ゲーム10:鈴川早織への愛の誓い①
頭の中が、完全にパンクしそうだった。
もう、告白、という文字が勝太の頭の中でずっとグルグル回り続けてはや半日というところになろうとしている。
「……はぁ」
あずきは、調子がよすぎると思う。好みのタイプに的中してはいる。だが、あまりにも早い。あの時デートしてLINEを好感したと思えば、いきなり最初のメッセージが告白という。中学校のころから好きでした、という。
「あぁぁ」
さらにきついのが、今日の放課後、体育館の裏で早織に告白しなければならないという、『誰が早織を自分のものにできるか競うグループ』の正真正銘最後のゲームでの無理難題である。
「勝太君、なんか調子悪いの?」
勝ちゃんと呼んでくれていたのは、あの日のコーヒーカップだけだった。
「いや、あぁ……っ」
髪の毛をワシャワシャと搔きむしった。寝不足で、ろくに手入れしていない髪からフケがパッパッと舞い落ちる。
目の前の早織は、自分が数時間後、目の前の不潔な男から告白を受けるとも知らずに、微妙な表情で一人悩む勝太を見つめている。
「何があったのかわかんないけど、まあ頑張ってね」
ねえねえねえ、と、すぐに隣に来ていた友達と漫画の話題に移っていく早織を、俺は何だか悲しい気持ちでボーっと見ていた。
「あーあーあーあーあーっ!!」
――待ちきれないっ。
まさか、バレるなんて言う衝撃な結末を迎えるとはさすがに思っていなかったが、それでも、最後のステージに進めるのだ。
生徒会室には私一人。
伊織は来季の委員会にまつわる計画票をグシャグシャにし、パッと空に撒いた。
「お、鈴川。何やってんだ、紙グシャグシャにして撒き散らして……」
「見つかっちゃった」
ったく、と言って、一馬君はドアの上部の板をかがんでくぐり、生徒会室へ入ってきた。
「鈴川、何か面白いことでもあったのか?」
「まあ……」
「あれか、例のゲームか?」
「え」
思考、停止。
「誰が早織を……みたいな。鈴川の妹好きも本当に大したもんだよな。まるでやってることが変人みたいだ」
「へ、変人って」
「冗談だよ」
ヘッヘッヘ、と乾いた笑い。
「今日、何かあるんだろ?」
「……実はさ、このグループ妹にバレちゃって」
「ダメじゃん。やっぱ、鈴川は詰めが甘いな。妹にバレて、どうするんだ?」
――さすがは辛口大魔王。
この皮肉るようなイジリと、自虐ネタが面白いのだ。彼の最大のチャームポイントなのだ。
「放課後、全員が早織に告白しに来るわけ」
「ほぉ。それはうらやましいな。四方八方男って、俺もそんなモテ男になってみたいもんだ。さすが、早織ちゃんだ」
「すでにモテてるでしょ、あんたは」
「お、そうか、そうだった」
この人に虜にならない人なんて、人間としての感覚が死んでいるに等しい。
「鈴川に俺のグループも作ってもらおっかな。せっかくだし。何人集まるのかだな。結構集まったら俺どうしようか。そんなたくさんから告白されればなぁ……」
「そうなる前に、まずは私に告白させてよね」
あまり情報収集は出来ていないが、つい軽口で言ってしまった。
「は?」
本気で驚いたように、一馬君はピタリと体の動きを止めた。
「何の冗談だ?」
「んー、何の冗談でしょー?」
「まあ、俺、鈴川はちょっとタイプから外れてるかもしれん。すまんなぁ、モテ男なもんでなかなか当たりはしねぇのよ。早織ちゃんならまだ好みかもしれんけど」
今度こそ、思考が停止した。いや、脳が、今この瞬間、死んだ。
自慢するような一馬君の冗談が、今は本当にただの皮肉にしか聞こえないのは本当に皮肉なことだと思う。
「あーそう。残念ねぇ」
それでも私は、精一杯笑顔を作った。
「また俺に振り向いてもらえるように、せいぜい頑張りたまえ」
「いや、もう頑張る必要無いわ」
「マジか。もうちょっと努力しても良いんだぜ?」
「結構でーす」
軽い調子の会話のキャッチボールを繰り返すが、さっきと違って、心の中がすっぽりと空洞化したような虚無感を私は抱いていた。
そんな私の心情を知ってか知らずか、一馬君は乾いた口調で言った。
「まあ、どれだけ努力しても鈴川は俺には振り向いてもらえねぇわけだからなぁ。全く、誠にドンマイだ」
ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……
――静まれ、静まれ私の心臓。
と念じても、心臓はそれに反してどんどんと心拍数を増やしていく。
それもとうぜんといえばとうぜんではあるが、それでもダメなのだ。授業が全く頭に入ってこない。今回のテストは、もうダメだろうか。
「んあーっ!」
なんと四人に、同時に告白されるということで。
キーンコーンカーンコーン
最後の授業の終わりを告げるチャイム。掃除が終われば、放課後。部活がある人は部活。五時になれば、それが始まるということを想うと、私の顔は、カイロを二十枚くらい貼っているような熱に襲われることとなる。
――あの時。
姉から、これまであったことの全てを明かされた。そこで提案したのがこれだった。
――くだらないことは止めて、もう告白させちゃえばいいじゃん。
自分でもバカみたいな発言だが、言うと、さっきまで叱られた幼子のように目を伏せていた姉がパッと顔を上げ、目を輝かせたのだ。
――あんたって、やっぱり天才!
ピコン
スマホの可愛らしい通知音。
伊織『ごめん、早織』
伊織『時間、早めるよ』
伊織『終わったら、すぐに体育館裏ね!』
もうダメだ、と私は歯を食いしばった。同時に、胸の奥に溜まっていた軽いけど重いものがスーッと晴れていくような心地よさも感じた。
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