Parola-19:清濁……そレは、雷雲分かちシ上下動に明暗轟ク断面を揺蕩わせるは天空もヨう。
何だかんだあったが(本当に)、着実に順調に、俺らは目標であり目的でもあるこの「KOTONOHAバトル」の優勝へと歩を進めている。だが、ここまではこの面子だったらある程度想定できたことなのだとミササギ部長(公的には今後もこう呼称する)はようやくけったいなVRアバタースタイルから解放されてのち、頭に被っていた装置を外すと、例の足場的装置からふわりと床面に降り立ちつつそういつもの鈴転がり声で言ってきたのだが。
「……ッ!!」
やっぱりやるだろうと思ったから俺は既に自分の拘束を解いてそちらの方へと体を進めていたわけで。疲れからかふらつきにふらつきをかましたその身体が倒れそうになる方向に向けて腕を伸ばす。こちらのそんな挙動を見やってからは含み笑い気味で目を伏せると、殊更にわざとらしく力無くしなだれかかるようにしてその細い身体を空中でねじるようにしてぐいぐいと預けられてきたが。左膝を一応気にしつつ、腰を落とし踏ん張って受け止める。いつもは空気を軽く孕む黒髪が汗ばんだからか少しぺったりしてるな……VRとは言え、頭も勿論だが身体も何か無意識に強張らせたりしてたもんで俺らの身体は結構な熱を帯びている。が、自分のとは異なる「熱」を受けるとお互いどっちが温かいのだか分からなくなるよな……とか思ってる間も無く、その黒い全身スーツの唯一の開口部であるところの華奢な喉元から、結構な濃度の白花の芳香が俺の顎元を撫でるかのように立ち昇って来たことにより、「平常心乖離」を告げる例のプー音が響くが。やはりVRはRにまだ至らぬところがあるぜ……
「……決勝開始までひと休み挟むらしーねんて。せやからちょっと更衣室とかですっきりしてきた方がええのんちゃう? これからの大事な試合で平常心保てへんで」
すらりとした身体を軽く伸ばしつつ素っ気なく降りて来たこちらはそれほど熱を帯びてない様子で、さらに熱の無い言葉をこちらに投げかけてくるばかりであるが。俺の理性はここ数週間で極限まで鍛え上げられているから問題はねえっつうの。
係員の黒服らの手によって引きずりおろされた子猿と砂漠は完全に失神しているようで手早く用意された簡易的な担架で手際よく運ばれていっているが。何て言うか、ダメージは結構凄まじいものなんだな気を付けよう……そしてそのダメージ源の最たるヒトがこちら陣営にいるということを忘れないようにしよう……との改めての最注意事項を肝に銘じつつ、胸元で気を失っているにしては呼吸が不自然なほどに早いような御仁をいたわりつつも案内された「決勝進出者専用控室」とやらに促していく。
大部屋。結構な広さの会議室、なのだろうか。白々しい蛍光灯に照らされたひと空間は、その長方形の四隅にキャスター付きの細いデスクが何台か並べられている。折り畳み式の椅子もちらほらと。そしてざわつき。不特定多数の人間の、特定の相手にしか聴こえないくらいの声量で放っているのと、不特定の相手により聞えよがしに放っているくらいの音波が、大空間を落ち着かない空気で満たそうとしている。相部屋かよ……とこちらをわざとらしい無関心さを沸かせながらチラ見してくる面々に一瞥をくれてから、空いていた手前右側のデスク周りに向かう。四組が同室に入れられてるな……「決勝トーナメント」は八組とか言ってたから、ここには半数が集められているわけだ。まあどいつらにどういう順で当たろうがこちとらには全然関係は無いんだけどな……ぶっ放すだけだからと、そういう思考しかねえわけだから。
ひとまずここに落ち着いて、あと何か飲み物とか調達してこないとだよな、とかこちらも殊更に周りを無視していますよの体で仲間内だけに声を掛ける。ミササギ部長、一之瀬、無藤、有戸、医務室送りにならなかった面子たちも改めて対峙してみると疲労は色濃く、特に顔面の表情筋にそれは如実に表れているようだ。それでも努めての笑顔……なのか地のものなのかはいつもよく分かんねえんだが、俺の方を見てにこりと癒しの波動を放ちつつ、じゃあ私とサユキちゃんでちょっと行って来ますね、と身体ぴったりの黒フィット全身スーツで軽やかに辞して行こうとするので、机に積まれていた真っ赤なスタッフジャンパーらしきものを隣で慌て気味の表情を見せていた御仁の分も合わせてふたつ手渡す。衆目に晒す必要は無しとの当然なる判断だったが、ふたりとも少し驚いた表情を見せてから、ありがとござますっ、とそういうことやぞ、との言葉を右と左の耳から同時に受け取る。何か柔らかい、なんかなにかを帯びたようなこちらが揺らされてしまう微笑を双方伴って。こちらも努めてその類いの感情には踏み込まないよう鋼の自制心なる特殊スキルを発動させてみるものの、ふわり羽織って振り向いたその大小ふたつの後ろ姿は、上半分が隠されたゆえに逆に強調されたかのような丸みとくびれを伴った三次元的曲線の
「……キミらが最後の、ってわけかい? 結構待たされたけどこれでようやくってことかな?」
二人の後ろ姿を阿呆のように見送った俺に向かって話しかけてるのかいないのか微妙に曖昧なニュアンスを伴った声がいきなり掛けられる。思わずそちらへ振り返らせるほどの。ってことは俺に投げかけて来ているってことだよな。いや、その割にはその先にいた黒スーツの金髪長髪の男はあらぬ方向を向きながら涼しげなイケメンの枠に収まるだろうところの整った横顔を殊更に見せつけているが。何だこいつは。
「言わでものコトを聞いてくるってことは、もしかして次の対戦相手だったりするのかな? キミらは」
若干の逡巡とイラつきを感じていた俺を抑えるかのように即応でそんな返しをしてくれたのは、こちら側のクールイケメン枠こと一之瀬の、これまた涼やかな横顔なのであって。流石のコミュ力。マウントもいきなり取りにいかず、さりとて卑屈になることも無く、逆に探りを入れにいってるスタイル……似てるなこの二人……
「はは、それは分からないけど確率は三分の一ってとこじゃないかな。何で『四組』が同部屋に入れられているのかってのは、おそらくは対局前にこうして何らかのコミュニケーションを取らせようっていう、運営側の目論見とボクは思うけれどねぇ。八組全部まとめちゃうと散逸しちゃうとか、その辺りと踏んでいるけれど」
相手側の金髪長髪もその切れ長の目をわざとらしく細めながら、そのような事をのたまってくる。なるほどな、テンプレに過ぎる敵役登場とか思っていたが、そういう思惑があんのか? そしてこいつはそれに乗っかって来ていると。やりにくい相手と、そういう事になる……のか?
「キミらの予選もじっくり見させてもらったよ……あの『ミササギさん』ってカノジョは、はっは、なかなかに面白い逸材と思ったけどねえ」
声質は涼やかな感じだが、それが聞いてるこちらの三半規管にまとわりつくようなねっとりさをも兼ね備えていて、げんなりさせられる……これもこいつの「技」、とかだったりするのだろうか。のたまう言葉もその全てが台本読んでいるようなどことなくの「棒さ」があってそれが逆に正体をつかむ突端もなくて、つまりはどんどんイラつかされている。
……「平常心乖離」。つまりはそういうことか? まずいな、本番でこいつと相対していたら、それだけでヘイトという名の「乖離」感がターンごとに募っていってしまいそうだぜ……
「……でも悪いがあの『淫語ブラスター』は、ボクらには効かない」
金髪の顔が作ったかのように「嘲り」という名の表情を呈してくる。ここまで分かりやすい煽りもないもんだが、さりとてそうと頭で分かっていても、そこに流入する血液量を制御することがうまく出来ねえ……精神の根源に迫る「技」……「KOTONOHA」の本質はやはり「言葉」だけにあらず、とそういったところなんだろうか……
「……どうだろうな。手の内の半分も晒してはいないわけだが」
諸々悟っている場合じゃあねえ。が、俺の口を割って流れ出していったのは、強がりプラスはったりが勇み足的に込められてしまった、そのような言の葉であってしまったのだが。
「ははっ、そういやキミこそほぼほぼ『手の内』、晒してなかったよねえ? 温存? それともお荷物? それもまあ乞うご期待ってところかな?」
イラつくな、いやむしろこの手の手合いのこういう手に慣れておけ。が、俺自身は野郎が言う通り、さしたる成果は予選において残せてはいねえ。それは「温存」とかでは無論なくて……後方支援、司令塔、そちらの役割に回っていたということもあろうが……
はっきり、俺自身が迷っているということがでかい。迷っているというか、そもそもどうやって「言の葉」を撃ち放つっていうのか、その辺りの根本的なことが分かっていないというか。いや分かってはいるのだがそれをまた撃ち放つことそのものに迷っているというか。
要はまっさら分かってないってことになるよな……色々てめえの中で考えてしまうほどに、「外」へと出しづらくなってしまうというか、曝け出すことに躊躇を覚えるというか、だ。ミササギ部長のように割り切って振り切った境地へと至ってしまえば、あのような傍若無人の言葉のスレッジハンマーのようなものをぶん回せるようになるのかも知れねえが。
「ひとつ教えておいてあげると、これはカードゲームみたいな上っ面を申し訳程度に被っているものの、そんなものは単なるガワだということ、そしてこれは言葉によって他人の平常心を揺さぶるとか、その程度の浅いものでは断じて無いということ。自分と、自分自身というものに否応向き合わされることとなる、精神の、魂の深堀りに他ならないということ」
何かの台詞じみたことをさらに陶酔じみた調子でのたまわれたが。金髪の間から覗く切れ長の瞳は、俺の瞳の底を射貫くくらいの力が込められているように思われて。そうなのか? とか丸々鵜呑みにするほど素直でも純粋でも無いが、かと言って全面否定できるほどの判断根拠をも、俺は持ち合わせてはいなかったわけで。
自分。自分自身、それに向き合う? だと?
確かにこの言の葉関連のことに巻き込まれねじ入っていった時から、俺は諸々のことを考えさせられてきた気がする。陸上、からの挫折、根源、ルーツ、そして。
「……」
思考がヤバい方へ向かいそうだったから、無理やり深呼吸にもならない「限界までの吸気」を行ってその息苦しさで紛らわせた。この「技」、平常心を保つためには有用かもな、とか、そういう逸らしをしている場合でも無いとは思ったが、取り敢えずの今の俺に出来ることはそのくらいだった。と、
「言葉ハー、深イのデスのよネー、深イは『海』ぃ、『海』は『母なる愛』……デスからネー」
不意にそのような抑揚を伴わない言の葉が。ふと見返ると、骨ばったガタイを涼やかに部屋壁にもたれかけさせながら、褐色の
「母上ノ御言葉はァー、母上ノお話しタル言の葉タルものはァー、しタガって、ワタシに繋がり、ワタシを為すモノに他ならヌぅのデスネー。『向き合ウ』ぅー、『深堀ル』ぅーは、これすなわち日常茶飯のォー、コトなりしもス……」
おいおい、そんな
「……手の内は全部晒すつもりだぜ。それまでお前が平常に立っていられたらだがな」
まあてめえの台詞じみた安っぽい啖呵の作り物感も大概な感じだな。まあ今はこれでいい。
楽しみにしているよ、ああボクは
〈決勝第一試合:チームB01 VS チームH17:対局者は速やかにメインアリーナ対局室までお越しください〉
体感三十分も無かった休憩は、大部屋に設置されたディスプレイの表示とそれをなぞるアナウンスによって唐突に切られた。そして予測は多分に出来ていたものの、先ほどのハシマとやらと我がチームとが初戦でいきなりぶつかり合うと。先ほどのやり取りが運営側に盗聴でもされていたのではと訝しむほどの、しかして却ってそれはそれで望むところでは勿論あるわけで。
自分、か。真っ向からそいつに向き合って深堀ってやろうじゃねえか。
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