ゲーム9:ナイスデート対決④

 ミスター・ブルーは、本当マジのサッカー観戦をするのにうってつけだった。二時間弱ほどだったが、日本代表として戦うサッカー選手の覚悟と言うか、そういうものが表面からヒシヒシと滲み出る。

 何より、彼らのプレイはものすごい迫力と臨場感で、一足先に実際にサッカー観戦をしたような感覚になっていた。

「最高だったね」

「マジでな。ヤバかった」

「迫力ありすぎるよね」

「マジで。一人勝手に実際にサッカー観たみたいな感じになってた」

「健吾君だけじゃないって。私もだよっ」

 あざとい、という言葉がここまで似合う人間は見つけたことが無かった。そして、かわいいという言葉がここまで似合う人間も見つけたことが無かった。




「もうすぐ三時なんですけども……」

「早っ! ま、いいでしょ。トリマ、二本目見て、で、一本目もう一回見て、二本目ももう一回見て、これで何時くらいだろ。八時くらいか。ま、それくらいなら別にお母さんも許してくれるし、大丈夫大丈夫」

 ――どこが大丈夫って言うんすか?

「いやぁそれにしても良かった。加賀野かがの刑事カッコよすぎでしょ。脇役でもやっぱ目立ってるよねぇ。バディ系ってやっぱすごいカッコいいし感動するし……ね」

「いや、こっち向かれても……」

「いやいや、そでしょそでしょ。犯人誰だか私完全に予想外れた。いやぁここまで大きく予想が外れるとはなぁだよね。まさか後輩がやらかしてたなんてねぇ。思わない?」

「……はい」

 本当は寝ていたなんて、口が裂けても言えない。

 ――チクショウ、なんで相手方にペース握られてんだっ……。




 キックオフまであと一時間。三十分前までに入れば十分会場のイベントを楽しむことができるから、ひとまず俺たちはカフェテリアで時間を潰すことにした。

「なんかほしいもんある?」

「えー。健吾君は何か無いの?」

「んー。そうだな、なんかラッキーズの勝利を祈るものとか」

「かつ丼?」

「おやつじゃねぇじゃんか」

「確かに」

 フフッと二人笑い合う。

「じゃ、なんかスイーツでも買ってやろうか? 確か好きだったよな」

「え、何で知ってんの?!」

「あ、いや、それが伊織先輩から教えてもらってさ……」

「そっか。先輩か。いやぁ嬉しい。じゃ、甘えてもいい?」

 上目遣い。目をキラキラさせてるし。

「分かった。何がいい?」

「モンブラン!」

 ――それ、結構高いんじゃねぇの?


 結局俺はイチゴのショートケーキ、真緒はモンブランとガトーショコラということで落ち着いた。

「二つって、多くね? 太るぞ」

「いーの。だいじょーぶ!」

 いよいよありのままを見せてくれて俺はうすうす感激していた。

「うわぁおいし! ガトーショコラが口の中で溶けてく……あぁ幸せぇ」

 幸せ、の一言が彼女いない歴が年齢と同じ俺には深く突き刺さる。

「健吾君サッカー部どう? 活躍してんの?」

「まあな。この前の試合初めてハットトリック決めてヤバかった」

「ハットトリック?! ヤバいじゃん。スターじゃん。ポジションどこ?」

「ライトウイング」

「おぉ。攻撃的なポジションじゃん。すご。これでハットトリックってもう完全に主力じゃん。大丈夫? 先輩からいじめられたりしない?」

「いや別にそんな……」

 いじめられないかも何も、普段ライトウイングには強い先輩が入っていて、他の前方のポジションもあまり付け入るスキがない。この前ハットトリックを決めたのは中学校との練習試合で、控え組を使ったからであって、先輩が出ていれば七ゴール五アシストほどは出来たのではないか。冗談抜きで。

 問題は、これを言うのか言わないのか。真緒は今一人で盛り上がっている。これに水を差すようなことはしたくないし、俺は実際、そうなるはずの人間なのだから言わなくてもいいが……。

「三年生は強いの?」

「ん、あ、そりゃまあ強いぜ」

 頭が完全に現実から乖離してしまっていて、慌ててにっこりと笑う美白の彼女と向き合う。

「その中でレギュラーってすごいじゃん。全部で何点決めてるの?」

「おう……」

 ――どうする、俺。

 頭の中で天使と悪魔が激しいせめぎ合いを演じる。

 だが、決めた。天使と悪魔のせめぎ合いは未だ続いているが、俺は唇をキュッと真一文字に結んだ。

「四、五点くらいかな」

「……ほえ?」

 気の抜けたようなリアクションが返って来た。

「直近五試合とかで?」

「いや、これまで全部で。俺……別に、レギュラー取ってないからさ」

 無理に口角を上げ、ぼりぼりと首筋を掻きむしる。

「あ、そうなんだ。でもスポーツ万能だし大丈夫大丈夫。三年生どうせ退部するし、ちょっと練習すればそれこそものすごい人になれるでしょ。ペレとかマラドーナを超えれるって」

 想定外ににこりとしてポンポン、と肩を叩いてくれるおしとやかな美白美女を見るとなんだかこちらまで元気になってくる。

「健吾君なら、出来る」

 大いなる期待、そしてその奥にある感情を乗せて耳に入ってきたその言葉に、俺の指は無意識に動いてスマホを起動した。

「ん? どうしたの?」

「ちょっと親からLINE」

 ――この人に嘘をつくのは嫌だけど、今は仕方がない。

 スイスイスイッとLINE、『誰が早織を自分のものに出来るか競うグループ』を開く。

 躊躇いは無かった。

 俺の右人差し指は、ひとりでに退会ボタンをタップしていた。

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