ふられちゃった

 今日も今日とて日光浴。

 暑くてもカラッとしていた陽気が続いていたが、最近では湿気も多くなり突然の大雨が降る日も増えた。一度だけ雹が降った時は死を覚悟した。結局、葉を突き破られることもなくてホッとしたけど。

 マサミちゃんもここ数日の荒れた天気に心配なようで、いつもの陽当たりが良い場所から庇のあるところへと移してくれた。びっしょりと濡れてしまうのは変わらなかったけど、大雨による激しい衝撃を受けるのが減ってありがたい。


 そんな優しいマサミちゃんだが、このところ帰宅の時間が遅くなりがちだった。そして、本人の様子も少し変わりつつあった。私を大事にしてくれるのはいつものことなんだけど、私以上に大切な別の存在ができたのだ。

 彼女もお年頃だ。それに可愛い、声も良い。好きな相手の一人や二人できてもおかしくはない。薄ピンクのパンティーの他に、紫や赤などの欲情をそそるデザインが洗濯物に増えているのは、やや妬ましいけれども。


 ――「初めて利用した美容院で知り合ったんだけどね」

 ――「今日、食事に誘われちゃった!」

 ――「ルーサー、見て! 彼に買ってもらっちゃった! 可愛いでしょ、ピアス」


 マサミちゃんのを聞いているのも楽しい。馴れ初めから始まり、日毎にエスカレートしてゆくデートの内容。何を食べた、どこへ行った、キスした、朝帰りしてごめんね、エトセトラ。どんな話でも、彼女は幸せそうだった。もちろん私も幸せな気分だった。

 いつかは彼氏もこの部屋にやってくるのだろう。マサミちゃんの手料理を食べ、マサミちゃんと一緒にお風呂へ入り、そしてマサミちゃんと一緒のベッドで眠る。それが愛の営みというものだ。その相手が私だったら……と思ってしまうのは、私もまだ未熟者である。願わくば、二人でイチャついてる時は、たとえ夜でもベランダへ置いてもらいたい。


 この日は夕方から大雨が降り出した。庇の下、そして水捌けの良い場所に置かれているおかげで溺れるようなことはないけど、場所が悪ければ水没してしまいそうなほど激しい雨量だった。

 遠くでサイレンの音が聞こえている。激しく打ち付ける雨音と相まって、私はなんとなく不安な気持ちだった。早いとこマサミちゃんの声を聞いて落ち着きを取り戻したいものだ……と思っていたら「ただいま。ルーサー」って声がした。

 私の思いが通じたのは嬉しいが、今日は予定よりも帰りが早い。しかも、びしょ濡れではないか! この大雨のせいなのは分かるが、傘を持って出て行ったのを黙認しているので、びしょ濡れの姿には驚きだった。風邪でもひかれたらどうしよう……動けない私には彼女を看病してあげられない。

 すぐに私を抱えて部屋に入るわけでもなく、彼女はしゃがんだままじっと動かずにいた。タイトスカートの奥に見える赤い布地が、いつもより鮮やかに見える。そうなのだ、赤いパンティーの日は彼氏とデートで帰りが遅いはずなのだ。


「……ルーサー」


 しゃがんだ状態でにじり寄ったマサミちゃんは、雨が私に当たらないよう覆いかぶさるように顔を近づけてきた。より近くに寄ったせいで、パンティーの見える面積が大きくなっている。しかし、今の私は彼女の表情が見たかった。

 彼女は私の片耳(すっかり大きくなった新芽の片割れ)の厚みを確かめるように摘まんで、もう一度「……ルーサー」と呼んだ。その声は低く、感情を押し殺しているようだった。私は溜め込んでいた水分をそこへ送り込んで、「いったい、どうしたんだい?」と葉の厚みを膨張させ応える意思を示した。


「……ふられちゃった」


 あぁ、分かってる。だから、早く部屋に入って濡れた髪や体を拭いた方がいい。どうせならシャワーを浴びた方が、気分もサッパリするんじゃないか? 私を部屋の中に入れてくれるのは後でもいいから、まずはびしょ濡れの自分を何とかするんだ。


「なんかね……重いんだって」

「気に入ってもらえるるよう……色々と頑張ったんだよ」

「嫌だなって思うこともあったんだよ……でも、我慢して……なのに……」


 彼との間であった出来事をポツリポツリと語り出したマサミちゃんは、感極まったところで「ルーサー!」と泣き出してしまった。

 私が喋れなくて本当に良かった。違いだった。片耳(すっかり大きくなった新芽の片割れ)に触れるマサミちゃんの指が小刻みに震えている。私に雨が降りかからないよう彼女が覆いかぶさっているはずなのに、葉のあちこちでポタポタと水滴が当たっていた。それは、ほんのりと温かかった。

 彼女の震えは止まらず、温かい雨もやむことはなかった。どうにもしてあげられない苦しさに悶えながら、私は黙って彼女が落ち着くのを待った。しゃがんでいるのにも疲れたのか、手を離し両膝を落としてへたり込んでしまった。視界がパンティーから外れたのは良いが、項垂れた彼女の黒髪しか見えないのも困りものだった。


 声を詰まらせて泣いている間に、雨の音は次第に弱くなっていた。マサミちゃんもようやく落ち着いたようで、びしょ濡れの髪を後ろに束ねながら「あーあ、スーツが台無し」と愚痴をこぼしだした。

 すっかり腫れぼったい目となってしまったが、泣き止んだ彼女の表情は明るさと可愛らしさを取り戻していた。上着を脱ぎ、白シャツのボタンも外し、タイトスカートにも手をかけて「もう脱いじゃえ!」とファスナーを一気に下ろした。

 ベランダは覗かれる心配の無い造りをしているとはいえ、さすがにこれは大胆な行動だった。ボタンだけ外れていた白シャツまでも脱ぎ、ストッキングも脱ぎ、残すは真っ赤なブラジャーとパンティーのみの姿となってしまった。

 弱くなったとはいえ、雨はまだ降り続いている。露になった肌はあっという間に雨水が纏わりつき、眩しかった赤いブラジャーとパンティーもだんだんと色が変化してゆく。両手を背中に回したのでブラジャーも取るのかと期待したが、私の熱い視線を感じたのか「コレは、いっか」と呟き、いったん手をダラリとさせてから両手を腰に当てて天を仰いだ。


「ルーサーは、この姿……見えてるのかな?」


 腰に手を当てたままグーっと前屈みの姿勢をとって話しかけるマサミちゃんは、私を挑発しているかのようだった。体が火照っているのか、白い柔肌がうっすらとピンク色に染まっていた。冷たく激しい雨に打たれ続けたせいで、熱を出してなければいいけど……。


「そうやってルーサーが黙って聞いてくれるから、私も気がならないでいられるんだ……いつも、ありがとう」


 こちらこそだ!

 動物相手ならわかるが、こんな頻繁に植物へ語り掛けてくれる人なんて、生前の頃から滅多にいなかった。私は本当に幸せだ。

 マサミちゃんが以前から楽しみにしているように、いつか私は彼女に食べられてしまう時が来る。それまでは美味しい成分を蓄えるだけ蓄え……おっと、そうだ! このタイミングで食べてもらうのはどうなんだろう? そうすれば、きっと元気百倍になってくれるはず?


「ルーサーを食べたら……元気出るかなぁ」


 そうだ! 出るぞ! さぁ、食べるのだ!

 この気持ちを伝えたい一心で、私は根っこの方から力を振り絞り、さらに葉を厚くさせるため、ありったけの養分を全体に循環させた。再びしゃがんで私の片耳(すっかり大きくなった新芽の片割れ)を触り始めたので、ここぞとばかりにパンパンな私をアピールした。


「でも……まずは、お部屋に入って葉っぱを少し拭かなくちゃね」


 そう言って、脱ぎ捨てた服たちを拾い纏めギュッと抱きしめた。とりあえず余計な水分を飛ばして部屋に戻ったマサミちゃんは、バスタオルで髪を拭きながらベランダに戻ってきた。


「よいしょっ!」


 私を持ち上げ部屋へと連れて行こうとするのはありがたいが、ブラジャーとパンティーのままなのは刺激が強い。片耳(すっかり大きくなった新芽の片割れ)の先っちょが彼女の柔らかい部分にプニュっと当たっている。葉の縁の当たりどころがピンポイントだったのか「あん!」と、今まで聞いたこともない裏返った声がした。

 部屋の中へ入り、鉢と葉を綺麗にしてもらって、深めの水受け皿の上へ移された私は漸く力を抜いた。


 外は再び激しく振り出した雨の音、室内はマサミちゃんの鼻歌とシャワーの音。

 そして私は、全ての気孔を開いて部屋に充満しているを吸収していた。初めて聞いた「あん!」という艶めかしい彼女の声も思い出し、昇天できず賢者にもなれないもどかしさを養分に変えて蓄えていた。

 結局、今日のところは私を食べるというイベントが発生しなかった――。

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