ゲーム10:鈴川早織への愛の誓い③

「え?」

「は?」

「健吾?」

「えっ……」

「誰っすか隣の美女は……!」

 一樹に至っては今すぐ飛んでいきそうなほど、身体を前のめりにしていた。

「おい、止めろ、一樹」

「いや、だって、弘人君、こんな美白少女っすよ? まるでお人形さんじゃないっすか?! もうこれはちょっと、衝動的にね、ならないっすか?!」

「セクハラでしょ、それは」

「セクハラが何すか?!」

 唾を飛ばしてまで熱弁する一樹を横目に、僕は溜息一つ。

 ――嫌な予感ってのは、これだったのか。

「すまん、みんな」

 健吾が、至って真面目な顔で切り出した。

「健吾君、これはどういうこと?」

「あ、伊織先輩、この子、知ってますよね?」

「知ってるも何も……真緒ちゃん、勝太君大好きだったんじゃないの?」

 伊織先輩は、薄ら笑いを浮かべながら問うた。

「何回かケンティと会って、もう、この人しかいないって思ったんです」

「ほぉ……なるほどね。そうか、二人もう付き合ってるのね。そっかそっか」

「今まで、ありがとうございました。僕ら幸せに暮らすので」

 結婚する気なのか、その言い草は。

 何はともあれ、二人はニヤニヤして顔を見合わせ、また腕を組んで、自転車置き場の方向へ歩いていく。

「あ、これから告るやつらは頑張れよ」

 勝ち誇ったような笑顔は、どれだけ記憶から消そうとしても消しきれないような、うざったるいものだった。


 それを境に、何事かと、あっちこっちからわらわらと人間が集まってくる。

「おい、健吾!」

「お前、その女の子誰だ?!」

「健吾、付き合ったのか?!」

「お前が女子と付き合う日が来るとは」

「ヒュー、ヒュー!」

 健吾と真緒ちゃんの周りには大きな人だかりが出来ていた。

 だが、それを跳ね除けて、二人並んでどこかへ行ってしまえば、大体の人がパラパラと、また自転車やバスで帰っていく。


「今だ、それじゃあ、ちょっとセットしようかな。はい、早織、階段、一段上がって」

「……え」

「それで、順番はどうする? ……そうだ、名前の、逆五十音順で行こう」

「つまり……?」

「弘人君、勝太君、一樹君。一樹君は大トリ。どう?」

「……まあ、良いんじゃないですか?」

 トップバッターは、一瞬抵抗感を感じたが、どうせフラれるんだ、と誰かに唆され、すんなりと身体が受け入れた。

「それじゃあ、順番に並んでーみんな」




「それじゃあ、順番に並んでーみんな」

 ――何、ドラマみたいな演出しようとしてるの。恋愛ドラマの見過ぎだって……。

 小さな階段の一段目に立たされた私は、下から、慌てたような覚悟を決めたような顔をした三人の男の顔を順番にサラッと見つめた。

「ヤバいって……」

 顔が紅潮するのを、もう止めることは不可能だった。そんな経験、常人は一回もしないはずなのに。

 ――それでも。

 心の中がいささか軽く感じられる。多分、空洞が、あるのだ。

 理由は明白だ。

 ――健吾君。


 あの時、とよやま園のトイレの前で、彼はそっと耳打ちしてきたのだ。

「勝太、多分慣れてないんだ。許してやってくれ。まあ、頑張れよ、付き合えるように。勝太、あいつ今まであんだけモテんのに誰とも付き合ったことねぇんだから……」

 ただ、それだけのことだったけど、置いていこうとする友達を事も無げに追いかける健吾君の後ろ姿が強く焼き付いた。

 そうして、結局……。


「鈴川! 俺と付き合わねぇか?」

 ――ん?

 弘人君の声では、無い。

「え? 岸本きしもと君?」

 あまり喋ることのなかった、バスケ部の次期主将候補。スリーポイントシュートの達人で、早くもレギュラー入りしている聞く。

「え、ちょ、待って……」

「早織、俺と一緒に甲子園の景色を見に行かないか?」

 今度は、野球部の三番ライト。角刈りにした彼は、それが板につかず可愛げがある。それでも、打率三割近く、チャンスに強いバッターだと聞く。鉄砲肩で、ライトの守備も上手いらしい。

「鈴川さん、ぼ、僕と……」

 今度は、新聞部の部長だった。たった三人で部を運営しているらしい。眼鏡にそばかすという、なんとも頼れなさそうな華奢な体をしているし、声も小さい。

「鈴川!」

「早織さん!」

「早織ちゃん!」

「早織!」

 気づけば、シマウマを追うライオンのような目つきをした男たちが、グラウンドから何人かやって来ている。

「な、何……?」

「なぁ、鈴川! お前バスケ部のマネージャーにならねぇか? それならより一緒にいられる時間が増えるぜ」

「いや、それなら野球部のマネージャーの方が似合う。俺、早織ちゃんの作ってくれた料理食いてぇわ」

 ――そもそも、料理作れないんですけど。

 と、いよいよ彼らは、反応しない鈴川早織に痺れを切らし、ドスドスと近寄ってくる。まるで、政権に抗議するデモ隊のような。

「早織、俺のところに来い!」

 ラグビー部の三年生に、私は腕をつかまれ、ブワンと強く引かれた。

「いやぁっ!」

 ラグビー部相手ではどうにもできず、私はバランスを崩して階段から落ちる。

「早織ちゃぁん」

 一見してアニメオタクと分かる男子が、さっと私の胸を触ってきた。

「もう、やめてくださ、いやっ!」

 ――こんなんなら、モテるんじゃなかった。

 気持ち悪さと恐怖と絶望と怒りと、その他マイナスな感情が私の胸の中をグルグルと取り巻いていた。


 少しの間揉まれ続けて、マイナスな感情はマックスに近かった。が、何やらそんなマイナスな感情を吹き飛ばすような怒号が響いた。

「おい、お前ら!」

「ぼ、僕たちの……」

「早織キュンに手を出すんじゃねぇ!!」

 と、一瞬男たちの動きがピタリと止んだ。

「あんたたち、さっさとどっか行ってくんない? こんなところでこんな騒がれたら生徒会としては、ものすごーく迷惑なんですけど」

「はぁ? 鈴川、お前、生徒副会長だからと言って……」

「そんな、か弱き乙女に掴み掛ろうとするなんて、ラグビー部は廃部かしら? それとも、あなた個人の試合出場停止処分の方がまだいいかしら?」

 どこから持ってきたか、処分の届の薄い一枚の紙を、悪魔のような顔をした姉はヒラヒラさせた。

「あんたたち、さっさと退去すること。あ、 何人かは、本命をバラしてあげるのも一つの手かなぁー?」

 数人が青ざめ、慌てて私の手を放し、スタコラサッサと去っていく。それを皮切りに、本性を露わにした魔女に恐れをなした男たちが、慌てて先陣を追って走っていった。

「……ハァ」

 生まれて初めて、生きた心地がした。そんなことが、全て詰まった溜息だった。

「さぁて早織」

 まだ魔女のような顔をした姉が、さらに顔を恐ろしくゆがめて言う。

「ここからが、本番だよーっ」

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