Parola-21:虚無……そレは、凍てツく静音の波に撹拌されし粘性覚束ざる明ョう星ョう。


「ハァ? てかぃやいやぃや、あーま、ちょっと意味わからん過ぎてフリーズしてもうたけ↑ど→。何てか『異議』? とかまぁはぁじっつなぁんもあらんへんかったわぁ、そもそもウチがはぁ、『好意』? 抱いてるとかいう妄想が何や、荒唐無稽感もりもりでなるほどなぁ、とりあえずそうやってまずカマしておけばとかいう薄ぅい戦略ってわけかいな。はっきり浅はか、そないな『言の葉』で揺らそうなんて、ばっ、べ、べっつにそういう意味で揺らされてるわけないんだからねっ!!」


 混沌……望むところとも思わなくも無かったが、それにしたって、だろ。


 ハシマの野郎の初手放った大音声が、この法廷を模したところであるVR空間に染み入るように響き渡った瞬間から、まるで金属が液状に溶けうねる溶鉱炉の如きに(見たことは無いが)、歓声、怒号その他諸々の感情が過剰に渦巻く場へと突如として落とし込まれてしまったわけで。いや正に坩堝。そんな中、必死に自分の状態を立て直そうと瞬で歪んでいた顔面をも能面へと即座にリセットして平常心をひと呼吸ごとに吸い戻そうとしていた無藤がおそらくそれがこいつのやり方なんだろう、まくしたてるように矢継ぎ早に言の葉を連弾すると、身体に溜まっていた熱を虚空へと吐き出しのけてはいっているようだ。が、ちらり視線をやってその細身の体から出ている「情報群」を確認すると〈平常心乖離率:82%〉。おいおい、全然立て直せも吐き出せもしていねえじゃねえか。珍しいな。


「無藤ひとまず落ち着け!! こいつの挑発は何て言うか、正誤問わなくていいまであるところで、だが事前の下調べありで放たれている。こちらをただ『揺らすためだけに』の計算ずくのってわけだ……だから『らしいのを』一発喰らって即応したら最後、迂闊な反応リアクトはさらに状況を悪くするッ!! ひとまず下がって、ここは俺らに任せろ!!」


 ゆえに大勢を鑑み、そのような采配を振るう立ち位置にて指示を飛ばしつつ、自らは【釞】を改めて引き構え、相手方七名の中では前にやや突出しているハシマを一槍のもとに薙ぎ伏せてやろうという立ち回り方でいくことを瞬時に決断する。最適な、はずだ。が、


 くぅぅ~、のような、嚙み締めた白い前歯から押し出すようにして出されたそのような呻きのような唸りのような、こいつにしては何かまだ感情が乗ってしまっている声、そしてにらみつけてくる鋭い瞳を中心に、その顔が形容しがたい、喜怒哀楽がxy軸上の四方向のベクトルに分かたれていたらと仮定したらそのz軸上の遥か高みに浮遊しているような、そのような得も言われぬ表情に彩られているにつけ、やはり相手方はこちらを知り得た上でやって来てんのか、という危惧、そしてそれに対応するにはやはりこちらは「物理」で斬り込むほかは無いとの結論に至った。ところで、


「『【永】劫の常闇』……」


 瞬で場が変わる。普段の軽い感じからはまったくイメージ出来なかったので、その地の底から響くような声がどこから発せられたのか、瞬では把握できなかった。が、この「法廷」内を淡く照らしていた暖色の照明ごとその光が下に下にと零れ落ちるかのように吸い込まれていく光景に、彼我問わず、一斉に出足は止まった。何だ?


「ハハッ、落ち着いとるで全然……落ち着いて今ウチが思うてんのは、そこの虚言野郎ともども、ドニブ野郎をも巻き込んだ上でこの腐れ空間ごと全てを、虚数軸へと落とし込み消し去ることだけやねんて……」


 そこにあったのは、見たことも無いような、感情が全部抜けた顔の無藤が、何故か漆黒のオーラを纏いたなびかせながら中空で静かに力のようなものを溜めていきつつある姿だけなのであった。迸る漆黒の光の流れは徐々に何故か球体の如き形を形成し、それが自転しているかのようなうねりを見せてくる。こんな奥義を持ち得ていたのか……? これ以上ないほどに落ち着いて見えていたはいたのだが、それは落着してはいけない類の境地とも思われた。


「なるほどなるほど? そういう風な『いなし方』もあるんだね……ハハッ、でもそうやって自分の本当の気持ちからも目を逸らしてきたって、そういうわけなのかい? 結構なテンプレ感を持っているんだねぇってそんな納得してる場合でも無くて、うんうん、色々鑑みて……傍から見てるとカブラヤくんッ!! キミはつくづく罪深い男だよッ!!」


 周りの客をも煽ってるのか? 俺らを包むそれらの声はもう反響しまくって言葉の体は成してはいねえが。その叫喚の中で徐々に演技っぽく、芝居がかってきたような手振り口振りのハシマの前に、先ほどこの「法廷スペース」を創り出した海津とかいうでかぶつと、似たような体躯のこれと言って特徴の無い大柄(セキと表示されている)の二人が、自らの巨体を壁にするかのように構え塞がる。さりげなく、大将を防備する陣形へと、か。


 相対するこっちは、と再び混沌の自陣に目をやる。黒く光る飛行球体と化している無藤ののっぴきならない臨戦、いやいつ弾けるか分からない臨界モードは何か根源的に怖ろしいものの、反面はっきりこのVR内では有用と思えたが。あとは……


「揺らサレナイでミソギ……リョウクソは……私の『速度』が好キって言うテタカラ……」


 背後でこれまた表情の抜けた顔でぶつぶつ呟きだしている部長裁判長が何というか小康状態のうちにケリをつける必要がある気もしてきた。よく分からないが脊椎をアルミか何かで出来た羽箒のようなもので優しくしかして執拗に撫でられているような感じだ……うぅんやっぱ駄目かも知れない……


 しかしてハシマ……これまでとは勝手が違い過ぎる、すなわちは強敵だ。今の大根ばりばりの台詞のような言葉でも、こちらの二人の「平常心」を軽く揺さぶってきていやがる。無藤78%、部長75%。高止まり推移だが、ここから一発でアウトになる危険性も常に秘めた状態コンディションに初っ端から落とし込まれていると言える。我が方の「大砲」やらが使用出来るか未確定の今、やはり短期決戦。プラス聞く耳持たぬの肉弾戦しか無え。


「まあ、今のでそちらさんには諸々の感情をぶつけ乗っけられたよねぇ……つまりは、『感情のベクトル』というものがあるとして、それは果たして今、キミらが対峙すべきボクらにまっすぐ向けられているのかねぃ……?」


 大柄ふたりにその姿を遮られてなお、その気障りさは薄められるというようなことも無かったが。


「これ以上無い『敵意』ってやつは累積バフれてるんじゃねえかって思うがな。こいつで貫いて終わらせる」


 俺の方も大概な台詞感だが、そうは簡単に行かなさそうなことも徐々に肌で感じ始めて来ている。「顕現化」、そいつの対策も当然のように取られているのが分かる。断じるのは早いし迂闊かも知れねえが、相手方はハシマのワンマンチームと考えて大枠間違ってはいないはずだ。その「核」をしっかり護るように前衛にふたり、そしてよくよく見ると他の四人もハシマの周囲をふわりとだが前後左右さらには上下までも抜かりなく固めるような位置取りをしている。一番槍の俺が突っ込んでいっても言葉通りに「貫ける」とはとても想像シミュレート出来ない布陣だ。そして「そう思わせられる」ことによって、さらに出足は鈍る。やはり、いや絶対に無藤、部長の援護を恃みたいところだが、ちょっと意思の疎通が先ほどからままなってないんだよなあ……


「垂井ッ……やれんのか?」


 よって黄色甲冑子猿に指示を飛ばすことに決める。先ほどから2D格ゲーキャラのように二拍子のリズムを構えの姿勢を取ったままの忙しない体で「出」を待っていたからということもある。頭の中では「五年生漢字」で大暴れする自分の挙動をも既にシミュレートが為されていることだろう。前言撤回、悪いがひとまずこいつに前線を委ねて、俺はこのトビかけの二人を何とかしなくちゃあならねえ。と子猿の方からは、


「ッッんやらいでかはァァァアァァァアンッ!!」


 思ってた以上に即応に、さらにはイキれ方も普段の二割増し以上に、歓喜と喜悦とあと何か、に厚塗りを施されたかのような軋んだ甲高い鬨の声がその小さき体より天蓋を破らんばかりにぶち上がるのだが。敢えて何をどうしろとは言わない。のは相手に手の内を晒したくはないというのは勿論だが、当の本人に言ったところで通じる大脳を持ち合わせていないということもある。が、それゆえ無縫/無法。諸々理詰めみたいな感じでやって来ようとしているハシマ陣営とはいちばん相容れない存在と見た。時間稼ぎと考えてはいるものの、別に相手方をツブしてしまっても構わんのだぞ? と、


「そういう鏑谷はぁ……やれんのかな?」


 その後塵を、いつも通りの涼やかな流し目をしながら、一ノ瀬がふお、と軽く手首を返しながら、その手に摘ままれていた「言霊札」を何か分からんが巨大な「錐」みたいな得物に変化させながら。


「……『嘘』には気をつけた方がいい。自分ではいけると思っていようが、嘘をつくってのは結構なメンタルが要る。つまり平常心は容赦なく揺さぶられる、諸刃の、ってのは分かってるかぁ。ま、がんばってくれ」


 殊更に軽くそんな言葉をかけて来やがった。何かを見透かしたかのような……ああ、嘘、か。嘘もまた「言の葉」のひとつと、俺は思うわけだが。その力の入って無さそうな細い黒スーツ姿の後ろに続く、力み過ぎて身体全体が変なビートを刻んでおる砂漠アンド四葉の三下感の強いシルエットをも一瞬見送ってから、


「無藤、部長、聞けッ!!」


 黄色い奔流が巻き起こって来た前線から視線を外し、俺は左横で振動しつつ浮遊している黒球体と、背後でセルフリツイートを繰り返すばかりとなっている機械ボットのようなミササギ部長を振り返り、声を出す。言の葉を。


「……」

「……」


 一瞬の沈黙、静寂。図らずも二人と、同時に目と目があったような気がした。ひとりは球状の何かに包まれているため気のせいかも知れなかったが。確かに届いた、気がした。俺の言の葉……


「野郎の言っていることは、『傍から見たらそう見える』レベルの程度の低い下種な勘繰りという言葉がしっくりハマる世迷言に過ぎない」


 どうしてもスカスカ台詞に彩られてしまうな。これがやはりの俺なんだろうか。俺というものなのだろうか。そして、


 俺の言おうとすることは、伝わるだろうか。いや、伝える。そもそも伝えることこそが、「言の葉」の本質に他ならないからだ。困惑の上気顔で、うるんだ眼と引き締めた唇が作り出す何とも言えない揺さぶってくる表情のままで、それでも続く言葉を待っていてくれる部長。そして黒い稲光のようなものがその華奢な身体周りを相変わらず包んだままだが、わずかに緩んだ隙間のようなところから、憮然と突き出されたアヒル口を横から見せながらも一応聴く姿勢だけは整えてくれている無藤……決然と、自分の内部を手探って、俺は探す。俺だけの言の葉を。


 貫け……っ!!


「……まず最初に、俺は胸の大きさで人を判断するということは断じて無」


 貫かれた。全・言おうとしていた言の葉のまだ序盤も序盤だったが、平常心を急激に揺さぶられると単発で脊髄を貫くレベルの電流を模した衝撃が放たれると確かに聞いてはいたが、経験したことの無いような正にの電撃のようなものが俺のy軸上を確かにそれは一直線に走り抜けた。


 あれ……? もしかして絶体絶命?

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