながら、モニターがそう訊ねてきた。俺はついさっきの記憶を頭の中に浮かべた。〈田間マンホール死体遺棄事件〉の捜査資料。被害者、「小室竜弥」。そしてこのゲームの参加者……。
「小室竜弥」
俺の指名に、MA-1ジャケットを着ていた童顔の男性が反応した。
「お、俺……?」
困ったように周囲を見渡している。しかし俺はそんなことには構わずすたすた歩くと告訴台の上に立った。その段になって、俺は告訴台の上に様々な道具が置いてあることに気づいた。ペンが数本、それからメモ帳。おそらくさっき〈阪根峠バイク刺殺事件〉で大関未菜が使ったのはこれらだ。そんな納得をしたところで、モニターの男が促してきた。
〈小室竜弥。被告台の上に立ちなさい〉
「い、嫌だよ……」
小室竜弥が後退りした。
「嫌だ。俺は行かないぞ! 俺は無実だ。無実なんだ!」
しかし、「あの部屋」から数名の黒い服を着た男性が出てきた。全員無言で彼に近づき、手を伸ばして彼を捕獲しようとした。小室は慌てて逃げ出した。
「嫌だ! 俺は、俺はお前らの言うことなんか聞かない! 俺は、俺は……!」
食堂から逃げ出そうとする。しかしロックがかけられたのか、ドアは開かなかった。小室竜弥は何度もドアを叩いた。しかし無駄だった。
やがて小室竜弥は黒づくめの男たちに捕まった。訳の分からないことを何度か叫んだ小室は、男たちに引きずられるようにして被告台の上に立たされた。往生際が悪く、台の上からも何度か逃げ出そうとしたが、男たちが柵の上に押しつけるようにすると大人しくなった。荒い息で、被告台を舐めているかのようだった。
〈若槻明宏〉
ゲームマスターが告げる。
〈始めたまえ〉
俺は口を開いた。
「俺は〈田間マンホール死体遺棄事件〉の犯人としてそこの小室竜弥を告訴する」
高鳴る心臓を鎮めて、先を続ける。
「本件を大雑把に説明する」
荒い息の小室以外、全員、黙っていた。
「東京都多摩市にある田間という町で、異臭騒ぎがあった。マンホールから腐敗臭。市の職員が駆けつけ雨水槽に繋がるマンホールを開けたところ、中から遺体が発見された。遺体はひどく腐敗しており、身元の特定に難儀したが、しかし腕についていた傷跡から身元が確認された……」
ここで、俺は少しもったいぶった。そして一呼吸置くと話を続けた。
「遺体の身元について話す前に、彼の生活歴について話す。彼は生前麻薬をやっていた。彼に麻薬を売っていた右島辰徳という男がおり、当然その男は捜査線上に浮上した。右島はマンホールを開ける道具も所持しており、容疑者としては有力だった。しかし右島には腹部の刺し傷を病院で治療していたという鉄壁のアリバイがあり、捜査は難航した」
誰かがごくりと固唾を呑むのが聞こえた。俺の口は止まらなかった。
「話を戻す。遺体の特定について。さっきも言ったが遺体の腕にあった傷と、事件近辺で行方不明になっていた人物とで照合が可能だった。結果、被害者が分かった。そいつの名前は……」
俺は被告台を真っ直ぐに見下ろした。
「小室……小室竜弥」
場の空気が硬直するのを肌で感じた。モニターの奥で、ゲームマスターが笑っているような気がした。俺は続けた。
「小室。いいか。お前が死んでいるものとして見つかったんだ。お前は、自分が死んだように見せかけることで何らかのトラブルから逃げようとしたんだ。もしかしたら薬物を巡って暴力団とトラブルになっていたんじゃないか? 自分が死んだように見せかけることで、その揉め事から逃げることを選択した。自分の死体の代わりには、駅前に住み着いていたとかいうホームレスを使ったんじゃないか? 事件の調査に当たって何人かの空き巣やホームレスが調べられたようだがそいつらの内の誰かを使ったんだろ? 俺が描く事件の全貌は次のようなものだ」
俺の声が食堂に響いた。
「まずお前は駅前にいるホームレスをスカウトすると、大金を渡して言うことを聞くように依頼した。そして腕に自分と同じような傷をつけ、自分の部屋で二カ月間過ごすよう頼んだ。当の自分は田間町内のホテルに滞在。こうすればホテルに溜まる髪の毛や皮膚片といった自分のDNAはホテルスタッフが清掃するからほとんど残らない。そして自分の部屋では二カ月間生活しているホームレスのDNAがどんどん蓄積されていく。やがてお前はホームレスを呼び出して殺害。雨水槽の中に捨てた。自分の死体として。自分の身代わりとして」
「言ってることに穴がある!」
小室竜弥は押さえつけられたまま叫んだ。
「その雨水槽とやら……マンホールは特殊な器具がないと開かないんだろう! 何かで読んだぞ! マンホールを開ける器具、それを持っていたのは右島だ! 逆に言うと、右島以外の人間にはマンホールを開けることができな……」
「お前の部屋から鉄パイプが見つかっている」
俺は静かに続けた。物的証拠ファイルにあった品目だ。
「先端部に錆が付着していたそうだ。もしかしたらその錆は……マンホールのものじゃないか?」
場の空気が俺に肯定的になったのを肌で感じた。
「お前は鉄パイプを組んでマンホールを開ける道具を作った。モデルは右島の部屋にあった。右島とお前は親しかった。右島の持っている道具を目にする機会だってあったに違いない」
小室は叫んだ。
「状況証拠だっ! 全部状況証拠で、俺と直接結びつく物的証拠なんか何も……」
そんなことは分かっていた。俺はその事実については百も承知だった。しかし俺は天井のモニターを見つめた。それから告げた。
「俺の告訴は以上だ。ゲームマスター。あなたは俺の説に納得できるか?」
しばしの沈黙の後、ゲームマスターが答えた。
〈概ね納得できる〉
それは死刑宣告に近い言葉だった。
〈確かにいくつか穴はあるがおおよそ『同意』できる……おや、今私は『同意』と言ったな。つまりはそういうことだ〉
小室が真っ青になった。それから一拍間を置いて、叫び出した。
「おい……おい、やめろ。やめろ。やめてくれぇ! 頼む、あああっ、やめろっ! 俺を……俺をっ、離してくれぇ!」
小室を押さえつけていた黒づくめの男性たちが、彼を引きずって「あの部屋」へと向かっていった。小室は無駄な抵抗を続けて、続けて、続けて、やがてドアの前に連れていかれると、口を開けたそこへ乱暴に放り込まれた。暗がりに投げ込まれる時、小室の「ひゅっ」という悲鳴が聞こえた。俺の心臓は早鐘を打っていた。
〈おめでとう、若槻明宏〉
モニターから声が聞こえた。
〈君の勝ちだ〉
ゲームマスターはさらに続けた。
〈事の顛末はおおよそ若槻くんの推理してくれた通りだよ。麻薬関係で自分の身が危うくなった小室は『自分が死んだように見せかける』ことで第二の人生を歩もうとした。そしてそのために罪のないホームレスを殺害して自分の身代わりとした。彼の誤算は、右島に罪を着せようと思っていたのに当の右島が長期間にわたって入院していたことだったね。右島は麻薬の売買を巡って購入者の一人から襲撃に遭ってね。腹部を刺されたんだ。麻薬売買の親玉は伝手のある総合病院に適当な言い訳をつけて右島を入院させてね。小室はそのことを知らなかった〉
……やっぱり、この件でも。
俺は静かに拳を固めた。それからモニターの方をぐっと見上げた。
こいつは全てを知っている。こいつは全てを把握している。何故だ? どうやって? 警察でも解明できなかった謎をどうやって把握したんだ? こいつは何者なんだ?
疑問は山ほど浮かんだが、具体的な解決は一切浮かばなかった。モニターが天井に格納されていく。用済みだと言われんばかりだった俺はじっと天井を睨んでいた。その視線に応えるものは、何もなかった。
*
俺は告訴席から下りて呆然とする参加者たちの中に加わった。唇を舐め、今起きた事実を反芻する。この一件は大体次のようなことを示していた。かなり大きな事実だ。
――状況証拠だけの緩い主張でも、ゲームマスターが納得すればそれは勝利に繋がる――
これはいい加減な告訴でも勝てる見込みがあることを示すのと同時に、自分の罪も大まかな主張だけで告訴が通る危険性があることを示していた。かなり危ない条件だ。そして、さらに……。
――事件の資料には、ここにいるゲーム参加者の名前も記載されている可能性がある――
そう、それはつまりは、資料さえ見てしまえば誰がどの部屋の犯人か分かってしまう可能性があるということだった。ちょうど今しがた、俺が〈田間マンホール死体遺棄事件〉の犯人を資料で見つけ、小室竜弥犯人説をゲームマスターに「納得」させたように、資料に記載されている人間から論理を無理やり組み立てて、犯人を特定することも可能だということだった。そしてその主張に穴があったとしても、おおよそ筋道が通っていれば、告訴が通ってしまうことも、あり得る。
こうなると俺のするべきことはひとつである。
俺の〈
俺は事が済むと真っ先に資料室に向かって自分の事件の資料を手に取った。『事件全貌』。それをデスクには持っていかず、その場でパラパラとページをめくった。そして確認した。
*
被害者、細江啓二の部屋から見つかったパソコンには複数の女性の猥褻な画像が格納されており、警察が調べたところによると、画像の女性はいずれも石槫荘と学生寮賃貸契約をしている立宗大学の女子学生であることが判明した。特に多く撮影されていたのは若槻華代という細江の隣室を借りていた学生であり、警察は彼女が本件と関係しているのではないかと見て捜査を……
*
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