9話 財閥令嬢の7つ道具『モンケン』

 オークキング ユーリエの得物は50kgの超重量の斧である。

「これだけ重いと人間の武器なんて棒きれの様に折れるし、盾も鎧も関係ねぇ!!!全て押しつぶしてやる!!!」

 意気揚々と階段を降りるオークキング。

 だが、

「大変です!!」

 4階の窓から外を見ると

「……………なんだ、ありゃぁ…………」



 直径1m。重さ約5t。

 クレーン車に釣り上げられたそれは、武器と言うにはあまりにも大きく、大きく、大きすぎた。

 というか武器ではなく解体道具である。


 その名を『モンケン』という。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 降伏勧告を断られた、吉弘嬢は大型クレーン(私物)を取り出すとエンジンに火を付ける。

 ジェイソンのチェーンソーのように不吉と破滅の音を響かせながら、『安全あんぜんのために』という教本を書いた人が見たら卒倒しそうな用途での使用を行うため、この世界の住民が見た事もないような巨大な鉄珠をクレーンでつり上げ始めた。


「…なんだこれ?」

 以前見たバカでかい鉄の塊(ショベルカー)よりもさらにデカイ機械と、もっと見たことのない鉄の球をみてホビットたちは絶句した。


「これは『モンケン』ですわ」


「もんけん?」

 こちらの世界にいた賢者でさえも首を傾げる。それほど一般人にはなじみない名称だからだ。

 クレーン車にワイヤーでつり下げられた巨大なトンクラスの鉄球。


 モンケン。


 それはあさま山荘事件で使用された破壊用の巨大な鉄の球であり、振り子の要領で破壊する建造物に叩きつける道具、その正式名称が『モンケン』である。

(※用途によってはモンケンハンマーという円筒形のくい打ち道具の形状のものもあります。というか現在ではそちらが主流です)


 仮面ライダーV3第7話での特訓道具としても知られる道具ではあるが、まあまともな生物ではその衝撃に耐えられるはずもない。


 なお、モンケンは思った通りの場所を破壊するのが難しかったり、その破壊音のうるささから市街地で使われる事はなくなり、田舎の工場などでほそぼそと稼働している。らしい。

 さすがに筆者も現物は1度しか見たことがないので調べなおしたら、そんな現状になっていた。


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 塔の下でものすごい轟音が鳴り、塔全体が揺れる。

 遠心力をつけて揺れる5tの鉄塊が塔の南側にクリーンヒットしたのである。

「やりましたわ!!!」

 クレーンゲームが成功したかのように黄色い声を挙げる吉弘嬢。


 5階建ての塔は高さ15m程だったが、吉弘嬢が呼び出したクレーン車は全高20m。

 塔よりも高いドラゴンにも匹敵する化け物だった。


 そこへ

「3階の右から石が2つ。4階の正面から矢が来てるで!!!」

 敵のささやかな抵抗を報告するホビット。

「おっと。精霊よ我らを守りたまえ。マジックシールド!」

 と賢者が呪文を唱えると、落下物は防がれる。

 矢はドワーフが楯でガードした。

 クレーン車は頑丈だが、運転手が狙われる可能性があるので全力でサポートするパーティーメンバー。

 このお陰で、二回目の振り子の振り上げに成功し、今度は西側の石積の壁がベニヤ板のように簡単に壊れ、ピサの斜塔のように傾いて行く。


 なお出口となる一階への階段は、当然ながら『魔法の扉最強の拷問具』で塞がれて出られない。

「出してくれぇええええ!!!!」

「何で出られねェんだよおおおおおお!!!!!」


 それに対し数の暴力ならぬ、質量の暴力に圧倒される塔のボスと魔物たち。

 そんななか


「た…隊長。隊長の怪力で何とかしてくださいよ」


 と、怯えながら発言する魔物がいた。

 その言葉に、多くの魔物が『無茶言うな』と内心思ったが、こうなったら頼れるのは隊長の馬鹿力しかない。

「そ、そうですよ。隊長ならやれますって!」

「ええ!隊長の怪力なら大丈夫っすよ!」

「隊長はいつも、死ぬ気でやれば何でもできる!って言ってたじゃないっすか!!!」

 部下たちは、最後の希望とばかりに期待の目を向ける。

「え?ちょっ…おま……」


 あんなのどうにかできるわけないだろ。


 隊長はそう言いたかったが、普段から己の力を自慢し、人間など恐れるに足らずと言っていた手前、安易に「無理っす」などとは言えない雰囲気になっていた。

 普段なら「お前やっとけ」と面倒事は部下に押し付けて逃げていたブタは、最悪の事態で逃亡出来ない状態になっていたのである。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「やってやる…やってやるぞ……」

 自分に言い聞かせるように愛用の斧(重さ50kg)に意気込みを語るオークキング。

 対するは物言わぬ鉄球(重さkg)。

 

 約100倍の重さを持つ化け物である。 

 どこからどう見ても勝負はついているのだが、魔物には負けるとわかっていても引けない戦いがあるのである。…………たぶん。


「こいやぁああああ!!この斧でぶっ飛ばしたらぁああああ!!!!」


 アドレナリン全開で叫ぶオークキングさん。

 目を血走らせて正気を失ったようにヒステリックに叫ぶその姿は、会社から達成不可能なノルマを提示されて悲痛な戦いに挑むサラリーマンにも似ていた。

 魔王軍などに入らず、村の農家を継いでたらこんな目に遭わなかったのに。

 この戦いで生き延びたら、絶対に軍を辞めて田舎に帰るぞ。と思いっきりフラグを建築しながら絶望という名の鉄塊を見据える。

 まあ、彼自身地位に物を言わせて部下を虐めパワハラをしていたので同情の余地は全くないのだが、それでも大きさを比べると哀れに見える。


 次にモンケンが破壊しようとする場所に先回りし、窓からタイミングを合わせて飛び出す。

 斧を振り回す姿をイメージトレーニングする。

 気分は竜退治をする騎士そのものである。


 ゆっくりと放物線を描いて迫りくる鉄球。

 それが来るタイミングに合わせて窓から大きく飛び出し、自慢の斧を横に振りかぶりフルスイング。そして……、


「……………ッッッッッッ!!!!!!!」


 斧はまっぷたつに折れ、オークキングの巨大な腕は




    曲がってはいけない方向に、思いっきりへし折れた。




「ぎゃああああああ!!!!!!」

 先ほど彼が言っていた通り、

『これだけ重いと人間の武器なんて棒きれの様に折れるし、盾も鎧も関係ねぇ!!!』

 状態である。

 一応、オークキングの名誉のために言うと、運動中の5tの鉄球に金属製の斧を叩きつけて命があるだけで十分化け物であり、並の人間なら『体を強く打った状態』で死亡が確認された事だろう。


 ボスの名は伊達ではないのである。


 だが、魔物たちには隊長の努力など見えない。

 彼らが求めていたのは、あの巨大な化け物を退治する結果だったのである。

 まるでつまようじのようにポキリと折れた斧をみて

「「「「逃げろぉおおおおお!!!!」」」」

「畜生!あのブタ、普段はあんなに偉そうだったのに役にたたねぇ!」

「死ねブタと思ってたけど、どうせ死ぬなら、あの化け物と刺し違えて死ねよ!本当に使えねーな、あのパワハラブタ!」

 と一目散に逃げ出す魔物たち。

 その下で、3度目の轟音がなる。

 また、別の壁が破壊されたらしい。

「おい!なにをやってる!早く外にでろ!!!」

 渋滞を起こしている入り口付近をみかねて魔物が叫ぶ。だが

「ダメだ!!!やけに堅い鉄格子があって出られん!!!」

 最凶の武器発動中であった。

「はぁああああ???鉄格子くらい体当たりで壊せるだろぉ!!!」

 と、言った瞬間、4発目のモンケンアタックが炸裂し塔は崩壊した。


「ワシの塔がぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「隊長ぉぉおおおおおお!!!」


 簡単に壊されたので軽そうに見えたが、一つ70kgはある石の塊が崩壊し上に乗るたびに内臓が潰れ、骨が砕けて行く。

「こんな…こんな死に方はいやだぁあああああ!!!!!」

 魔物たちの断末魔は塔の崩壊の音にかき消され聞こえる事は無かった。


 かくしてサイキ国を苦しめる魔物たちの住処は正義の鉄槌で崩壊した。

 そして、お嬢様たちのレベルは上がったのである(隠語)

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