第2話 少女は魔王と世界を賭けて、博打を打つ

魔王との領地交渉『あ、ごめんなさい……。………この程度の国も侵略できてない時点で、そちらの国力も察して差し上げるべきでしたわね』


 魔王から世界を救う代わりに、世界をよこせ。


 救世主として呼び出した勇者から、そんな提案を受けた王様は目を白黒させた。

 綾香嬢としては、技術援助をして中世レベルの国家を近代化する対価を要求したつもりだったのだが、王様にとっては新しい魔王が登場した気分だった。


 折角呼び出したが、元の世界に強制送還しようかと思った時、黒い影が湧きだし、邪悪な姿を形作った。


「きっ!貴様は魔王チオーッ!!!」


 黒い翼に、黒い角。地球の悪魔のイメージをベースとしたそれは、ニンゲン全てを根絶やしにし、世界を我がものにしようとする邪悪な存在だった。

「ふふふ、貴様が我に敵対する勇者か…」

 ひ弱な小動物を値踏みするような目で綾香を見下す魔王。

「どのような戦士かと思えば、ただの子娘ではないか。そんなナリで我に逆らおうとするとはなんとも身の程知らずな「いえ、交渉は決裂しましたわ」こと………は?」


 宣戦布告をしようとしていた魔王は虚をつかれた。

 交渉が決裂?

 人間である勇者が人間を守ろうとしない?

 

 自分が何を言われているのか分からなかった。

 同族同士は協力し、他種族を滅ぼす。

 そんな牧歌的な仲間意識が魔王の脳には常識としてインプットされていた。

 そんな予定調和をぶち壊しにされて困惑する魔王に、お嬢様はまったく邪気のない笑顔で、こう言った。


「だって、この国といいますか、この世界んですもの」


「……へ?……え?」

 人間を根絶やしにし、一人占めしようとしている世界を無価値と断じられた。

 それも年端もいかない、蚊も殺せそうもない可憐な娘に。

 あまりのギャップに言葉が出ないでいると

「文化レベルは中世並。冶金技術も未熟でレアメタルの量にも乏しい。農作物は貧弱。化学肥料どころか有機肥料も未発達。ええと、たしか魔王さんでしたっけ?」

「………あ?ああ。余が魔王である!」

 わけのわからない呪文に困惑していたが、名前を呼ばれて少し威厳を取り戻す魔王。そこへ

「同じ集団を率いる者として忠告いたしますけど、手を引くか、現状で侵攻を止める事をお勧め致しますわ」


 それは皮肉でも、策謀でもなく。本当に『』だった。


 おまえ、それは人間としてどうなのよ?と魔王は思ったが、そもそも人間は敵であり、なれあいの対象ではないので、言葉を飲み込んだ。


「まあ、それでもこの土地が欲しいと言うのなら、どうかしら?そちらの方で魅力的な報酬を提示できるなら、交渉してもよろしくてよ」

「貴様!魔王様に戯言を言うな!」

 急にカラスのような鳥が飛びだして、綾香を襲おうとした。だが


 ターーーーーーーーーーン…


 どこから取り出したのか、綾香嬢は短銃を発砲し、カラスの顔面すれすれを打ち抜いていた。

「次は当てますわね」

 可愛い顔をして、一切の容赦がなかった。

 テロや暴力団との交渉に情け容赦は邪魔になるだけだ。

「で、どうします?この国の代わりに魅力的な条件を提示するなら、この赤字物件の買収に協力して差上げてもよろしいのですが」 

「え?………うーん。この世界の半分をやるとか?」

「あまり欲しくありませんわ」

「おまえ等、国王を無視して勝手に交渉するんでない」

 王様は完全に蚊帳の外だった。


 その後も色々条件交渉を重ねたが、同意には至らなかった。

 というか、現代社会並の世界に変革しようとする綾香の要求レベルが高すぎたのだ。それに気が付いたのか綾香は

「あ、ごめんなさい……。………この程度の国も侵略できてない時点で、そちらの国力も察して差し上げるべきでしたわね」

 と、余計すぎる一言を言った。


「あやまるなぁ!!!心底悪かったって感じであやまるなぁ!!!」

 全世界に同時侵攻などというアホな戦略を取ったせいで世界征服出来ていない魔王にとって、格下の人間を滅ぼせていないというのは実に痛い急所だった。

 そして、その言葉は今まで魔王に怯えきっていた人間たちにも『言われてみればそうだな』と、舐められる素地を与えてしまっていた。


「よーし!分かった!!!」

 顔を真っ赤にして怒った魔王は、交渉は終わりとばかり

「こんな国、どうでもよかったが、全勢力を投入して滅ぼしてやる!!!このクソ女が後悔するくらい徹底的にやってやる!!!」

 魔王はぶちきれて叫ぶ。

 この大陸には8つの国が存在しており、魔王は8つの国に同時攻撃をかけていた。

 それを一国に集中すると言うのだ。

「あら。でしたら、わたくしもその勝負に乗りますわ。賭けるもの人類の支配している土地すべて。そちらが負けたらお城とその周囲の土地以外は総て私が頂きますわね」


 この世界の命運を、彼女が魔王との賭けに利用した瞬間だった。


「よくぞいったな!その言葉、後悔するなよ!」

 


「なんてことしてくれとんじゃ!!!お主!!!」

 魔王の言葉に王様は真っ青になる。だが

「あら。私はこの国との交渉は決裂しましたの。ですので、この国がどうなろうと関係ないのですけど?」

「貴様、本当に赤い血が流れておるか?もしかして緑とか青色ではないのか?」

 あまりにもあんまりな言葉に不覚にも、魔王が人間に同情する。

「魔王さんは頭脳に何か深刻な欠陥でもお持ちなのかしら?よろしかったら、ウチのかかりつけ医を紹介しましょうかしら?」

 そんな優しい魔王にビジネスマンよりも外道になれる綾香嬢が、さらに挑発を続ける。

「いるか!お前のような女を呼んだ時点で、この国もこの王も同罪だ!!!覚悟しろ!!!」

「だから、私とこの国は無関係だとお伝えしてますのに………どうして理解してださらないのかしら?」

「「お主、ここまで国家間の関係を悪化させてそれはないだろう」」

 人間とは明らかに違う何かを見るような目で魔王と王様は綾香を見る。

「わかりました」

そういうと、綾香は魔王を指さして決然と宣言した。

「あなたが勝利したら、この世界はさしあげましょう」

「え?それ、困る」

 勝手に自分たちを賭の対象にされた王様は抗議したが、誰も聞いていなかった。

「ですが」

次なる提案に王も兵士も魔王たちも固唾を飲んで耳をすませる。

「私が勝利した場合、サポート料、コンサルタント料、専属契約料などを含めて、この世界を頂きます」

「「「新たな魔王が誕生するだけじゃねぇか!!!」」」

 王様と、仲間として待機していたホビットとドワーフが叫ぶ。

「あら?私は人間のみなさんを食べたりしませんし、こんな原始的な生活よりもずっと快適な生活に作り替えますわよ」

 と、ボランティア精神溢れる目で『啓蒙すべき原始人』に素晴らしい未来を提案する。

 まったく悪気がないので非常にタチが悪い。

 唖然とする人類たちを尻目に、魔王に向き直ると宣戦布告とばかりに手袋を手渡しし、

「よろしい。では世界を賭けて戦いましょう。魔王殿」

 凛々しくも令嬢は言った。

「…お…おう。それは良いのだが、そこにいる王の意見は良いのか?」

「王様?」

 後ろを見て、原始的な統治しかしていないニンゲンを見つめる綾香嬢。そして

『えーと知らない人ですね』

 と、目で言いながら

「よろしい。では世界を賭けて戦いましょう。魔王殿」

 改めて宣戦布告をした。


 何故、このような結論になったのか、その場の誰もが分からなかった。

 ただ異世界から呼ばれた異物が国家間の問題をひっかきまわして徹底的に破壊したのだけは理解できた。

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