デート:二人だけのコーヒーカップ②
やはり。
うすうす感づいていたことの根拠がさらに増強された。
「あ、もうちょっと回そうか」
「うん」
興味深い話に段々手が緩んできていた。
「何で五十嵐先輩なんだ?」
「いや、お姉ちゃんのスマホ覗き見したから……」
――ちょ、ねえ待ってウソでしょぉ?!
最近話題の芸人のギャグが頭の中で再生される。
「あ、そう、え、それって五十嵐先輩との個人LINE?」
「そうだけど」
「あ、そうか……」
まさか、早織が『誰が早織を自分のものにできるか競うグループ』を見ていたりしないよな? どこか深刻そうなその表情は恐ろしいが。
「で、何でこんなこと訊いてるの?」
「あぁ、ええ、それはな……」
『誰が早織を自分のものにできるか競うグループ』でサオリンを一回り先に獲得するためだよん、なんて死んでも言えない。
だが、言い訳は考えていなかった。
「……ちょっとさ、あの、五十嵐先輩の弟からなんか言われてな……」
「え? あのキモイのから何言われたわけ?」
「だから、あの、なんか、お兄ちゃんがあれだからちょっと伊織先輩のこと調べてきてくれって……」
――あれ、で伝わるか?
「あれ、ね……」
少し唇を尖らせ、下を向いて、すくっと顔を上げた。
「分かった、そういうことね」
「あ、ああ。ありがとう」
――何にありがとう、なんだ? 理解してくれてありがとうか? いや、違うか。
どれだけ自問しても答えは見つからなかった。
――んなわけないじゃん。あの一樹とかいうド変態の相談なんか、勝太のような品格の高い男が受けるわけがない。一樹は下民の中でもさらに下民なんだ。
私の中の黒い角を生やした私が唆す。
――いや、でも勝ちゃんはウソつかないでしょ。そんな正直で真の真っすぐな優しい男見たことないから、早織は惚れたんじゃない。ね? ね?
目を潤ませた白い翼を生やす私が反撃する。
――まあ、結局のところ今は気まずい雰囲気になるのは嫌だし、信じるしかない。
主体の早織は天使の早織の意見をひとまず採用した。だが、悪魔の私は舌打ちをしながら、次の機会をじっとうかがっている。
「どうした?」
「ん?」
「何か考えてるか?」
「あ、いや、別に……」
「悪い、さっきは。変な質問しちまって。とりあえず、せっかくだし楽しもうぜ」
「うん……」
何であんな質問するのよ、と言いたかった。けど、言えない。
実際問題、何であんな質問をしたのだろう。彼の意図がなかなか汲み取れない。
「あ、もうコーヒーカップの時間終わるわ」
「あ、そう……?」
一分間はまるで一時間のように感じられた。
「次、何行く?」
「あ、あれとか? あの、でっけぇ海賊船みたいなやつ」
「あれか、いいんじゃね?」
三人で話しながら、俺はとよやま園の空気をうんと肺に含ませる。
久々のとよやま園は友達とで気持ちいいものになっている。
「ん? あ、あれ勝太じゃねーの?」
「え? 勝太?」
「その横になんか、女がいねぇ?」
――女っ?!
ギョッとして指をさす方向に目を向けると、勝太と図らずして目が合った。
――おい、お前、抜け駆けのつもりか?
なぜか急いで勝ちゃんは海賊船へのルートから身を翻した。
「え、どうしたの?」
「ちょっと、ヤバい」
「何が?」
「……健吾に見つかった」
「けんごって……あの?!」
「あの、だ」
マジか。確かに、ここで他の人に見られてしまうのはまずい。私たちは正式に付き合っているわけじゃない。
――てか、それなら何でこんなことしてるんだろ?
自分で誘っておいて、不思議になった。
――別に、告ってから誘えばいいのに。
なぜか、それはコーヒーカップの中でお姉ちゃんのことを聞いてきたことと、どこかで繋がるような気もした。
「ちょっとトイレ行っていい?」
「え? 今か? おい、そんなんじゃ見つかるぞ、我慢できないか?」
思いがけず強い口調で返ってきた。
我慢できないことはない。けど、私は言った。
「無理かも」
「……分かった。とりあえず、急いで行って急いで帰って来い。俺は怪しまれないようにあそこらへんでいるから」
――そこは寄り添ってくれるんじゃないの?
主体の早織は、脳内の悪魔の不満を慌てて吹き消した。
「キャー!」
隣の早織が絶叫してる。勝太も久々のジェットコースターに血が騒いでいた。
結局、海賊船のアトラクションは警戒して行けないままだが、それでも俺は十分に楽しんでいる。
「あ、終わりだわ」
「マジで、あ、ホントだ」
「……」
会話、終了。
俺は思いっきりこの時間を楽しんでいるはず……なのだが、早織はそうは見えない。さっきも、心の底から叫んでいるって感じではなかった気がする。
「……もう一回、コーヒーカップ乗らねぇ?」
「え? もう一回?」
「……いや、さっきは芯から楽しめなかった気がするからさ」
「……分かった」
コーヒーカップは随分空いていて、いるのは二十代後半くらいのカップルと、同い年くらいのカップルだけだった。
クルクルクルクル
ひたすら俺たちはカップを回す。
「あ、終わりだ」
「うん」
「……じゃあ、次どうする?」
また沈黙が続きそうになったから俺は言葉を継ぐ。
「まあ、別に全部行ったよね」
「……そうだな」
「勝太君、もう一回行きたいとことか……」
「……」
沈黙。
「じゃあ、帰ろっか」
「……ああ」
「じゃあ、ね」
時計を見るとまだ一時半。ここに来たのは開園時間の十時だった。
早織は、じゃあ、帰ろっか、というセリフはすぐに吐き出した。
早織は駆け足で自転車置き場へと駆けてゆく。俺を置いて。
――俺、何か悪いことしたかな?
乙女心はよくわからない。という理屈ではとても割り切れない。
「キャー!」
コーヒーカップで弾ける二人の笑顔を見ると、なんだか心に穴が開いたような感じがした。
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