ゲーム10:鈴川早織への愛の誓い②
四時半になって、伊織は体育館裏へ着いた。
「……はぁ」
当たって砕けたような物だ。実質。
――一馬君は、私じゃなかったら誰が好きなのかな……?
まだ、チャンスはあるはずだ、と自分を励ますのが、何だか虚しく思える。でも、まだチャンスはあるはず……。
普段なら、部活をしているバスケ部やバレー部の声と、キュッキュキュッキュという音が入ってくるのに、今日は無い。
――そうか、一斉下校か……。
もう、私の心は持たないかもしれない。
それでも、今回のゲームは、責任を持って見届ける必要がある。
私は、キュッと口を真一文字に結んだ。
四時三分になり、早織は、ゆっくり、ゆっくりと体育館裏へ歩を進めた。
「……そうか、健吾君から告白されるのか」
誰もいない体育館裏への道。ポワンと、小さな呟きがホールに反響する。途端に私は、段ボールの回収ボックスに身を隠すが、無論、それを見ている人は誰もいない。
「どうしよう……」
勝太君も来るはずだ。彼は今でも私のことが好きなのだろうか。そうだとしたら。
――考えただけで、身体が太いロープで縛られるみたいな苦しみを感じられる。
やってくるのは、健吾君、勝太君、弘人君、一樹君と聞いた。
――もうこの時点で私はダメかもしんない。全然違うタイプが並んでくるわけだし……。
指定された場所、掃除箱の前までやって来た。
ゲームの主催者、鈴川伊織が、引き締まった表情で立っていた。
「イヤッホーッ!」
気分は、最高潮だ。
ついに、このステージまで来た。何度も挑戦し、なぜかなかなか認められなかったこのステージまで。
今日で、それは終わりだ。
――今日こそ、恋人として認められるんだ。これまで僕のことをフッて来た、人の勝ちを微塵も気づかない女たちを見返すんだ。
「もうすぐ来るかな?」
「さぁ?」
「ったく、女を待たすなんて最低な男たちだねぇ。率先してやって来て、待っておかなきゃいけない立場なのにねぇ。こりゃダメだ。誰も受け入れちゃダメだよ、早織」
「うーん……」
「どうなの? 誰を受け入れるの?」
「秘密かな」
「えーっ! 我が妹なんだから、信頼するお姉ちゃんには明かしてくれるのよね?」
「一回も信頼したことないと思うんだけどなぁ」
「うっそーん」
微笑ましい姉妹の会話が、僕の闘志をさらに燃えたぎらせる起爆剤となる。
「よっしゃ」
パン、パンと、一樹は両方の頬を二回ずつはたいた。
とぼとぼと、弘人は歩いていく。
いきなりの、勝算のない告白。
――前は、朱ちゃんに文句言われたしなぁ。絶対モテないタイプって、言われちゃったしな……。
体育館裏は、夏の湿気を吹き飛ばす、秋の涼しく快い風がヒュルヒュル通っていた。
ただ、だ。
一つだけ引っかかっていたことがあった。
――なぜ、健吾はグループを脱退したのだろう?
早織への愛を無くしたのなら、それまでだが……なんだか、嫌な予感がする。
「お、一樹君は優秀だねぇ。一番最初に来た」
「まあ、そりゃ当たり前っすよ」
――先着が、いたらしい。
若干違和感は残っているが、そんなことを言っていられるような時間は、無い。
僕は左胸を、拳でどついた。
――嫌だよなぁ。
下を向き、うーんと上を向いて、また下を向いて。その繰り返しで、勝太は教室からここまで歩いてきた。
脳内の主軸はもちろん、今の早織への告白をどう成功させるか、である。だが、それにしつこいほど付きまとってくるのが、あずきからの告白だった。
今、俺の頭にしつこいほど浮かんでは消えるのが、早織への告白が成功したのならあずきを振り、早織と付き合う。早織への告白が失敗したのならあずきと付き合う……。
あまりにも卑屈で、いやらしい手段だ。
まるで、意地でも付き合いたい人間みたいじゃないか。
――あれ? 俺、そんなにモテない人間だったっけ?
その気になれば、俺に告白してくる奴なんてもっと、もっともっといるだろう。それらのやつと適当に付き合えばいいだけの話だ。
なのに、俺は今、二択の選択肢に唸りを上げている。
――元々、俺はどちらも尊重していたよな。
それなのに、今は二人の人間で迷っているのだ。
――二股しちゃう?
いや、ダメだダメだ。そんなバカみたいなこと、他のやつらに示しがつかない。
「んあぁっ」
結局、どうすればいいのか分からなくなる。
――ポジティブに考えろ。
もう一人の俺が、集合場所の掃除箱辺りから声をかけてくる。
――お前が成功しないわけないじゃないか。顔に勉強に運動に性格。絶対お前から申し込まれてフるバカなんていねぇだろ。
そうだ。そうなんだよ。
俺は、頭を一度げんこつで叩き、その後胸にがつんと痛烈な一撃を食らわせた。胸がヒリヒリして、妙に気持ちがよかった。
そして、掃除箱の前まで俺はやって来た。
「あれ、もう二人いるじゃん。早織ちゃんと、伊織先輩も……」
「そうっすよ。遅いっすよ、ホントに」
「伊織先輩、ぶち切れだった」
「本当に、女子を一人で待たせるなんて酷すぎると思わない? そんなことをする男子、世界中見渡してあなたたちくらいでしょうに。あーもう、なんでこんなのと妹を引き合わせなきゃいけないんだろ。あーもう、泣きたくなってくるわ」
頭を抱え、まるでこの世の終わりのように悲痛な声を出す伊織先輩を、僕は慌てて諭す。
「止めてください。すみません、ちょっと終礼が遅くなっちゃって」
「ほらまた言い訳するー!」
今度は、お菓子を買ってもらえない四歳児のように、コンクリートの地面に倒れて足をばたつかせ始めた。
――これで、五十嵐先輩と付き合おうってのは……。
「あれ、健吾は?」
「もうじき来るだろ」
「でもさ、もう十五分以上過ぎてるぞ」
「遅すぎない?」
「グループから抜けてるし、どうせ早織ちゃんに興味無くしたんだろ」
「あ、そうか。お知らせも届いてないのかな」
みんなが口々に騒ぐ中、早織は一人、掃除箱にもたれ、まさに乙女のような、繊細でキュートで、そして麗な顔をしていた。
「あ、健吾じゃね?」
「あ、健吾君だ!」
健吾は、急に体育館の隅から現れた。
「え?」
それも、美白なお洒落少女と腕を組んで、結婚式の新郎新婦のように、堂々とやってきた。
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