デート:二人だけのコーヒーカップ①
――これはもう、明らかにおかしい。
叫びたかった。おかしいじゃないですかってキレたかった。だが、莫大な権力を持つ伊織先輩の前にそれはできない。そんな、怒り任せにグループを退会できるほど僕は小心者じゃないし、そんなことをすれば早織ちゃんへの道が立たれてしまうのが現実だった。
「マジで、どういうことなんだよ……」
弘人は、一人部屋で台パンする。
「どれだけ、一樹を勝たせたいんだ、先輩は……」
――ん?
何か、とんでもないことに気付いてしまった気がするのは気のせいだろうか。
かなり強引に点数を押し通したが、果たしてバレていないだろうか。否、バレていないはずがない。でも、彼らの頭脳なら意外とバレないかも……? いや、そんなはずはない。気づく人が絶対に出てくる。
――ここは強権発動しかないな。
これ以上、点差を広げるわけにはいかない。
伊織は頭を抱えた。必死に、一樹を勝たせることができるゲームを探しているのだ。
だが、見つからない。
「一馬君に話せるかな……?」
いきなり弟のことを話せと言われるのはなかなか無理があるだろう。
だが、早織のことを話せばいいかもしれない。
早織と一樹を出来るだけ早く結ばせれば、その分早く、早織に密偵させることができるわけなのだ。
それはつまり、私と一馬君が早く付き合うことができるということを意味する。
早織はいわば密使なのだ。別に、一樹が特別なわけじゃない。というか、むしろ彼氏には不向きなんじゃないかと思う。
しっかり密偵完了で私がハッピーエンドを迎えれば、その時はキレイな形で別れさせて、勝太なり健吾なりと付き合わせればいい。
「フフフフフ」
我ながら、完璧な計画。
時間は一気に過ぎ、いよいよリミットとなった。
「……よし」
あの時、キュンです動画対決の時に試してみたコーデ。暑い夏の季節からして、着るのはもちろんアロハシャツ。遊園地に合うのか? まあ、しっかり似合っていたらどうにかなるだろう。
勝太は自転車の鍵を取り、一気に漕ぎ出した。
「ごめーん、遅刻しちゃったぁ」
「いや、全然大丈夫だよ。さっき俺も来たばっかだし」
実際、もう十分くらい待ったが、ウソに早織は安心したように顔をパァッと綻ばせる。
「じゃ、行くか」
「うん。勝太君前行ってよ」
「リョーカイ。……てかさ、こんな一緒に遊園地まで行くんだから、勝太君、ってなんかあれじゃね? もっと、あだ名? じゃないけど、なんかそういうさ」
「……じゃ、勝ちゃんで良い?」
これ前もそう言われてなかったかな、と思うが、だがそれくらいがちょうどいいのかもしれないなと思い、快諾する。
「じゃ、早織ちゃんは……」
「えぇ? どうしよう」
「早織……サオリン?」
「なんそれ、なんかハズいんだけどーっ」
「いいじゃんか。じゃ、決定でっ」
「なんでーっ。まあ、いいけどさ」
フグのようにほっぺを膨らませるのがどうとも言えない可愛さだった。
二人、交通違反は仕方がないとして、いつの間にか横に並んで走っていた。
「あれか?」
「そう、あれ」
とよやま園の大きな観覧車がもう目の前だ。
「どれから行く?」
「うーん……」
私は正直、勝太君、いや、勝ちゃんに決めてほしかった。でも、ここは私が決めるところだろう。
「じゃあ……コーヒーカップ、とかどう?」
「コーヒーカップか。いいんじゃね?」
――よかった、賛同を得られた。
「これ、コーヒーカップって元々ティーカップって言うらしいぜ」
「へぇー」
――勝ちゃん、思ったより賢いじゃん。
「はい、では乗ってくださーい」
係員さんに促され、早織と勝太はコーヒーカップに乗る。
「よっしゃ、じゃあ行くぞ」
「はい、どうぞー」
と、言うと勝太はいきなり全力で回し始めた。
「うわっ?!」
酔いそうなほどの速さ。
「待って、もうちょっと遅めで……」
「はいよ」
徐々に緩めてくれる。
「じゃ、一緒に回そう」
「おう」
やっと、落ち着いてコーヒーカップはくるくると回り始めた。
「……あのさ、ちょっとさ、言いたいことがあるんだけどさ、良いか?」
少し逡巡している感じで勝太が聞いてきた。
――まさか?!
そんなわけないよね、ね、ね? と、自分に言い聞かせながら私はうん、と答える。
「……あのさ、お姉ちゃんのことなんだけどさ」
「……は?」
「あ、ごめん。なんか失望させちまったかもしれねぇけど、ちょっといいか?」
「はぁ」
拍子抜けした。というか、確かに失望した。そこは、言ってくれよ、とツッコミたい。
少しだけ怒りが湧きそうだったが、抑える。
「……伊織先輩、なんか好きな人いんのか?」
「……は?」
――まさかのお姉ちゃんの話で、しかもお姉ちゃんの好きな話って。どういうこと?
「知らない」
と、言って少し考えてみる。
――待てよ?
最近、ずっとスマホをいじっているが少しのぞき見したことがある。その時に、友達と何か話していた。
「……もしかすると、いるかもしれない。で、その可能性が一番高い人がいる」
「……続けてくれ」
一呼吸おいて、私は続ける。
「……多分、五十嵐先輩じゃないかな?」
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