Parola-18:透過……そレは、瞬キ揺れ舞ウ陽炎の包み浸透なる気配は擦過せし千のやイば。
宵闇に巻かれるようにしてその場にふわりと拡散し始める沈黙は、それは決して居心地悪いとか、重く気まずいたちのものでは決して無かったものの、その渦のような空気の中心に、落とすべき言葉を見つけられないままただ立ち尽くすばかりの俺がいて。
「……」
口をこれでもかのへの字に結んで、こちらの眼球の、その奥の網膜をも通してさらにのその先の脳内まで見透しながら、俺が何を考えてるのか推し量ろうとしているまである、真剣さとあと熱を持った視線を一点に集めて放ってきているミササギ部長がいて。俺の反応を、俺の言葉を待ってくれているのだろうことは、今までも何度もあったから、その何と言うかの阿吽の呼吸じみた感じは把握できていたものの。
ますます愛おしさを止められなくなっている己の内面の滞りを自覚していて。ふ、と記憶が熱を発してきた脳内を巡る。
体育会系の部活でそれなりの結果を出していれば、まあ全くそういう浮いたあれこれが無いわけじゃあ無かった。それでも良くも悪くも目の前の競技というものを自分の芯の第一に置いていた俺は、塩も塩な対応を続けていた挙句、目の前からも、周りからも、人は離れていっていた。それすらも好都合だとか、孤高ストイック良、とか考えていた俺は相当に度し難い奴だったんだろう。怪我で陸上を喪ってからは、自分の中で膨らんできたどうともならねえ欲望の塊みたいなものを、「野性」とか「獣性」とかの「言の葉」に押し込めて、「理性の自分」だけは何にも揺らされませんよ冷静ですよの体で日々をただ流し過ごしていただけに過ぎねえ。合わない周りを勝手に遮断して、分かろうともせずに、言葉や行動を使うこともせずに。
自分の底でまだ、ぐだぐだと、だくだくと、うねり揺蕩っている「熱」を、どうとも出来ずに。
「……悪い」
だが今も、口から流れるのはそのような言の葉だった。俺はやはりどうとも度し難い。一音も逃さないとばかりにやや前傾気味だった目の前の小顔が上気したまま固まるのを、上の方から曖昧に照らしてくるだけの灯りの、それですら分かるような揺らめきによって、感じた。が、
「間違ってた」
さらに漏れ流されてくる言葉に、俺の真意がつかめなくなったのか、最早不安を隠せないほどの泣きそうな顔でこちらを見てくるから。こいつが最後の仕事だとばかりに、俺は自分の中の「理性」の奴に最大限の出力を促し、溢れて来そうな欲求を必死こいて抑えさせている、作業に全力を回していて次の言葉が出てこねえが、そうじゃあねえだろ。放てよ。乗せて放て。
想いを乗せてみせろよ。俺は前歯を噛み締めたままそのまま、空気中の酸素だけを漉し取るようにして、オーバーヒート気味の大脳へと冷却吸気を送ってやろうと変な呼吸を一発かましてみる。そして少しは冷めた頭で放てよ。
熱を。
「理性」とか本能とか。そういうのは本来切り離してどうこうのもんじゃあねえ。全部を乗せなきゃ、言葉は駄目だ。それではじめて、「言葉」なはずだ。
「……ずっと想ってくれていた時も含めて、遡れるなら遡って俺もずっと好きだ」
声帯が仕事をしてくれて、それで何とか震えずにフラットな、いや全部の感情を足し引きした上でのフラットな感じの言の葉は紡げた。滅裂なその内容は、おそらくは「実戦」で使ったのならば、渋い評点なことこの上ないだろう。無論、そんなことはどうでもいい。向き合えよ、どうでもいい習い性で意識を「理性」にずらそうとしてんじゃねえ。熱は、吐けたか?
いきなり目の前の小顔が、同じくらいの小ささの両掌で遮られ、その隙間から、きゅぅぅううううううう、というような、言葉というよりはオクターブ上の方のレ#のような音の葉が、すっかり暗闇が沈んできた周りの空気を揺らす。
「……」
次にゆっくり降ろされていく指の間から現れた泣き顔は、それでもまだ「泣いてない」と抗っているかのような、それは見てはいられないような、いや、ずっと見つめていたくなるような、そんなこちらの内奥を貫いてくるものであったが。
「私はっ……ちっちゃい頃からずっとトロくて……っ、何やってもうまくいかなくて、うっ、名前が『
放たれてきた言葉は、自分の内に向かうようなものだった。
「スポーツも音楽も、視たり聴いたりはすごい好きなんですけど……自分でやると全部うまく行かなくて……何でも『言葉』にして理解しようとするからって一回言われたことあって……でもそれが私には楽しくて大事なことで……いちいち『翻訳』しなきゃ動けないって、やっぱり変ですよね? 周りのコと違うんだってこと、分かってるつもりなんですけど……でも言葉を意識して意識しないようにすると今度は身体が前へ前へ出ちゃうような感じで。それもまたおかしいことになっちゃったりで」
今まで結構相対してきたつもりだったが、今の目の前の小顔は、見たこともないような、哀しみを帯びた静かな笑顔だった。そして、初めて自分の底に溜まっていたかのようなことを、流し出してくれているようにも思えた。
出会いから今までのことを脳裡によぎらせてみる。前のめりがち、言葉も行動も。そいつは確かにだが、例えばそれはこの日本の、高校とかの……狭い環境で考えた場合に過ぎない気も俺にはしてきている。そして周りに合わせることの出来て来なかった俺が言うのもなんだが、それならそれで前を、いやもっと視野を飛ばし拡げればいいだけのことじゃねえかと思った。「個性」。言うほど尊重はされてねえこの小さな島国の、主要言語だけが何故ここまで自由闊達に、未知の観念も過去の枯れたに思えた概念も、多言語のごつごつしたうねりをも飲み込んで再構築させたりと。無限の可能性を秘めているように感じるのだろう。ミササギ部長は、そこに埋められないほどのギャップを感じているのかも知れない。いやまあそんな面倒くさい考えをしている場合でもねえ気がしてきた。相対してるのは俺だ。であれば。
「……俺は、いつでも揺らされずに自分の速度を保てるキミが、凄いと思う。それでいて、相手の話とか
俺の言の葉は、届くだろうか。いや、受け止めてはくれるんだろうが、その先へ、その奥へ、到達させることは出来るのだろうか。仮にも「言の葉部」の人間としては、言葉で相手の感情とかを揺らすことが出来なければ、駄目なはずだ。ふぇぇえええ……との言葉未満の声が、かちりと未だ硬く覆われている口許の指の隙間から漏れ出ては来ているものの。それだけじゃあ、吐いたことにはならないはずだ。
「……いろいろひっくるめて、つまりは好きなんだ。ずっとそばで、声とか言葉とかを聞いていたいっていうか、いや、ま、それだけじゃないか、ええとまあ、ふれ……触れる? いやそこ止まりでもねえか、何だろうな……」
何だろうなも無えもんだが。声帯が軋む。わけの分からないまま、華奢なその背中まで俺の腕は回っていて、熱をもった細く、ところにより細くも無い身体を感じていて。言の葉仕事しろレベルの行動ではあったが。動きを止めて呼吸も止めてるんじゃねえかと心配になるほどに静かに身を委ねてきたミササギ部長に、言葉の無力さも同時に感じながら。
「……」
それでも言の葉を紡ぐ。言葉も行動も、要は手段だろ。てめえの感情を……外界へ、相手へと伝えるための手段だろうが。その場その場で最適な「手段」をかませば、そうすれば。
「みそぎ……って呼んでいいか?」
瞬間、俺の首元に当てられていた小顔がこちらをゆっくりと向く。淡い照明が、ふやけた目の下、頬に至るまでの肌の、それでも透き通るかのような質感を俺の網膜に反射させてくる。理性はとっくに灼き切れているはずだが、言葉を探しているかのように目の前で何回か開いたり閉じたりする艶やかな唇を塞ぎたい欲求は、もっと違うところから抑えられているかのようだった。
そこから紡がれる、言の葉を聞きたい。そこに込められた、乗せられた感情を感じたい。静かに、少し震えを感じる呼吸を二回、お互い触れ合っているところから感じた、その後で。
「ダメです」
と、押し殺したかのような言の葉が。何がだ? もしかしてこれ自体が壮大な……? とかしょうもない思考を巡らせないと身体の制御が効かなくなってしまう、ってのはもう前述も前述過ぎて要らん説明だが、それ込みで頭を回してないともう色々とあかん……
「……遡ってとか、ダメです。私も『ずっと好きでした』を撤回しますから……っ。だって今まで私が思ってた主将も好きでしたけど……今、話して、ちゃんと言の葉を交わして……そのおかげで知ることの出来た今の主将の事が今、本当にすごい好きになりましたから」
俺の理性を褒めてもらいたい。敵わんよなぁ……
「諒」「ふえっ?」「いや名前」「えと」「禊のことを俺も今からもっと知りたい」「名前呼びっ」「俺はもうずっと呼び続ける。禊……」「諒、くん……?」
………
〈……なんか、妄想お楽しみ中のところ御免やけど〉
完全に自己発生させていた
予選の最終対局中だったか、今は……
周囲一面は手抜きかと思われるほどの一面の雪景色であり、そこに浮遊する彼我十四名の姿と各々のやけにはっきりとした影を俯瞰するように見ながら、そして視界に気ぜわしく現れる数多の「情報」を軽く吟味しながら、たった今、自分に対し相手方からの集中攻撃があったことを把握した。
〈『
まあ聞いていなかったゆえ、あまり効いてはいないのだが……乾坤一擲の言の葉を放ったと思しき相手方の冴えない面々の顔が驚愕で固まるのを一段高みから見下ろすような感覚……俺は今、煩悩百八つからは遥か高みに位置する「感情」に、すべてを支配されている……ゆえに上っ面な言葉は無論、せいぜいの言葉遊びに過ぎない攻撃では、毛穴ひとつも揺らすことかなわんのだよ……?
「ミササギ部長、例の切り札その一の使用を許可する」「はいですっ」
自分に宿った長官的な何かに自分でも鼻白みながらも極めて冷静に局面を把握した上での指示を、俺の左前方でその後ろ姿も何か布地面積的に凶悪だった御仁の背中に的確に飛ばしていく。だいぶ他の面子の疲労が激しい。であれば最終の局面は、一気呵成に、問答無用の力を示して士気を爆上げする鼓舞のような奥義を放つべきだと判断した。
〈あ? ……【
相手方からはそのような有難さしか感じ取ることの出来ない反応が。みそ……ミササギ部長の、そのでかい猫手にどうやって保持しているかは分からないが高々と掲げられたるは、輩どもがのたまう通りに「○」が大書された札。確かに使用されるとは想定されない類いの奴だ。だが「
「……」
だいぶ浮世離れしてきたとも思える自分の思考回路に危惧を覚えながらも。呈示されていた「お題」は「医療にまつわるエトセトラ」。まあそういう縛りがあろうと関係ないんだよなぁ……そして「短く」「端的に」紡がれたものの方が「素点」は高いという大原則がある。であればこいつは無限の可能性を秘めた、そしてミササギ部長にしか使いこなせない
「……『マン○グラフィー』ぃぃぃぃッ!!」
刹那、白一色だった視界を、黒く輝く裁きのいかずちの束が埋め尽くさんばかりに暴れ狂い裂き乱舞した。
完全に芯まで貫かれた時に生じる
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