Parola-22:皆無……そレは、流体禍々ト挙動変換せシは累々ナりし血漿一滴憚らぬ虚妄の因果リつ。
「「やっぱりやん/ですかっ」」
衝撃から一割ほども立ち直れていない俺の頭蓋骨内で揺れ惑う右脳と左脳のさらにの外側辺りから、我がチームの二名よりサラウンド感を伴っての軽蔑と叱責とあと何かを如実に含んだかのように思われる言の葉が逆に意識をそこに固定するかのような鋭さを以って突き刺さってくるのだが。
女性を胸で判断するのは良くないことですよ、と理性ではそう思っていたはずだった。が、それ以外の野性と獣性の奴らはやはりそういうわけであって、冷静に鑑みてみたら合議機関であったのならば過半数を常に優に割っとるよな……完全に腰が浮いた体勢のまま土俵際のさらに利き足じゃない方の薬指と中指だけがかろうじて俵に掛かってるだけ、くらいまで押し込まれてしまったかのような俺だったが、不思議と気持ちは落ち着いていた。「気持ち」というか、「心」というか。
……もう自分を偽るのはやめよう。
元より「嘘は御法度」の場だ。自分の平常心を揺らすことなくして、他者のそれを揺さぶることなど出来ないと思っていたが、それはもう感情の昂った挙句の最終の魂の叫びのようなものなのだろうとも考え始めている。そこに至るまで、至るまではまだ「言の葉」を尽くして言わなければ……伝えなければいけないことも、だいぶあるような気もしていた。
「……俺は」
力無い土下座のような体勢にあった己の全身に意識を張り巡らせ、どこぞの法廷を模したかのような堅い木材の床板に頬を擦り引き攣られながらも、這いつくばりの姿勢から片膝を立てて何とか身を起こしていく。言葉を、伝える。それはやはり相手の顔を見て目を見て。
……為されなければならないものと思うからで。
何か色々と光線みたいのとか衝撃波みたいなのが頭上を飛び交う正にの「戦場」と化してきたこのVR空間に、俺は自分の二本の脚を使って立とうとしている。目に入ったのは自分の黒いスラックスに包まれた、だいぶ筋肉が戻ってきたと見える左脚、そしてその要である左膝。陸上のこと。それを絶たれたこと。自分の心の内を意識して殊更に「空虚」にしなければ、すべてが虚ろになってしまいそうな、そんなただやり過ごすだけの日常に、生活の中に。
――本当に良かったら、でいいので、今日の放課後、旧棟三階の『視聴覚室』に遊びに来てくださいっ。部活、やってますから。えと、本当に、良かったら、って感じで。
分け入って来たのは誰だったっけか? いや、俺の身体周りをがんじがらめにしていた度し難い茨のような空気を意にも介さず、優しく手を差し入れてくれたのは誰だった? あの時あの階段で物理的に肩を貸されたその時から。
俺のままならない左脚に寄り添うようにして、ずっと支え続けてきてくれたのは誰だったよ。それに、
思いの丈は、伝えたはずだ。伝わって伝えられて、確かに共鳴はしたはずだ。顔とか身体とか、そういう上っ面のことも勿論あるはあるけど、伝わったことに迷うことなんて、やっぱありえねえわけだ。が、
「胸のこととか」
そう切り出したところで、目の前のミササギ部長はその小顔をひきつらせると、何故かその手に保持していた裁判官ズ小槌が赤黒い
……ありのままの俺を。
「それもやっぱりある。て言うか、その柔らかい髪の匂いとか、まっすぐに見つめてきてくれる目とか、軽やかだけど芯にある熱が籠った言葉を紡ぎだしてくる艶やかな唇とか、細くて強く握り返したら本当に折れちまうんじゃねえかくらいの指の節の感触とか。五感で感じることの出来る全てが、ああ、いつか言ったあの言葉はやっぱり変わらず俺の中で在って、だな……」
まあ、ありのままを表現するってのは、他ならぬ自分のことになってもそれは難しいもんだよな。「言の葉」の真髄、俺にはまだ近寄ることすら出来てはいねえようだが。
「全部を吞み込んで、禊のことが……好きだ」
それでも我ながら諸々をぼかした感ありありの、仮に一ノ瀬がこちらの場に相対していたら盛大な溜息をつかれてしまうだろうほどの言の葉だったが、衆人環視の中(まさに)、そう言い切れたことに爽やかさと誇らしさのようなものを感じている。やはり俺は度し難い。
はわわわぁ……とその小顔に現出させている表情が一秒おきくらいに目まぐるしく変化し続けておるミササギ部長の振り掲げた
そして、
――ここに集まったる面々はそれぞれが色ーんな事情とか何やらを持ってここにおるけどなぁ、みんながみな一律、思とることがある……どうしようもなく『言の葉』に惹かれてる、いうことや。
一方でもう一人の小生意気な小悪魔顔も「闇の光」にちらちらと遮られつつもしっかりと見据えていく。俺の視線に気づいたか、その固く頑なにしかめられていた顔が少し驚いたかのように緩んだ、ように見えた。軽く息を吸い、整え、そして俺は放つ。言の葉を。
「無藤……お前が俺のことをどう思ってたか、いかに鈍いと思われる俺でも、そうだな、最初っから分かってはいたん」「嘘つけ」
がぁああああっ……!! 嘘はついていなかったはずだが、それに対して平常心も揺らされは決してしなかったはずなのだが、何故か彼我距離五メートルはあった御仁から放たれた「黒い稲光を集めたような帯状の代物」が閃いたかと思った瞬間には、俺の身体を斜めに両断せんばかりの勢いで逆袈裟的に斬撃のようなものが身体前面を駆け抜けていたのだったが。えぇ……聞く耳は持とうぜ?
「……まあもうええわ」
一転、珍しく誰に聞かせるでも無い素の溜息をついたな、とか思ったら衝撃で不随意なびくつきに支配されておる俺の身体はどういう原理かは分からないが「黒雷帯」のいくつかにそれこそ帯のように四肢のあちこちに巻き付かれるとあっさりと絡めとられてその不穏空気を纏わせている黒スーツの御仁の直近まで引き寄せられているのだが。どうなってんだこれェ……
VR空間でも何故か香って感じる柑橘系の芳香。最近は目を合わせる時は何かしらのマウントを取る時、みたいな奇妙な不文律があったからか反射的に正対位置から顎を逸らす俺だが。そんな挙動を先回りするかのように、すいと伸ばされた細い指がその先端をつまんで向き直らせる。その細い腕はちょうど九十度くらいに肘部で曲げられていて、ゆえに彼我距離は三十センチあるか無いかだなとかそういう些末思考に頼らなければ、なんか見たことも無いような自然な微笑を浮かべたその顔の、その瞳の、
「……」
奥底まで意識が吸い上げられてしまいそうだった。と、自然なシュプールを描いていたかに見えたなめらかな曲線で形作られた艶のある唇が、
「う、うちがカブラヤ
果敢なげに紡がれた言の葉を、吐息を多分に滲ませた感じで放った瞬間、いつもの蠱惑アヒル口へとひん曲がっていくのだが。なるほどなぁ、そう来るよなぁ……だよなぁだよなぁ……てめえが
「……俺も実際、お前とわやくちゃ話してる時……いや、『言の葉をぶつけ合ってる』時とか、すげえ心地よさ、みたいなのを感じてた」
……白黒付けなきゃなんねえ相手だってことはこちとらとっくに想定してたんだよ。ゆえに俺の方からも心にも無くは無いのだが、それを殊更スカスカの殊勝じみた言の葉で彩りつつ、この性悪小娘の、その堅牢に作られた外殻を貫き破ってその真奥へ達せとばかりに言の葉の
へぇぇ、ほぉぉぉん、みたいな完全に普段の自分を取り戻したかに見える、いやそれ以上の厳然とした「察し力」がカリカリにその触手を幾つも虚空空間に張り出し伸ばしていっているかのような無藤の、ぜぇんぶ分かってんねや的ないつもの顔とまともに対峙してみる。全身を黒い帯で拘束されているという娑婆ではあまりあり得ないだろう状況に落とし込まれてはいるが、かえってそれが普段と異なる向かい方が出来るような気がして。だが、
「でも、本当に、ほんとうの『言の葉』をぶつけてたら、どうだったかな? ストレートにぶつけられていたら、どうだったかな?」
歌うように、口ずさむように、柑橘香を強めながら俺の眼前までぐいと迫ってきた蠱惑顔からはまたいつもの作られた笑みみたいなのがこぼれ落ちているかのようで。その言の葉の常に纏っていた上方の鎧のような固さも取り払われているようで。それで何でか、それで俺はもう視線を外すことは出来なくなっている。そして、
「でも……せやかてうちはミサみたいに、皆みたいに……『人生』をそない
再び極めて自然にかちりと鎧われた言の葉は……感情は、例えこちらの顔面まっすぐに入れられたものであったとして、はいそうですかと受け入れられるものでは、やはり無かったわけで。「五年生存率」、そんな噂は聞いてはいたが、諸々考えて「噂レベル」のところでわざと押しとどめていた。ミササギ部長も言っていたように、本質とか、そういうのはやっぱ違うのかも知れねえって思えて来てたから。だが、本人にとってはそれこそ厳然たる事実、なわけで。
「だから自分をずらしてごまかさなくちゃあ、やってられへんかったし。言葉なんて無力やとか思とったけど、そういう時にはまあ使えるんやなぁとか、そんくらいの認識や、今も」
何も言えなかった。言葉は、言の葉は究極まで落とし込まれた局面じゃあ、やっぱり無力なのかよ。度し難い顔面で固まるばかりの俺を、目の前の無藤は殊更にこちらを嘲るかのような、それでいてその皮一枚下に静かに流れるように渦巻いている哀しさみたいのを全然隠せていないような、そんな、ある意味度し難い顔を向き合わせてきていて。そんな中で、そんな空気の中で、何か決定的な何かが、何かどうしようも無さそうな感じで押し寄せて来てしまって、俺は。拘束されちまった身体の中で何とか有用に動いてくれそうな大脳と声帯とを使おうとするものの、どうともし難い波濤は、「黒帯」よりも密にがちりと、俺を包み込みがんじがらめにしてくるようで。くそぅ……とどうしようもなくなった俺がしょうもない歯噛みなんてのをカマそうとした、正にの、その、
刹那、だった……
「言葉は無力じゃないよ? 全然、
軽やかに、転がるように。このずんめりとして重力がキツくなったかのように体感される場に。紡ぎだされて来たのは大して力も入って無さそうな言葉、言の葉。だが。
それはこの場のすべてにいる奴とか、そこに貼り付いている感情とか、全部を優しく呑み込んで、そして諸々縛り付けられているあれやこれやから、剥がし浮かしてくれるような、そのような問答無用の
――『言の葉』というものに惹かれているんです。そして『言葉』の力を信じているんです。
いつかそう言い切った、言い切ってくれたその正にの言の葉が、ただの空気の振動のはずなのに、鼓膜を震わせるだけのはずなのに、俺のみぞおちの奥の奥の方まで射し込んで来て俺の思考をも震わせる。
「言葉には何だって乗せられるから。発する人の、思いとかも。その人のことを知ることが出来るし、知ることが出来たらさらにその言葉ひとつひとつが色々な意味とかも持って。何気ない感じ、調子、間とか、そういうの色々。何でも色々盛れるんだよ言の葉は。文字とか声とかそれだけじゃあないの。ないんだから。そうでしょ? サユキちゃん。それにストレートにぶつけるって、りょ……先輩に対しては普通にやれてた気がしたよ? ていうかやれてたもん。少なくとも私はそう思ってたもん。だったら……だからぶつけたらいいじゃんっ、今からだって全然いいからさぁ、ぶつけてよ、私たちだって全力で受け止めるから」
涙声になりながらも全力の言の葉だった。今までで最大級の。俺には少なくともそう感じた。その場にいた全員一律に、その言葉は沁み入ってくるようで。そして、口をこれでもかのへの字にして内からの波濤みたいなのに耐えているんだろう初めて見たそんな無藤の顔にも、もう平常心は揺らされることは無さそうだった。いや、揺らされるのは揺らされるんだが、揺らされて当然だろ、って思ったら、急にそんな些末いことはどうでも良くなったというか。揺らされてますが、何か? っていうような感じだ。開き直り? 違うな。それが普通だろ、そいつこそが「平常」であるはずだろうが。急激に理解が及んだ、みたいな感覚。清々しい。頭蓋骨の合わせ目の全部が開いて外界につながってそこから涼風が吹き込んでくるような、そんな爽快も爽快な気分……
もう迷いどころは無さそうだった。じゃあ後は前線任しちまってるやつらの加勢に行こうぜこの黒いのももう外してくれってけったいな拘束力だな全くよぉ……というような取り繕うかのようなスカスカな言の葉を放った俺だったが、
「……すきっ」
え?
「じゃあもうストレートに言う。私も『諒くん』のことが好き」
……目の前の泣き出しそうな顔から紡ぎだされて来た言の葉は。
「はぇあッ!?」
ミササギ部長のなんかの箍がすっぽりと外れきったかのような突拍子も無い言の葉をも意に介さず、有効射程距離内の最短距離で、俺を確実に仕留めに来ている
あれ? もしかして多事多難?
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