ゲーム9:ナイスデート対決③
「あ、ご、ごめん……」
「いや、いいんだけど……大丈夫か?」
「う、うんまあ、何とか」
「そうか。なら良いけどさ。スカートに砂ついてる」
そう言って俺はあずきの尻に付着した砂埃を払ってやった。
――よく考えたらこれってセクハラか。
二人並んで寺に向かって歩き出す。徒歩五分くらいということだが。
「いやぁ中学校の時が懐かしいわな。一回同じクラスだったっけ。一年か」
「うん……」
「あの時誰がいたっけな。早織ちゃんとかいたっけ?」
――いけね、結局これじゃん。
「確かね……先生誰だっけ、その時」
「
「あぁ。あの人嫌だった。あの理科教師……」
「『根拠を持って発言しなさい』だろ?」
それらしく、変顔しながら言ってみる。
「あぁ、それそれ」
「『中学生は小学六年生とは違って責任がいるんですよ。せーきーにーん。誰も助けてくれませぇんよ?』」
「言ってた言ってた。『せーきーにーん』ね。言ってたわ。大体ふざけてたのって
「あれはしゃーねーわ。関がわりぃ」
「体育祭のアンカーはお見事でした」
「あ、体育祭か。懐かしいなー。俺アンカーで四組のうち三位で二枚抜きしたんだっけ。二百メートルで。今はそんなに速やいか分かんねぇけど」
「速いんじゃない?」
そうこう言ってるうちに、目の前に寺が出てきた。
この美術館の見た目が荘厳すぎる。
巨大な富士山の形をしている。しかも、なんかでっかい波まで出来ている。
「何だこれ……」
「これ絶対、富岳三十六景の神奈川沖浪裏じゃん」
「……何それ。有名?」
「葛飾北斎のあの大きい波のやつ。あれの正式名称が神奈川沖浪裏って言うの」
「へ、へぇ……」
「あれは三大役物の一つって言われてるわけ。実際は東京から描いたって言う説もあるけどね」
知らぬ間に朱は目をキラキラさせていた。
「そうなんだ。神奈川なのに」
「面白いでしょ。じゃ、早速中に入りましょうか」
「チケットブースは大変混雑しておりますのでプラカードを持っている方の後ろに並び、列になってご入場ください……」
「ちょっとしっかり付いてきてね。チケット何円だっけ……」
「足りるの? 金あるの?」
「……」
――大富豪みたいな感じの人から言われると腹立つっ。
「買っとくから、向こうで待っといて。人混みに紛れたらややこしいからさ」
「そんな、迷子になる年齢じゃないから」
冷たく朱は言い放った。
貴重らしい仏様の座像を拝み、あずきの御朱印帳に御朱印を押してもらって勝太たちは寺を後にした。
「いやぁすごかったっ……! ね、ね」
「あ、おう……」
「あれさ、室町時代からあるらしいよ。いやぁロマンの塊じゃない。しかも、足利家が建造した寺かもしれないって、仏像はどっから来たのよって話でしょ。足利家だから、貴重なものを持ってきてるかもしれないし。運慶とか快慶があの座像作ってたらどうするよ?」
勝太からすれば、彼女の目にはキラキラマークが七十個ぐらい浮かんでいるように見えた。
「運慶と快慶ってなんか聞いたことあるけど……」
「鎌倉時代のものすごい有名な仏師じゃん! 私快慶大好きなんだよねぇっ」
さも当然のように語るあずきにいよいよ俺はペースを合わせられなくなった。
「とりあえず、人力車に乗ってどっか行こ……」
「快慶の代表作は阿弥陀如来三尊立像とか僧形八幡菩薩像で、その中でも私がひと押ししたいのは細やかな作風とか、そういう息遣いがひしひしと伝わってくる……」
鼻息を荒くして、唾を飛ばしながら話すあずき。
勝太はひとりでに口がぽかんと開いていることに気付いた。
――喋らせていた方がいいな……。
やっとのことであずきを人力車に乗せ、彼女の次なる目的地へと車夫は勢いよく走りだした。
「お客さん、デートですかい?」
「あ、まあそんなところで……」
勝太はうなじをぼりぼり掻いた。
「へぇ、そりゃあ良いですね。それにしてもお寺巡りとはこりゃまた渋い。好きなんですか?」
「そうなんですよ! ここら辺足利家とか徳川家とかが建てた寺多いじゃないですか。豪華なお寺に良い仏像って、ものすごい最高でしょ。それを求めて私たち
来たんです」
急にグイッと体を前に倒し、あずきが話す。飛び出た唾が車夫のおじさんの服に滲んだ。
「へぇ。そりゃすごい。渋いねぇ。あのね、さっきのお寺のご本尊作ったの快慶かもしれないっていう噂があるの知ってます?」
「え、ホントに? 私、もしかしたらそんなことあったりするかなって予想してたんですよ。当たり?!」
車から落ちてしまうのではないかと言うくらいあずきは派手にはしゃいだ。
「いやぁ分かりませんけど、ひょっとしたらねぇ。いや、そういうところってやっぱり分かる人にしか分からない面白さだよねぇ」
「いやぁ本当ですよね。ちょうど分かる人が車夫さんでホント良かったですよ。他になんかここらへんで良いところないんですか?」
「そうだなぁ、例えばあそことか……」
熱っぽく語る二人を勝太はどこか冷めたような眼差しで見守っていたが、やがて目を背け、ハァ……と息を吐いた。
「うわぁ……」
朱は思わず息を止めて、ガラスに貼りついていた。
弘人はこの絵の価値はよくわからないが、どうやらすごいものらしい。葛飾北斎の富岳三十六景の一つで、現物なんだとか。
「これヤバいじゃん。ちょっとちょっと。もしかして最高?」
ガラスが朱の息で白くくもる。
「ちょっとあんた、これの価値分かんないの? そんな突っ立ってないで。せっかく入れたんだからもう少し注意深く観察しないと。ほら」
袖をグイッと掴まれて隣に引き寄せられる。
「ほら、あれ見てよ。ああいうところ、まさに北斎のタッチじゃない?」
トントンと肩を叩き、絵の左上を指さす。
北斎のタッチなんぞ良く知らないが、確かに僕は興奮していた。心の中に少しずつ灯がともっていく。
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