第9話 自分の罪を隠せ、他人の罪を暴け

〈部屋に見覚えはあっただろう〉

 男の声。誰も答えない。

〈あれは完全なる再現だ。諸君の事件現場の、な〉

 繰り返しになるが、諸君は……と、画面の中の男は続けた。

〈世間でいう『迷宮入り殺人事件』の犯人たちだ。地球上の他の人類と同じように罪を犯しているが、その罪の中でも一等重い罪を犯した人間たちだ。ここにいるは、人を殺した上に逃げおおせている極悪人だと言える〉

 六人……? 俺は辺りを見渡した。七人いる。俺たちは七人いるぞ。

〈人数については後で触れようか〉

 男が俺の気持ちを察したかのようにつぶやいた。俺は画面をじっと睨んだ。

〈私が諸君に求めることは極めて簡単だ。シンプルの一言に尽きる。細かいことは後回しにするとして、まずスローガンから教えようか〉

 それから男は少しの間沈黙した。満を持して告げられた言葉は、不思議な重みをもって俺たちに迫ってきた。

〈自分の罪を隠せ、他人の罪を暴け〉

 ……言いたいことが、漠然とだが見えてきた気がした。

〈諸君には犯人当てゲームを行ってもらう。先程見てもらった各部屋は諸君の殺人現場の再現だ。そしてここに集まった人間の中にその各部屋の犯人がいる。誰がどの部屋の殺人犯か、当てたまえ。そして自分がどの部屋の犯人か当てられないよう苦心したまえ。いいか、隠し、暴くのだ〉

 六つの部屋に対して七人いるのは……男は淀むことなく続けた。

〈七つの部屋に対して七人だと、残り二人二部屋になった段階でゲームが成立しなくなるからだ。六つの部屋に対して七人なら、残り二人一部屋になった時に押し付け合いが発生する〉

「つまり」

 と、俺の隣にいた貝塚聡がいきなり声を上げた。全員の目線が彼に集まった。

「冤罪が一人いるっていうことか」

〈その通り〉

 男は嬉しそうに頷いた。今さら気づいたが、どうやらこれは録画じゃないらしい。

〈諸君の中には無垢なる羊が一匹紛れている。かわいそうに。しかし諸君は人を殺した狼だ。今更その羊を生贄に捧げることに抵抗はあるまい〉

 そしてそう、生贄に捧げられるということは……男はすらすら続ける。

〈この犯人当てゲームに当たっては、必ずしも正解を答える必要はないということだ。そうじゃないと冤罪が発生しないからね。君たちは各部屋の犯人について、もっともらしい理論で武装してここで告訴をすればよいことになっている。あまり抽象的なことばかりを言っても分かりにくいだろうから、ひとつデモンストレーションをしようか〉

 と、その言葉を合図にしたかのように、老執事が前に出た。いつの間にやら隣に数名の男が立っており、それらの内一人と、老執事とがそのまま歩いて俺たちの前に来た。男が手すりに囲われた台の上に、老執事がその向こうにある立派な机の前に立った。

「私はかれこれこういう理由でこちらのA氏をBの部屋の犯人だと告訴します」

 老執事が宣言した。すると画面の中の男が頷いた。

〈同意する〉

 画面の中の男の声を合図にしたかのように、控えていた数名の男が台の上に立っていた男の両脇を抱え、それから俺たちが入ってきたドアとは反対側にあったドアに男を連れていった。彼らが部屋から出た頃になって、画面から声が聞こえてきた。

〈以上のように、諸君は部屋の犯人が分かった段階で『告訴』してもらう。そして『推理』を披露する。その内容に私が『同意』すれば告訴された人間は『犯人』だとみなされて有罪となる。有罪人は裁かれなければならぬ。あの部屋の向こうには……〉

 沈黙。あの部屋。男が連れていかれた部屋。

〈おっと、楽しくない話はよくないね〉

 誰かが固唾を飲む音が聞こえた。画面の中の男は楽しそうだった。

〈手がかりは二つだ。先程見て回った『殺人現場の再現部屋』。ここには当然多くの証拠が残されている。参照したまえ。そしてもうひとつ。この屋敷には『資料室』がある。各部屋の現場について、警察が捜査した結果得られた情報がまとまっているのだ。適宜参照して、推理の助けとしたまえ。安心しなさい。資料室は後で執事の方から案内がある〉

 机の前に立った老執事が一礼した。しかし俺たちは誰も応えなかった。

〈さらに、細かいルールについてだが……〉

 男はそう続けた。

〈論理に欠陥がある、あるいは根拠不十分、その他私が『同意』できない何らかの理由があり『告訴』が取り下げられた場合、当該告訴を行ったプレイヤーは次に誰かが『告訴』するまでの間、告訴権を剥奪される。告訴にミスすると一回告訴できなくなるということだ。気をつけたまえ〉

 告訴の乱発はできない。そういうことだと理解した。当てずっぽうに犯人を指名することはできないということだ。

〈さて、君たちのやるべきことは分かったね〉

 モニターが動き出した。天井が展開してモニターをしまいにかかる。しかし男の映像は続いていた。天井に収納されながら、男は楽しそうにつぶやいた。

〈楽しませてくれよ〉



「こちらが資料室になります」

 食事の後。

 老執事は俺たちを別室に案内した。先程食事をとった大きな部屋の脇。小さなドアがひとつあって、そこを開けると身長の二倍はある巨大な書架が並ぶ図書室のような空間があった。なるほど。これが資料室か。

 棚の各所にカードが挟まっており、それらは本の背表紙からほんの少し前にせり出すような形になっていた。カードには各事件の名称が書かれていた。〈阪根峠バイク刺殺事件〉、〈田間マンホール死体遺棄事件〉……それらに並んで、俺の〈石槫いしぐれ荘密室殺人事件〉。

「閲覧に当たって、資料を広げる必要がございましたらあちらのデスクをお使いください」

 老執事が示した先にはちょっとした体育館くらいのスペースがあって、そこに畳二畳分くらいの机が七つ、並んでいた。

「先程も申しましたが、上の階の各部屋は殺人現場の再現でございます。適宜そちらの方も参照しながら、推理を進めてくださいまし。室内のものは自由に動かしたり、触ったりしていただいて構いません。しかしあの部屋は完全な再現でございます。手を加えるということは、完全を崩すことになりますのでご注意ください」

「ひとつ訊きたいんだが……」

 不意に俺の傍にいた背の高い男が挙手をした。執事が応えた。

「どうぞ」

「一人冤罪がいると言ったな。今ここでその一人が名乗り出てもいいんじゃないか」

「それは無駄かと」

 執事は丁寧に告げた。

「仮に誰かが『私は無実だ』と言っても、それを証明する手立てはございません。それに犯人なら誰しも『私は無実だ』と言いたがるものです。名乗り出る行為が身の潔白に直結するとは言えません」

「ま、まぁ、それもそうだな」

 背の高い男はすぐに引き下がった。自分が無罪だと宣言する気もないらしい。ということは、こいつも殺人犯なのか。少なくとも、俺たちがさっき見てきた部屋の中の、どれかの。

 想像を働かせた。ここにいる人間は一人を除き殺人犯。少しぶるりとした。

 体が震えた理由は、自分の命が危ないからか。いや、それとも倫理的反感からか。少し考えてみたが、おそらくそれらの理由ではなかった。ただ自分と同じ人間がこれだけいるという事実が不快だったのだ。日本は、警察は、何をやっているのだろう。自分のことは棚に上げた憤りを覚えた。馬鹿馬鹿しいと思ったが、まぁ実際俺は馬鹿なので仕方ないと思った。感情が先に立ってしまうのだ。

 ……そう、感情が先に立ってしまったから。

 俺はあんな事件を起こした。あんな方法で細江を殺した。

 引き金を引いた時の感触を思い出す。

 発砲の衝撃、反動を思い出す。

 命の重み。魂を消し飛ばす炎。

 掌を見ると震えていた。俺は拳を握った。

 華代は今も元気でやっているだろうか。そんなことを思いながら床を見つめる。敷かれた絨毯の模様が美しかった。華代が見たらきっと、喜ぶだろうな。そんな場違いなことを思った。老執事の靴はピカピカだった。

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