Parola-23:残波……そレは、水鏡ニ封ぜられシ万葉なる華の薫りガ切り取り始メる現世あはれなる三次元回転ヲ止める術無き超光速の走馬トう。

 しかしてもう、平常心を揺らされるということは無かったわけで。自分でも少しの驚きが鳩尾辺りを漂っていることは自覚していたが、何と言うか、俺の心は凪いでいた。


「……」


 衝撃を受け過ぎたからかも知れない。あるいは、それゆえに衝撃ではもう、無かったからかも知れない。いや、分からねえな、もう。滅裂で定まらない思考は、感情は、もはや俺の全身を隈なく巡っているようで。


 背後、さ、さゆさ、さゆきちゃ……というような普段の流麗ながらも熱の乗った言の葉を紡ぐミササギ部長の口元から今、流されて来ているのはそのような呼びかけにも満たない、呼びかけたところで続く言葉が紡げないといった逡巡を多分に含まされた呟きのようなものだけであって。しょうがないとは言え、一瞬でそこまで落とし込まれちまったなぁあ……とは言え、その混沌の根源が放ってきたのは、何と言うか、単なる俺だけに向けられた感情とかじゃあ全然無さそうだった。何かのきっかけ、そんな感じだ。衝撃インパクトをカマして、自分に感情を振り向けさす、みたいな。それでもって一瞬でミササギ部長もその事を察したようで。それだから次の言葉を継げずに硬直してしまっているのだろう。そして、


「……」


 目の前の御仁は一瞬、思いつめたように顔を赤らめてからは、ぐいと息を腹の底まで落とし込んだか、くるり回した首と顔は秒でやけに清々しい顔つきになっていき、こちらを真っ向から見据えて来やがった。やろう……


「なんて、なぁ。言ってみたかっただけやで。でもちらっと本音も詰まっとるさかい、うんまあうちらしいっていうか? 何やすっきりしたわぁ、やっぱし『言の葉』ってのはえらい力を持ってまんねや、なぁ?」


 小首を傾げつつそんな、俺に放ちながら、同時にてめえに言い聞かせるような、そんな何てことは無い、みたいな軽さの言の葉が作り出したのは。


「……爪痕残せたかなぁ? これで覚えておいてくれるやろかなぁ? これから会えんくなっても?」


 衝撃を喰らい過ぎて不感になったかのような俺の状態と似ていつつも全く非なる、


「……」


 如何ともしがたいほどの、鏡のように動かない水面のような、かちりと隔て囲われた哀しみだけがただそこに揺蕩っているといったような、そんな、どうとも出来ないほどの厳然な境界に遮られてしまっているような空間のようであって。ちくしょう……どこにあるか分からない。こいつの真意というか、感情の核みてえなものが。思わせぶりな言葉でこちらを揺らすだけ揺らして。てめえはその言の葉の鎧で全身を隈なく覆ってしまおうっていうような魂胆かよ。ふざけんな。


「ああー、夏休み終わたら一家で渡米するんやで。言うてへんかったけど。マイアミビーッチで優雅にバカァンスや」


 どんどん無藤の表情とか、その奥の感情とかが、乾いているのにぬらりとしてるような、そんな言の葉に塗り込められていってしまうような気がした。虚ろな、それでいてそれゆえに「真実」と断ずることが出来てしまうような、そんな言の葉が次々と、堰を切るというよりは自らの手首とかを搔っ切って静かに垂らされているみたいに紡がれて来ているが。マイアミ、臓器移植の、なのかとかは聞き返せずただただ固まってしまうばかりの俺がいて。ばかやろう、固まってる場合か。これが「KOTONOHA」だろ。いつかは来るって、そう想定していたはずだろうが。


 向き合わなきゃあ、いけねえと思っていたはずだ。何が出来るわけでもねえ俺たちが、手にした唯一の武器が言の葉のはず。そう思っていたはずだ。それが例え蟷螂の斧であろうと、深化させることで、あるいはよく分からねえ諸々を盛ることによって、どうともならねえ不条理的なものを丸ごと全部、かっさばく事が出来ると信じてきた無限の可能性を持つものが、言の葉だったはずだろうが。何か……言の葉を。


「……俺は進学出来たら、5000に転向して一からまたやってみようとかって考えている」


 唐突に過ぎるか。まあそれも込みだ。その方が、いったんのこの流れを断ち切りやすいだろう。意識を振り向けてくれやすいだろ。俺は他ならぬ自分へと一度、思考の視点を向けてみる。そもそもの発端にあったこと。あの故障が無ければ、いま俺は何をやっていただろう。間近に迫るインターハイへ向けての、練習に明け暮れていたはずだ。そしてその場合はこの面々と知り合うことも、知り合ったとてここまでの付き合いには発展しなかったはずだ。


「ありていの事からとりあえず言っておいてやる、『未来は変えられる』」


 鼻で笑われたが、それは待ち構えていたから出来たんだろうことにも思えた。ガチガチの防御姿勢に、見えるぜ俺には。


うっすい言葉やなぁパイセンん~、『変えられんことも中にはある』。ほい、反論どうぞのターンやで?」


 徐々に暗闇が増してきているこの空間……「法廷セット」が崩壊し始めてるのか? 向かって右方向では相変わらず結構などんぱちがやられているようだが。敵味方双方空気を読んでだか、俺らの佇む静かなるこちらの側にはそれらは及んでおらず、相変わらずの静寂の球体のようなものに包まれたままだが。反論、か。論ずる事なんか、本当は無いはずだけどな。


「『能動的に可能』って意味だけじゃあなく、『受動的に否応なく』って意味も込めてだ。未来は簡単に変えられてしまう」


 ふぅぅぅん、というまたも鼻息。あまり変わらない反応リアクトと思えなくもなかったが、一瞬溜めた、いや留めたのを、それを誤魔化そうとした結果のその間延び感と、俺は見た。少なくとも脳を素通りさせてしまうような感じでは無いってことだ。一応ちゃんと「聞き」の姿勢にはなってくれている。


面白おっもしろうございますわぁ、で? で? 『未来』、未来が立て直せるヒトはええですなぁ……夢いっぱいやわぁ……」


 無藤の、その不自然な笑みの、底に這わされているのは、怒りだ。どろどろとしてその熱でじくじくとしているような。いいんじゃねえか? 少しづつ、出してきてくれたんじゃあねえのか、感情を。


「俺らが、変えてみせる」「ハァ?」


 無藤の神経は今まで無いくらいまで張りつめてるようで、それは俺でも分かる。即応の嘲りリアクトもコンマ何秒かの超速だ。だがいつものからかい半分のそれとは違い、心底の底の辺りから、出されたような、威嚇のようにも感じるその声……


 何かそれは必死で感情を抑え込もうとして、いちばん御しやすい「怒り」というものを前面に立たせて、それで爪先ひとつで耐えているようにも見えた。果たして。


「変えるって、なんだよッ!! ハァァア? 何が……ええ? 『変えてみせる』じゃねえんだよッ!! 無理なんだってことは、とっくに分かってんだよ……だから最後まで……一歩引かせたところから高見の俯瞰、みたいな立ち位置でいさせろよ……ッ!!」


 素の無藤サユキが、ようやく出てきてくれた。ように思えた。表面上を「怒り」で厳重に固めながら、ながらもその一枚下は哀切でぱんぱんの、今にも吹きこぼれそうな、そんな。俺も感情を引き絞りつつ、言の葉を紡いでいく。


「変えるための……そのための、この『KOTONOHA』……なんだろ? ミササギ部長?」


 言いつつ左後方を振り返ると、そこには剝きだした前歯のみならずかなりの奥の方の歯まで動員しつつ、いつもは艶めいていた下唇を真っ白になるまで巻き込み噛み締めながらも、何とか感情を抑え込んでいる御大のえらい顔があったのだが。目は不自然なほど瞳孔ごと見開かれたままで、その表面を膜のように覆っている水の表面張力は限界を超えているかのように見えるのだが、ぎりぎり零れ落ちてはいなさそうだった。が、


「そうだよ? これがKOTONOHAだし、サユキちゃんはこれからもリモートで部活に参加するんだよ、そうして『先輩がいつも意識高く持ってる硬水ってでも絶対無理してるよね部活中に全然減ってないしたまに廊下出て冷水器で飲んでるの見かけるもん』とかそういう話をするんだもん。するんだもぉぉんッ!!」


 そのいましめを自ら解いた瞬間、そんな軽く俺をディスった言の葉を何とか紡ぎだしたかと思ったら、後を追うようにとんでもない号泣が、その華奢な全身から天井、いや天上まで届けとばかりに打ち上がっていったのであって。ええと。一瞬固まってしまったが、あれ? いまさっきの俺の言の葉は無力だったの?


「あ、まあ優勝賞金とかをね、あれしたりしようとか言う、部員総出の考えなんだけどね」


 これまで史上、最大級のスカスカな言の葉が最善を尽くそうとした俺の乾いた唇からは漏れ出てきていたが。だがそれよりコンマ数秒前に、ぱたぱたと駆け寄って自分の身体をその豊潤たる肢体で絡めとるように接触面積を最大にしようとせんばかりにそれはぎゅうっと抱き締めてきた部長の凄い必死な顔に、たまらず、ぷあっ、というような、素の笑い声が無藤から放たれたように、俺は感じた。


「……『かなんなぁ』とか、言って収めるのが吉、とか、そな感じやろかー? いややっぱお似合いやわぁ、割って入る余地はやっぱ無かったんかな、とか、いやいや嘘うそまあもうええで。はぁー、だったらささとこんな一回戦くらいは瞬で突破せなあかんよなぁ……? ええ? 『未来変える』んやろ?」


 目と目が合って、それで何かもう悟られてしまったかのような、いつもの飄々アヒル口の微笑。俺の方が「敵わねえ」だっつうんだよなぁ……


 刹那だった。


「……んどはぁぁぁああ……ッ!! お、御三方ッ、呑気に後方待機にてだべってる場合ではありませぬぞッ!! て、敵方の問答無用の数の暴力に、さしものワタクシ率いる『四傑衆』も矢羽根尽き枯らしましたぞなゆえにッ!!」


 右方向からごろんごと転がりカットインしてきたのは、これ以上無くわざとらしい切れ破れ傷を黒スーツのほうぼうにつけらかした樽恵体の憔悴しきったババァ座り姿であったのだったが。ああ対局の方を忘れてたな……そして、


 出をわきまえていたかのようにそれは順列に、続けざまにアォゥガッドとはぎょんぼぉぅという呻き声と共に、天竺メンバーの残り二人もこれ以上無いほどの吹っ飛ばされ方にて吹っ飛ばされてきたのであって。完全に両脚を宙に向けてのがに股はバーチャルとは言えリアルでは初見だよ……それよりも一ノ瀬は大丈夫か? と、


「シーズンが済んだらマイアミくんだりまで遊びに行くよ……さゆきちの好きな黄色と白のプリムラのでかい花束を空港から担いでさ。そしてアリーナへヒートの試合を観に行こう」


 ゆらり奥面から現れた軽やかなその姿。憔悴は見られるものの、やっぱ違うなこいつは!! 言の葉ってこうゆう風に紡ぐんだねへぇぇ……ていうか途端に無藤の顔つきがまた見たことも無いような「堪え」表情に彩られていくが。ていうか、ノセちん……との言の葉がこれ以上無いくらいの感情に乗せられてその震える唇からこぼれていくのを俺は見ない振りをしているが。ていうか。


――鏑谷はどっち狙いなんだよ


 最初に「部室」を訪れた時のことを思い出す。ああー、ん? つまりは……そういうことだった? んん?


 未だ解せない顔で言葉にならない唸り声みたいのを発していた俺の方を振り返りつつ、ミササギ部長のええ……というような腐った溜息が為されるが。ええ……いや、キミも大概だな!! なんで俺だけが放課後の道化師?


「鏑谷、黄色のプリムラプリムラ・ジュリアンの花言葉は何だったっけ?」


 そして被せるように一ノ瀬の問いかけ。これはあれだ、抗うことなど無駄な、完全無欠のかっちりルートだ。「未来は変えられる」? 誰だそんな言の葉をのたまった奴は。不可避の時も結構あるじゃあねえかよ。


「いや……『青春の哀しみと喜び』だけど」


 我ながら感情の抜け落ちたような真顔でそうAIのように返答することしか出来んが。まあ無藤の声殺してる泣き顔が見られただけでも良しとするか。そういやあ例のさるすべりの例もあり、「花言葉」もKOTONOHAで何か使えんじゃねえかって一ノ瀬に言われて隈なく知識詰め込んだんだけど、これがお前のやり方か!! まあいいもういい。それで? 来いよノセちん、ここまで来たらかっちり役割は果たしてやんぞ? で、白の方は? とかさりげなく続けられた言の葉に、俺もこれでもかの無感情な言の葉を返してやる。


「あ……『永遠の愛情』だけど」


 言い切る前に野郎のウインクをカマされてしまい、尻の穴がむずむずするが。ミササギ部長にしっかりと抱きかかえられたまま無音で顔をゆがませつつ啼く無藤のツラは武士の情けで見ないでおいてやるで候……と、


「クックック、とんだ茶番はもう御済みかい? そちら三人はまだ手札を残しているようだけど、こっちはまだ五人がほぼ無傷で残っているわけで、ハハッ、取れ高出そろったところでそろそろ本気で行かせてもらうとするよ?」


 向き直ったのは、右方向。そこからこちらも出を待っていたかのような敵方の幾人かが、ハシマを中央に宙に浮かんでいる図があるのだが。ナレーターも吃驚びっくりの凄い緻密な状況説明をしてくれたところで、こいつらもまた、抗えない何かに操られし哀しき存在体なのかも知れない……という御門違いな同情と同類相哀れみ感の波濤が抑えきれねえぜ……


「……道化の役割はもう終わりだ。こっからは手の内全部オールオープンでシメさせてもらうぜ」


 俺は完全無欠のスカスカなる言の葉使い。だが、せめてもの役目は果たさせてもらうぜ。満身創痍の奴らを下がらせ、一歩前に出てこのVR空間に蔓延するどうとも言えない空気を肺底まで落とし込む。よーしよしよしよしよぉし、っここからが、俺のターンだッ!!(と思う)

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