第13話 真相
「ちょっと、えっ、そんなっ」
高松優子が叫んだ。しかし画面の男……ゲームマスターは淡々と続けた。
〈お前は人を殺した〉
それはひんやりとしたシャープな言葉だった。
〈お前は宇佐木正臣と恋愛関係にあった。いや、元恋愛関係と言うべきか〉
誰もが息を呑んで話を聞く中、俺は心底驚いていた。何で? 何でだ? 何で今そんな、細かい話……。いや、何でお前がそんなことを知っている?
〈お前は宇佐木に心酔していた〉
しかし俺の疑問をよそにゲームマスターは淡々と話を続けた。他の参加者も、ただただ黙ってゲームマスターの話を聞いていた。俺はそのことにもたまらなく違和感を覚えた。
〈依存的な恋愛をするお前は、やがて宇佐木を束縛するようになった。宇佐木は困った。その時たまたま彼は、飯塚と出会った。彼と親しくなるにつれ、飯塚はお前、高松優子の、血縁上の兄だということが分かった。飯塚とお前の両親は離婚しており、お前は母の側に引き取られ、母の再婚と共に高松姓を名乗った。お前と飯塚はそれなりの頻度で連絡を取り合っていた。だが恋愛関係については話さない、微妙な距離感だった〉
俺は周囲を見渡した。俺と同じ疑問を抱いている奴がいないか、俺と同じ違和感を覚えている奴がいないか、必死に探そうとした。しかしやはり全員黙ってモニターを見上げていた。
〈ある日。お前は、宇佐木に一方的な別れを告げられた。宇佐木としてはお前の異常な愛情からただ身を守っただけだったが、お前はそうはとらなかった〉
高松優子は黙っていた。彼女はゲームマスターの話を否定しなかった……いや、それどころか、青ざめてガタガタと、みっともなく震えていた。それが事実であることを認めるように、小刻みに震えていた。
〈お前は宇佐木を追い回した。しつこく、粘着質に付きまとった。やがて宇佐木は、飯塚に助けを求めるようになった。そして事件の日、それは起こった〉
ゲームマスターがため息をついた。ひどく残念そうだった。
〈お前につけられていることを悟った宇佐木は、バイクで逃亡を図った。しかしお前は車を使ってまた追いかけた。二輪車に対して鉄の塊だ。宇佐木は危機感を覚えた。そうしてバイクで逃げる宇佐木を車で追いかけ回したお前は、宇佐木が阪根峠で自分の兄、飯塚と落ち合っているところを見つけた。そしてひどく嫉妬した。顔も分からない誰かに取られたならまだ分かる。自分よりよほどいい女に取られたならまだ納得ができる。だが兄に、よく知った存在でしかも男である兄と宇佐木が親密な関係にあったのが、本当に、心底、何よりも気に入らなかった。お前はいつか宇佐木と一緒に死のうと果物ナイフを携帯していた。使う時だと思った。車で宇佐木たちが会合している場所に乗り込むと、お前は宇佐木を刺した〉
ゲームマスターはぽつりと告げた。
〈ついで、兄も刺した。自分の恋人と内通していた憎き兄を。そしてまだ出血に喘ぐ宇佐木を車に乗せると、そのまま逃走した。飯塚は何とかお前に追いつこうとバイクに跨ったが出血で意識が朦朧とし、動けなくなった。そこに第一発見者の車がやってきた……〉
「現場にあった大量の血は……」
急に大関未菜が口を挟んだ。
「飯塚のものと宇佐木のものが混ざっていたんですね。現場に流れていた別の誰かの血は宇佐木のものだった」
〈その通りだ〉
「連れ去られた後の宇佐木は……」
大関が訊ねた。しかしゲームマスターは興味がなさそうだった。
〈さぁ。お人形にでも、されたんじゃないか〉
するとゲームマスターのその一言を、合図にしたかのように。「奥の部屋」から黒い男たちが五名、姿を現した。彼らは真っ直ぐに被告人席に立つ高松優子の元へ向かうと、彼女の両腕を掴んだ。
「やだっ、ちょっと、やだっ、触らないでよっ!」
高松優子は抵抗した。だが、屈強な男五人に掴まれては何もできることがなかった。
〈お前は宇佐木をおもちゃにした〉
ゲームマスターが冷酷に告げた。
〈だからお前も、おもちゃにしよう〉
やがて「奥の部屋」のドアが開いた。中は真っ暗だった。そして一方的に「奥の部屋」に連れていかれそうになった高松優子は、じたばたと足掻きながら叫び始めた。訳が分かっていないような発声が主だったが、大体次のようなことも言っていた。
「何でよぉ! 何でお兄ちゃんがまーくんを、私のまーくんをっ!」
ずるずると、まるで汚い布切れか何かのように引きずられていく。黒い男の一人が高松優子の口を押さえた。くぐもった悲鳴だけが聞こえる。やがて彼女がドアの向こうに消えると、場が一気に静かになった。
〈一人脱落だな〉
ゲームマスターが満足そうにつぶやいた。
「ひとつ、訊いてもいいですか」
原告席に立った大関未菜が挙手した。
「ゲームマスター。あなたは事件の真相について知っている」
〈そうだが〉
あっさりと認めた彼に大関は続けた。
「ならば何故こんなゲームを? あなたが納得するしないに関わらず、答えはもう決まっているのですよね? だったら『告訴に同意する』なんていう手続きをとらなくても、真相を当てられれば勝ちということにすればいい。あなたの納得、同意を優先する理由は何です?」
しかし彼は小さく笑うと、答えた。
〈それは楽しいからだよ〉
大関未菜も負けじと続けた。
「あなたの目的は何ですか?」
〈私たちの世界をよりよくすることだ〉
大関が沈黙した。俺たちは……元より、発言権がなさそうだった。
〈さて、殺人犯諸君〉
モニターが音を立てて天井に回収されていった。
〈続けて頑張ってくれたまえ〉
*
あの「奥の部屋」に何があるのか、俺には想像できなかった。
ただ、あそこに連れていかれるとまずそうなことは俺にも理解できた。高松優子があの後どうなったのか、全く分からないが、しかしあの後声も悲鳴も聞こえない。口を押えられて出たのだから当然と言えば当然だったが、不気味だった。脱落者はどういう扱いを受けるのだろう。
それに、さっきの大関の質問。
ゲームの目的。真相が分かっているのに「納得」「同意」させる意味。
分からなかった。何も分からない。そもそも何が決め手となって俺の事件のことがバレたのか――バレなければこんなところには連れてこられない――、ゲームの主催者は何を思って俺たちにこんなことをさせるのか、疑問だらけだった。しかしやるべきことは、大関のおかげで明確になった。
自分の罪を隠せ、他人の罪を暴け。
これに尽きる。自分の犯した殺人についてバレないように立ち回りながら、他の殺人犯を脱落させていく。そういうゲームだ――いや、最初からそういう説明だったのだが――今、腹の底から納得した。
そしてこのゲームの、注意点は……。
真相を当てられたかどうかじゃないことだ。要はゲームマスターを「納得」させられればいい。もちろんそれには多少真相に近づく必要はあるが絶対ではない。
俺たちに与えられた手がかりは、二つと言われたが正確には三つだ。
一、現場を模した部屋。
二、資料室。
三、この屋敷での俺たちの振る舞い。
すべてが手掛かりになる。すべてがヒントになる。
高松優子が脱落した後の食堂で、俺は一人そう考えた。
大関未菜が原告席を下りた。他の殺人犯たちもぞろぞろと部屋から退散し始める。俺も動かなければ。そう、誰よりも賢く、誰よりも早く情報を得て、あのモニターの男を、ゲームマスターを……。
納得、させなければならないのだ。
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