ゲーム10:鈴川早織への愛の誓い④

「やっと邪魔者がいなくなったところで、それでは始めて行きましょうか」

 伊織先輩はそう、告げた。

「じゃあ、僕からですね……」

 いつになく固まった顔で、弘人は言う。

 ――全くぅ、そんな怖い顔してるから誰にもモテないんだよっつーの。

 僕は、どんな炎上をするのかが楽しみで楽しみで仕方が無かった。

「さ、さ、早織ちゃん、僕のこと、どう思ってましたか?」

 ――あーあ、最悪だ。自分が訊かれたら逆にどうこたえるって言うんすか。

「え、ど、どうって……?」

 ――白けてますね、めちゃめちゃ白けてますね。

 弘人は顔をさらに引き攣らせて、強引に話題を逸らす。

「ま、まあ何はともあれ、ぼ、僕はずっと早織ちゃんのことが大好きだったんです。な、なので、僕と付き合って、くれませんかっ!」

 弘人は腰を勢いよく折り曲げ、右手をさっと伸ばした。

「……」

 彼女は、苦い表情で差し出された右の手のひらを見つめている。

 ――いいぞいいぞ、フッちゃえフッちゃえ。こんな奴、早織キュンには絶対に吊り合わないってっ。

「……ちょっとだけ、考えさせてください」

「……へ?」

 フラれると思っていたのか、弘人は顔を上げ、パチパチと瞬きを繰り返した。

「へ、返事はいつ……?」

 ――だーかーら、そんなこと聞いてどうすんのって。全く本当にバカじゃないんすか。

「……明日ぐらいには」

「あ、ありがとうございますっ!」

 また弘人は勢いよく腰を折り曲げた。

 早織キュンは、面食らった表情で弘人の頭頂部を見ていた。


「……この前デートしてさ、俺、ますますサオリンのこと、好きになったのよ」

 勝太は、そう切り出した。

 多少、目が泳いでいる。

 ――頼むよーっ、言葉のミスどんどん出してっていいよーっ。

「だからさ、ちょっと、俺、もう今さ、サオリンを抱きしめたくて仕方ねぇんだ」

 それでも真っすぐ、目線は早織キュンを捉えて離さない。

 ――ヤバい。

「……俺と、高校生活をもっと鮮やかにしないか? 俺は、ずっとサオリンに傍にいてほしい。だから……」

 早織キュンは、まさにハートを撃ち抜かれたかのような、目をときめかせ、口を半開きにして突っ立っている。

「……えっと……ちょっと、待ってくれない? 頭がまだ整理しきれてないから……」

 血の気が少しずつ無くなっていくのが、一樹には感じられた。

 あれは、確かに完璧なセリフだった。自分が女子でも、付き合っているだろうと思う。

「……一つだけ、聞いてもいいか?」

「何?」

「俺は、サオリンの交友関係の中で、どのくらいの位置にいるんだ?」

「え?」

 わずかに、血の気が戻ってきている気がした。

 ――さっきのは、明らかに失言っしょ。

 頬の筋肉が、どうしても口角を引き上げようとして聞かない。

「……まあ、上の方、かもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 早織キュンの顔が、少しだけ暗くなったような気がしたのは僕だけだろうか。

「……ひとまず、良い返事を待ってるぜ。俺は、ずっと待ってるからさ」

 そんな表情を果たして知っているのか、勝太は、至って真面目な口調で言った。


 さぁ、僕の番だ。

 セリフはもちろん、決めてある。

「早織ちゃん……ずっと好きでした、付き合ってくださいっ!」

 そっと、僕は手を伸ばした。自分が思う、飛びっきりのスマイルで。

 早織キュンは……何か、冷たい目で見られているような気がするのは気のせいだろうか。

「ちょっと、考えときます」

 声が、冷たい。思っていたよりも冷たい。

 顔には、一切の感情が浮かんでいない。

 一樹の心の中には、途端に渦巻きが起こり始めた。

 ――これ、大丈夫? 結構ヤバくないっすか? このリアクション、最初から決めてたとか無いっすよね?

 動揺は、絶対に顔に出さないように、喉に力を入れる。

「一樹君、もう終わりだから、ささっとまた戻ってー」

 伊織先輩に、完全に水を差された。

 ――こういう肝心なところが、しっかりしてないじゃないか。だから、僕の完璧な兄に好かれないんすよ!

 だんだん心の中が熱くなってくる。それどころか、身体全体が少し熱帯びてきた。

 僕は体をクルリと回し、スタスタと歩く。

 伊織先輩の気味悪く歪んだ瞳を、僕は人睨みした。

 少しだけ、首を回してみる。やはり、早織キュンの表情に変化はない。……いや、違う。冷ややかな眼差しで、コチラを刺すように見ているのだ。

 ――また、女子に僕の魅力を認めてもらえないのか……。

 地団駄を踏みたくなるのを何とか堪えるだけで精いっぱいで、唇にグッと歯を食いこませる。ほどなくして、舌が、鉄を舐めたような味覚を伝えた。




 恨みがましく姉を睨む一樹君を、私はじっと見ていた。

 ――そもそも、話したことないし。

 だが、一度彼を見たことがある。部活の帰り道、恐怖から来たのか、涙目になっていた女子を口説いていたのだ。いかにもうざったるくて、俺様で、とても付き合おうとは思わない人間だった。女子のことをまるまるキュンということに、言葉に表せない抵抗感を覚えたのは、忘れてはいなかった。

 ――どうせ、フるだろうな。


 弘人君も、あまり話さないし、何より女子を目の前にして緊張しまくっていた。サッカー部なのに線が細く、口調も弱いから頼り甲斐はゼロ。男らしさもゼロ。そして、彼にとって一番痛かったのは、相手の目を見ずに、終始もじもじしていたことだった。


 勝太君は、思ったよりも言葉が良くて、彼らしさがあった告白だった。何より、あの時々見せる生真面目な表情に、私の心臓のガードが緩くされた。

 ――迷うなぁ。

 コーヒーカップの中でのことはあまり良い記憶ではないが、それでもそれまで、様々な面で関わって来た彼を好く脳細胞が多いことも事実なのだ。


「それじゃあ、早織、誰と付き合うかはまだ決めてないのね?」

「うん……」

 何だか、ウソをついているようで居心地が悪かった。彼らにウソをついているのはもちろん、自分にもウソをついているような気がしたこともある。

「それじゃあ、みんな、家に帰って。当選結果は、また後ほど」

 心臓と左右の脳は大きく揺れて、私の胸中は終始不安定だった。

「早織、なんか冴えない表情してるけど、大丈夫?」

「ん、まあ……ね」

 健吾君という第一の人が、するりと手の中から抜け出て、色々あったことで私の表情はどんどん曇っていっているのだろう。首に当たる生ぬるい風で、ブルッと体が震えた。

 ――うわ。

 そして、LINEからと思われる大量の着信音が、私の気持ち悪さを増長させた。

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