Parola-20:絶無……そレは、砂糖菓子ニ出来たる空洞ノ奥底に沁ミ入る苦みそして陶然のいタみ。
「……少しは落ち着いて『言の葉』というものを掘り下げてみたいものだけれどね。まあそちらさんにそこは委ねるところかもだけれど」
VR空間に至っても、やはりハシマなるテンプレ長髪クールイケメンのねちっこい声色とか声質は変わらんのだな……というそれに対しては最早ミリほども揺らされずに真顔で睥睨できるほどになっている俺を俺自身が自覚している……
リアルで集められた、結構な数の観客たちの結構な本物の鳴り物入りでこの決勝第一戦は迎えられたのだが。言うてあの「装置」に乗り込むのは予選時と同じで、客らも大仰なバイザーみたいのを頭から被って同じ「
そこに込められた運営の意図は、余計なものを排して「言の葉」で白黒を付けさせようといった、今更ながらに真っ当に過ぎる白々しさではあったものの。いや、と言うかそのフィールドすら、対局者の俺らに決めさせようとしているまである。何だこいつは。今までの分かりやすさは分かりやすいほどに鳴りを潜め、その代わりに「言の葉」の深淵を見せつけてやろうというような。これが「決勝」か?
〈決勝第一戦は……『顕現バトル』になります……『お題』に即したものであれば何でもこの『空間』に『現物』として『召喚』することが出来る……もちろん持参された『
藍色空間に、イメージとしては透明感のある水色、みたいな無機質ながらもどこか噛んで含めるような優しげなる女性と思しき声が降り落ちてくるように流れてくる。自陣を見渡してみると、今回は各々珍妙装備は実装されておらず、
「言霊札」……の装備場所は予選の時と同じだ。今まで描写はされてなかったが、各々の左手首、ごついリストバンド状の器具が嵌まり込んでいる。画面には各々の所持する「七枚」のカードが簡易的な表示で縦一列に浮かび上がっており、アイコン状のそれらをタッチパネルよろしくタップすると、バンドからトースターから飛び出るトーストよろしく「実体カード」がジャキンとそれは大仰に飛び出てくるという摩訶不思議なガジェットである。一度その「札」を使用するとそれは周りの空間に溶け込むようにして消滅してしまうのだが、それぞれに定められたクールタイムとやらを過ぎれば再度の使用は可能だ。というようなことは運営側からはまったく説明は無かったため、俺らが予選の実戦で手探りで掴んできた、有用な情報と言える。重要かどうかは分からないが。
「来ましたねついに……これこそが『KOTONOHA』の真髄なる……私の想定していた本当の戦い、なのです……」
左斜めやや前方。幕間で念入りに梳かしたと見える、薄暗闇の中でも確かに艶を放つストレートの黒髪を揺らしながら、ミササギ部長が珍しく力の籠った声でそんな風に言ってくる。うぅん……ハシマの野郎が言っていた通り、彼女の最大級殺戮兵器はこの場での顕現が難しいと言わざるを得ないのだが大丈夫だろうか……と、
とは思ったものの、その臆せぬ切り込み方には助けられることが……これは癪だが多い。よくは知らないがカードバトル的「後出し必勝」みたいなテンプレ雰囲気はこの「闘い」の仕組みを知った時から常に感じていたものの、それをもさせない一気の寄り切りが功を奏す場合が多々あるのが実情だ。とにかくとりあえず仕掛けてみる、それは結構馬鹿にならない「戦略」でもある。そして反する則自体が無いから反則とは厳密には言えないかも知れないが、【五】という札が「小学五年生で習う漢字すべてを使える」という壊れ性能を有するということを公式にまで認めさせたという強力アドバンテージは今なお健在だ。「淫語ブラスター」よりもバランスブレイカーなんじゃと俺なんかは思うのだが、それすら込みで「本当の戦い」というわけなのだろうか……
「【法】廷スペース展開」
とか色々逡巡してしまっていたら、相手方からそんな言葉が。いやもう始まってんだな?相変わらずすっと入るな。そしてこれは「ターン制」では無い模様だな? リアルタイムで、言の葉を撃ち合う、そういうことだな?
「……」
右肩越しに後方に視線を飛ばす。それを待ち受けてくれていたかのようにすっと受け止めてくれたのは、常ならむクールガイこと一之瀬。その瞬間瞬間にも、俺らの周りを包む光景はぽこぽこと音を立てそうなほどそれは断続的に様々な「モノ」が現出されていくわけだが。結構な大空間。落ち着いた暖色のみで構成された、そして巨大な吹き抜けの円形の天蓋から降り注ぐ柔らかな陽光が目を打つ静謐な場だ。「法廷」……言うてたな。裁判官が着く一段高いあの壇も、検察側弁護側そして被告人が着く壇もきっちり配置されてきてるぜ……相手方のガタイのいい野郎、〈
「……【推】挙、裁判官、プレイヤー『ミササギ』」
俺がおたつく間も無く、一之瀬の静かなる、しかし揺るぎない言葉は既に紡ぎ出されている。法廷と聞いての即応。「裁判官」をこちら
「静粛にっ」
言うアンドやるとは思っていたが、その想像をミクロンほども揺るがせにしないほどにそれは
「……法廷バトルでもやるっていうなら、『法』が罷り通るってこともないこの場でやるのは意味無えっていうか悪手まであるかもだけどな。そっちの土俵に敢えて乗る義理はまったく無えわけで、無視して『顕現』しまくる戦法を取らせてもらうぜ」
多分に台詞っぽい物言いはもうこの方が諸々やりやすいからこれに乗っかることとした。しかしてこの説明調っぽい言の葉も、相手への牽制プラス自陣への「気づかせ」をまぶしたものとなっている。ことに気づいてくれよ。既に外連味たっぷりの仕草で高々と前方に向けて伸ばした腕から人差し指に至るまで不要な力みを入れて「異議あり」ポーズを取られている砂漠と四葉の方を真顔で見ながらそう念を送るものの。
「さあさあ、そう簡単にはいかないさぁ、お互い初対面のまっさら状態ならまだしも、ボクらはもう既に対面して言葉も交わしている。ボクに対してニュートラルに向き合うってこと、もう既に出来ていないんじゃないかな? イラついてる? 悪意敵意害意? あまりその辺りの上っ面の『文字面』には意味が無いかもだけれどねぇ……ともかく『平常心』は揺らされやすい状態にあると踏んでいる。そうさ『深堀り』さ、何度も言うけどそれこそがこの深淵……そしてこちらには多大なるアドバンテージがあるんだよ、無防備でのこのことこのガチの対局場に出向いて来ていることこそが既に悪手」
金髪ハシマは相変わらずの、不気味にこちらを引き込んでくるような喋りをつらつら悠然とかますと黒スーツに包まれた細身の長身を緩やかに翻す。そのまま「検察側」、だろうか裁判官席に向かって左側の壇にふわりといった力みを感じさせない所作で着くが。こちらを振り向きざま、奇妙に凪いだ整い顔に余裕の笑みを浮かべながら口を開いた。その、
刹那、だった……
「……被告人:鏑谷 諒を『姦淫』の罪にて起訴いたします」
待てまて。いきなり名指しかよ。そして姦淫とは大仰に出たな。悪いがそんな荒唐無稽は常日頃からこの面々から多角的に受けているから利かねえんだよなぁ……
「……」
しかして。構わず各々の『武装』をぶん回せとの指示を出そうとした俺であったが、それと相対したこちら陣営の様々な表情と向かい合い、一瞬固まり躊躇していまう。何だ?
無藤の、あぇ……という音声を発した唇のまま固まった無表情顔、一之瀬の苦笑気味のあちゃあとでも呟いているかのような顔、ミササギ部長のあわわわと言っているような顔、その他三名の何故か一律に白目を剥いてのけぞっておる顔、顔、顔……何か、クリティカルな何らかの言の葉が知らぬうちに刺さってしまったとかそういうことだろうか……
「……昨年の決勝進出組のことはある程度調べはついている。その中での最強候補の一角、『ミササギミソギ』のことを探っていったらキミに辿り着いた。新たなファクター。それを『深堀り』するというのは、ある意味当然ないし必然の流れと言えるってわけさ」
そう言えば去年のことは俺はほとんど知らない。部長は参加経験あるんだろうなくらいにしか思いは至っていなかった。調査、されていたことになる。そこまでのもんかとも思ったが、ことこの言の葉関連に携わる人間というものは得てしてそういう間違えているんじゃないかと世間では思われるところの剛直なるベクトルを傍迷惑にも持ち合わせていることが多いわけで。だがいくら情報が渡ろうとも、俺には顧みてやましきことは
「顕現:【
が、そこはひとまず置いておいて、俺は左手首のリストバンドを操作しカードを一枚抜き出すと重々しくそう言い放つ。「かねへんに入る」と書く漢字。馴染みは無いが意味は「鉄製の道具」だそうだ。イメージは「
俺の言の葉に呼応するかのようにして、伸ばした右手に確かな「丸い」感触。先端に「山」の字状の鋭利そうな金属パーツの付いた、これは正にの槍あるいは銛だ。VRの中だが腕に感じているのは結構な持ち重り。だが両手でだったら軽く扱えるくらいの重量だ。まったく問題は無い。
「『顕現』が成るんだったら、舌鋒じゃあなく俺はこいつでシンプルに行かせてもらう。深掘り云々はまあ、この後の反省会ででもやってくれ」
どうにも自分が放つ言葉ことばに力んだ台詞っぽさを当人としても感じてしまっているのだが。こういった感じに振る舞えるということもまた、「言の葉」の懐の深さなのかも知れない……目測二メートルくらいの長さの【釞】を右脇に添えるようにして引いて構えると、改めて彼我距離を目で計る。こちら「弁護側」から向こう「検察側」までおよそ十メートル弱。三歩で野郎の懐に飛び込める、とイメージさえ自分の中でしっかりしていればおおよそその通りになるがこの「空間」だ。きっちり十秒で、カタをつけてやる。意気込みながらも冷静に、ハシマ以外の六人の位置取りも想定しながらイメージを固めていくが。その、
刹那、だった……
「裁判長ッ!! カブラヤ被告は自分に思いを寄せる無藤サユキの好意を知りつつもッ!! ただただ胸が大きいという一点だけにおいてッ!! 御陵ミソギに交際を申し込んだという極めて卑劣な行為を致しましたッ!! ここに極刑をッ!! 望むものでありますッ!!」
大空間にハシマの珍しく張り上げて鬼気迫ったかのような声が響き渡る。とんでもない混沌がその醜悪な大口をがっぱと開かせたことを脊髄の辺りで認識しつつも、そんな詭弁を一蹴せんがために踏み込みを一歩カマすのだが。
「い、異議ありぃぃぃぃっ!!」
無藤の聞いたことも無いくらいにテンパった、そして恥じらいをも含んだ極めて乙女っぽい感じの声色に、動作の初動を止められてしまう。そして、
「せ、静粛に静粛にぃぃっ!! ひ、被告人はその旨、ちゃんと意見を陳述しなさぁぁぁいっ!!」
壇上で真っ赤になったミササギ部長がその手の木槌を何度もがんがんと振り下ろしながらこちらを泣きそうな顔で睨んでくるのであって。俺を含め、三人の「平常心メーター」は一気に七十くらいのところを揺蕩っている、やばいぞこれは……残る面子を見やりつつ何とかしてくれとアイコンタクトを飛ばすものの、完全に関与したくない旨を前面に出しつつ大仰に肩をすくめるポーズを取って来やがる一之瀬と、あばばば……との呻き声を上げつつ揃ってばばあ座りで身を寄せ合い震えるばかりの他三名がおるばかりなのだが。
あれ……? もしかして孤立無援?
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